2006年12月13日 

私的東北論その6〜もっと地元ならではの独自性を

d3faede4.jpg 最近、久々に本棚を整理した。このところ、蔵書が増える一方で本棚に入りきらない状況だったのだが、一念発起して、一度読んでこの先読まなさそうな本、一度も読んでないがこの先も読まなさそうな本などをピックアップした。そうしたところ、その量は引越しに使う大型ダンボール2箱分にもなった。大型本、雑誌、ビジネス書、新書、文庫本などさまざまな本が、正確には数えていないが300冊近くあったと思う。

 今までもそうしていたのだが、それらの本をゴミに出してしまうのは忍びないし、いくらかでも次に本を買う時の足しになればと思い、古本屋に持っていくことにした。古本屋と言えば、今をときめくBOOK OFFが真っ先に思い浮かぶが、東北関係の本も少なからずあったし、地産地消というわけでもないが少しでも地元の古本屋の品揃えに貢献できればと考え、あえて地元の老舗の古本屋に持っていった。

 正確に重さは量っていないが、結構腕力はあると思っている私にとってもかなりの手ごたえだったことから考えると、一箱30〜40kgはあったと思う。そのダンボール2箱を車に積んで、近くのBOOK OFFを素通りして、街中の老舗の古本屋に向かった。

 古本屋で対応してくれた方は、その量にも驚きながらも、「古い本が多いみたいですねぇ」と、あまり高くは買い取れないということを匂わせながらも査定してくれた。実際には、本当に「古い本」は私が若かりし頃、それこそ古本屋を回って買い求めた「青春新書」のシリーズくらいで(買っただけであまり読まないでしまったが)、それ以外は最近の本の方が多く、しかもたいてい書店でブックカバーをつけてもらっていたので、外観的にもきれいなものがけっこう多かったのだが、「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、古い本の一群(知っている人は知っているだろうが、これらの青春新書は武者小路実篤などが書いていた頃の、背表紙が「黄色」のものである)が全体を「古い本の山」という印象にしてしまったのかもしれない。

 しかしである。3分程度であっと言う間に査定が終わって買い取り金額を聞いた私は思わず耳を疑った。「全部で800円になりますが…」というのである。300冊近い本の中には確かにマニアックすぎて売れないであろう本も少なからずあったが、逆に売れ筋の本もかなりある。それで800円というのはあまりに解せなかったので、「地産地消の推進」はあきらめ(笑)、「別のお店に持っていってみます」と言って、再びこれらの大荷物を車に運び入れ、今度はBOOK OFFに持っていった。BOOK OFFでは「この量ではお調べするのに30分ほどかかりますがお待ちになりますか?」というので、店内で立ち読みなどしながら待たせてもらった。

 こちらでは本当に30分以上かかった。ようやく呼び出されて買い取り金額を聞くと、持っていったうちの145冊に値段がついて、その合計は4,560円になるという。先ほどの地元老舗古本屋の査定の5倍以上である。もちろん、その金額で買い取ってもらった。

 言いたいことは、「BOOK OFFが高く買い取ってくれて、地元の老舗古本屋には不当に安く買い叩かれた」、というようなことではない。買い取り価格などというものはある種「価値判断」的な意味合いがあるわけで、今回持ち込んだその老舗古本屋にとっては、私の蔵書は全部で800円の値打ちしかなかったというだけのことだからである。

 ただ、BOOK OFFのいいところは、何円の値のついた本が何冊あるかをきちんと表にして見せてくれることで、これは売る側にとって非常に明快である。「3分くらいでざっと見て全部で800円ポッキリ」というのとではまったく納得性が違う。そうすると、古本屋の店頭やタウンページの広告に必ずと言っていいほど書いてある「高価買取」「誠実買取」といった文言というのはいったいなんなのだろうと思ってしまう。何と比較して「高価」でどのように「誠実」なのかがまったく見えない。この老舗古本屋以外の店でも本を売ったことはあるが、BOOK OFFのようにきちんと説明された経験はまったくない。このような有様では早晩、全国の古本市場はBOOK OFFが席巻し、地元中小古本店は淘汰されてしまうのではないだろうか。

 もちろん、趣味で古本屋をやっているというのならそれでもいいかもしれない。ただ、地元密着でこれからも事業として古本屋をやっていくのであれば、もっと何か考えなければならないことがあるのではないだろうか。もちろん、資本や流通量などでは到底太刀打ちできない。しかし、地元ならではの工夫があってもいいのではないか。

 例えば、私にとっては「地元の古本屋は地元の出版物に強い」というイメージがある。ある土地に行って、その土地の歴史や文化について書かれた本を探そうと思ったら、私は、地元の書店はもちろんだが、古本屋を回る。そうするとたまに、現在は流通していない、(私にとっては)宝物のような貴重な本が見つかったりする。一方、こうした古書は、BOOK OFFのような全国的に展開する店には、ほとんどと言っていいほどない。とすれば、地元古本屋にとってはそこに独自性を見出して、郷土出版物を特に重点的に買い取るといったような方策を講じてもよいと思う。

 すべての古本屋が「ミニBOOK OFF」になってしまっては、「ミニ」の方を訪れる人はいなくなってしまう。大学の近くであればその大学の教授陣が使う教科書が豊富に揃っているというような独自性もあるだろうし(実際、大学の頃、売る人、買う人とも多かった)、東京には絶版となった書籍ばかりが充実している古本屋もあった。「あそこにいけばこれこれが見つかるかも知れない」というドキドキ感が、古本屋の原点だと私は思うのだが、そのような「期待」を買い手に持たせられるような古本屋があちこちに生まれてくれればと思う。

anagma5 at 23:33│Comments(0)TrackBack(0)clip!私的東北論 

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