2009年10月22日 

東北のオススメスポットその10〜岩手県平泉・衣川地区その1

baca37ad.jpg 5市町村が合併してできた奥州市と7市町村が合併してできた新・一関市に挟まれた小さな町である岩手県平泉町は、このブログでも何度も取り上げている奥州藤原氏の本拠地であり、現在でも岩手県屈指の観光地である。

 日本の国宝第一号となった金色堂を有する、奥州藤原氏初代藤原清衡が建立した中尊寺、平安時代の遺構としてはわが国唯一の浄土庭園が現存する、二代藤原基衡が建立した毛越寺を始め、三代藤原秀衡が京都宇治の平等院鳳凰堂を参考にさらに規模を大きくして建立した無量光院跡、二代基衡の妻が建立したと言われる観自在王院跡、「義経記」などに登場する義経の居館「高館」があったと伝えられる高館義経堂、秀衡が築き、雌雄一対の黄金の鶏を埋めたとの伝承がある金鶏山などがある。それに加えて最近では、国道4号線バイパス工事に伴う発掘作業で姿を現した奥州藤原氏の政庁とされる柳之御所遺跡が注目を集めた。

 現在でこそ平泉町は人口約8,500人の小さな町だが、奥州藤原氏時代の平泉は人口10万人を擁する、京の都に次ぐ国内第二の都市であったとされる。中尊寺の金色堂や毛越寺の浄土庭園はそうした往時の繁栄を偲ばせる貴重な遺跡であるが、観光地として見た場合の平泉のウィークポイントは、現存するのがその2つだけで、後はすべて「史跡」ということである。これらに加えて例えば無量光院や、頼朝をも驚かせたという中尊寺二階大堂などが現存、あるいは復元されていれば、観光地としての平泉のインパクトはより大きかったのではないかと思われるのである。

 もちろん、例えば柳之御所跡に立って、800数十年前に栄華を極めた藤原秀衡が間違いなくそこにいたことに思いを馳せれば、何とも言えない感慨に浸ることもできるし、無量光院跡に立って、そこに平等院鳳凰堂を一回り大きくした壮麗な寺院の姿を想像することもできる。要は見る人が見れば観えるものもたくさんあるのだが、実は決して万人受けする観光地ではないような気がする。ましてや、大型観光バスで来て、中尊寺と毛越寺、それに義経が住んでいなかったことはほぼ確実な高館義経堂くらいを見て慌ただしく次の目的地に行く、というような旅程では、見たようで観ていない、何とももったいない旅行になるような気がするのである。

 以前書いたように、平泉の世界文化遺産登録は見送られたが、現在、構成遺産を絞り込んで、平泉町内にある遺跡のみで再度登録に向けた動きが本格化しているところである。これまで平泉町と足並みを揃えて世界文化遺産登録を目指して動いてきた奥州、一関両市にとっては気の毒な話だが、「浄土思想を基調とした文化的景観」というコンセプトをより明確にするためには、必要な対応だったと思う。

 恐らく次は問題なく世界文化遺産登録が果たされると思うが、そうなればきっと多くの観光客が大挙して訪れることになる。関係者各位にはその時に、これら平泉の文化遺産が何だったのか奥州藤原氏の思いとは何だったのか、しっかり伝えてほしいと願って止まない(写真は金色堂を風雪から守っている覆堂(おおいどう)である)。


追記(2010.2.23):平泉の世界文化遺産登録に向けて、新しい推薦書が先月1月18日、ユネスコに提出された。新しい推薦書のタイトルは「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」となっている。

 この推薦書の全文をぜひ読んでみたいと思ったのだが、これがネット上どこにも見当たらない。困ったものである。概要は辛うじて岩手県のサイト内で入手できる(該当サイト)。

 この世界遺産登録推薦書作成委員会委員長の工藤雅樹氏が、先月1月31日に亡くなった。平泉の世界遺産登録を見届けていただきたかっただけに、残念でならない。

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