2006年12月26日 

私的東北論その7〜道州で何を目指すのかのビジョンを

020beca0.jpg 道州制特区推進法が12月13日に成立した。安倍首相の公約の一つでもある道州制推進に向けて、まず北海道を対象とした先行的取り組みとして、国の権限のいくつかを来年度から移譲するというものである。今回移譲されるのは8項目で、移譲に伴う財源は項目ごとに交付金として支給されるという。

 ところで、同法で権限が移譲される8項目というのは、1.開発道路の整備、2.二級河川の整備、3.直轄砂防事業の整備、4.民有林の直轄治山事業の整備、5.鳥獣保護法の麻酔薬を使った危険猟法の許可、6.調理師養成施設の指定・監督、7.公費負担医療を行う指定医療機関の指定、8.商工会議所の許認可の一部、だそうである。ざっと見て、これらが移譲されてどれくらい北海道の権限拡大につながるのかイメージが湧かない。というより、「『麻酔薬を使った危険猟法の許可』というようなことまで、これまでは国が権限を持っていたのだなあ」と逆に思ってしまう。

 ところで、そもそも何のために道州制を導入するのか。その点が今ひとつ明確でない気がする。「平成の大合併」と言われた大規模な市町村合併が一段落したので、次は都道府県が合併して道州にという雰囲気が何となくある気がするのだが、ことはそのような短絡的なものではないようである。

 大前研一氏日経BP社のコラム「『産業突然死』の時代の人生論」で「道州制に移行しなくてはいけない真の理由」について書いていたが、それによると道州制の真の目的は「繁栄を世界から持ってくることだ」という。「納税者の税金で景気を刺激するのではなく、世界に有り余る資金を吸引して繁栄する」単位が道州なのだと大前氏は言っている。

 その分かりやすい例として、大前氏は中国とロシアを比較している。ロシアはいまだに連邦中央政府の強いコントロール下にある地域が多いが、中国は権力を地方に譲渡し、地方は世界中から企業や投資資金を呼び込んでいる。だから、ロシアは停滞しているが中国には勢いがあるのだ、という。大前氏によれば「中国の現在の姿を見れば、道州制が世界からお金を呼び込むための単位であり、外資などに対する特別優遇措置などを定める単位であり、自立経済の単位である」とのことである。

 以前紹介したとおり野田一夫氏は「東北独立論」を主張して東北の地に住む人々の自覚を促したが、このような視点から見ると、まさに一国を運営していくくらいの覚悟がないと道州制はうまくいかないのではないだろうか。実際、東北六県の人口は約963万人で、これはスウェーデンやベルギー、ポルトガル、ギリシャとほぼ同規模である。面積の66,889平方キロメートルは、オランダやスイス、デンマーク(グリーンランドを除く)の約1.5倍である。六県の県民総生産の合計32兆4200億円は、スイスやベルギー、スウェーデン、オーストリアなどのGDPを超えている。つまり、ヨーロッパの名立たる国々と、一つの国として充分渡り合っていけるだけの要素を、東北は既に持っているのである。

 ただ、それだけの規模を持つ「国」のビジョンが定まらなければ、「国」として前には進めない。先に紹介した大前氏は、例として北海道は極東ロシア開発の前線基地として発展し、九州は東アジアの繁栄の真っただ中で黄海経済圏のハブの一つとなるとの予測を示している。こうした中で、では東北はどのような方向に行くのか、何を以って独自に繁栄を築いていくのか、明確に打ち出していかなければならないだろう。

 こうした道州としての「自立」と共に、「自律」も必要だろう。道州の知事は一国の大統領並みの権力を持つことになる(権限が今後大幅に委譲されれば、だが)。昨今相次ぐ知事の不祥事は誠に残念なことである。ヨーロッパ諸国に伍す「国」を運営していかなければいけないというのに、知事がこのような体たらくでは何をかいわんやである。目先の選挙、目の前の金にしか目が行かない人物が、一国を論じられるわけがない。こうした不祥事が重なったことが、「地方になど任せておけない」などと「中央政府」の道州制反対論議につながりはしないかと心配である(写真Google Earthで見た東北地方)。

anagma5 at 22:09│Comments(0)TrackBack(0)clip!私的東北論 

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