2006年08月31日 

東北の逸品その11〜赤湯「龍上海」のからみそラーメン

65ec0026.jpg 東北のラーメンで一番好きなラーメンは?と聞かれたら、私は間違いなく真っ先にこのラーメンを挙げるだろう。山形県南陽市の赤湯にある「龍上海」の「からみそラーメン」である。

 みそラーメンは元々札幌が発祥とされる。全国に広まったのは昭和40年代半ばで、それまではラーメンと言えば醤油ラーメンであった。
 ここ龍上海でも、昭和33年の創業以来、一貫して製麺も含めてすべて自家製のラーメンを作ってきたラーメン店であったが、創業当初は醤油ラーメンだけであった。しかし、思ったほど売れず、仕込んだスープの大半が残る日々だったそうである。この残ったスープをどうにかしようとして、当時は家族がみそを入れて味噌汁代わりに食べていたりしたそうである。

 先代の主人は、これにヒントを得て、この味噌汁代わりに食べていたスープを逆にラーメンに応用できないかと考えたという。時は昭和35年。札幌みそラーメンが一世を風靡するおよそ10年前のことである。ただのみそラーメンでなく、「からみそラーメン」となったのは、以前紹介した赤湯の伝統的な逸品である「石焼唐がらし」の存在が大きかったに違いない。しかし、ここでも東北のPR下手が災いしてか、このからみそラーメンの存在が全国に知られることはなかった。

 以前聞いたところでは、このからみそラーメン、実に60数種類の材料からできているそうである。確かに、スープを口にすると、辛さだけではない、何とも形容しがたい独特の旨みが感じられる。この旨みとそのスープの個性に負けていない極太の縮れ麺との相乗効果が、私を含めてこのラーメンにやみつきになる人を多く生む源となっているに違いない。

 ちなみにこの龍上海、今でこそカップ麺になってコンビニで売られたり、請われて新横浜ラーメン博物館に出店したりして知名度が上がっているが、かつては取材拒否の店であり、地元山形のメディアに登場することもほとんどなかった(もちろん、既に地元の人は誰でも知っている有名店だったが)。私は例によって父親に教えてもらったのだが、学生の頃から食していて今に至るまで、全国津々浦々でここを超えるラーメン店にはいまだ出会っていない。もちろん、ラーメンは人によって好みがまるで異なるので、あくまで「私にとっては」、というほどの意味合いでしかないのであるが。

 ただ、私の住んでいるここ宮城県にも、明らかに龍上海に影響されたと思われるからみそラーメンを出す店が少なくないことを考えると、龍上海が周辺のラーメン店に与えた影響の大きさが窺い知れるというものである。某大手カップ麺企業がご当地ラーメンの一つとして「仙台辛みそラーメン」というカップ麺を出している。確かに仙台にも辛みそラーメンを出す店は多くあるが、それらはほぼ龍上海のフォロアーであるので、私的には「仙台辛みそラーメン」という称号には、やや抵抗感がある。からみそラーメンは山形が発祥である。

 そうそう、学生の頃から食していると言ったが、さすがに南陽は仙台からはやや気軽には行きづらい。そんなことで、私はもっぱら山形市内にある山形店の方に通いつめていた(写真参照地図)。辛いもの好きな私は、いつもからみそを増量してもらっていた。からみその増量はプラス50円なのだが、足繁く通って毎度増量していたせいか、山形店のご主人は私に対しては、いつもプラス50円分をオマケしてくれていた。それは社会人になってからもである。一応、こちらは恐縮して、会計の時に正規の金額を出すのだが、必ず50円バックしてくれるのである。ささやかながら嬉しいことである。

 今でも、この龍上海のラーメンが無性に食べたくなる時がある。そんな時は仕事が終わった後、愛車のソアラを飛ばして(麺かスープがなくなると営業時間内でもその日の営業は終了なのである)、山形市内のこの龍上海の支店にからみそラーメンを食べに行ったりしている。ここで、からみそチャーシューメンの大盛り、からみそ追加という、この店で最高値のラーメンを食べるのが(しめて1,150円である。ただし50円バックしてくれるが)、私にとっては最高の贅沢である。


img290追記(2006.9.18):新横浜ラーメン博物館の「龍上海」に行ってみた。同博物館の中でもここだけ、夜9時半頃だったにもかかわらず行列ができていた。なんとなくうれしかった。肝心のからみそラーメンだが、麺の縮れが若干少ない感じはしたものの、それ以外は赤湯の本店や山形店と比べても遜色ない味だった。元の値段より少し割高なのは横浜で食べられることを考えればやむを得ないところ。持ち帰り用も売っていた。


追記(2010.7.30):このところいつ行っても山形店にいつものおじさんがおらず、若い店員さんばかりだったので聞いてみたところ、おじさんは引退したとのことだった。考えてみれば、学生の頃から20年くらいも経っていて、その頃から既におじさんだったし、それも無理のない話かと思った。とは言っても、20年くらい舌に馴染んだ味がもう味わえないというのも寂しいものである。そう、やっぱり今の人が作るのと味が違うのである。それが年季というものなのかもしれない。ともあれ、おじさん、今までありがとうございました。そして、お疲れ様でした。


追記(2012.8.18):上で紹介した「いつものおじさん」、夜、久しぶりに行ってみたらカムバックしておられた。どんな事情があったのか(夜間に人手が足りないとか?)は聞かなかったが、個人的には「やった!」という感じである。久しぶりにおじさんの作るからみそラーメンを食べたが、やっぱり私の慣れ親しんだ味はこれである。大抵の日の夜はおられるということだったので、また足を運んでみたいと思う。


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