2011年10月06日 

東北の歴史のミステリーその26〜邪馬台国はやっぱり岩手にあった?

新日本の七不思議  ふらっと本屋を覗いてみたら、以前紹介した邪馬台国はどこですか? 」の続編として、「新・日本の七不思議」(鯨統一郎、創元推理文庫、アマゾン該当ページ )が出ていた。タイトル通り、「原日本人」、「邪馬台国」、「万葉集」、「空海」、「本能寺の変議」、「写楽」、「真珠湾攻撃」という7つの不思議について主人公の宮田が解き明かす内容である。このうち「邪馬台国の不思議」では、前々作「邪馬台国はどこですか?」で主人公の宮田が主張した「邪馬台国=岩手説」を補強するような話が出てきて興味深い。

 しかし、今回この邪馬台国=岩手説を補強する根拠となる説自体は、宮田(=作者)オリジナルの説ではない。既存の説を「邪馬台国=岩手説」の根拠に結びつけている。従って、前々作「邪馬台国はどこですか」での「邪馬台国=岩手説」と違って、安心して内容を説明できるのだが、まず古事記における天照大神の天岩戸伝説について、天照大神=卑弥呼、天岩戸伝説=皆既日食と推定する。卑弥呼が生きていた時期に起きた皆既日食は247年と248年で、このうち248年は卑弥呼が死んだとされる年である。卑弥呼は天文学・占星術を元に民を治めていたが、皆既日食という天変地異が起こったことによって失脚して死去した(殺害された?)のではないかと論は進む。これらはいずれも既にある説である。

 さて、247年の皆既日食と248年の皆既日食のことについても、起きた時刻やそれが見られた地域などが天文学上の計算で既に導き出されている。それによると、247年の方は九州で見られたが、皆既日食となったのは日本では日没後のことで、結局部分日食で終わっている。部分日食と皆既日食ではインパクトがまったく違う(部分日食では曇り空程度の暗さで意外に明るいので「天変地異」とまではいかない)ので、247年の皆既日食は卑弥呼の失脚には影響がない。

 対して、卑弥呼が死んだとされる248年の皆既日食は間違いなく日本で観測された。問題はこの時皆既日食が見られた地域である。これも既に特定されているのだが、それを本書では「能登から奥州」の範囲だと言っている。そして、現在の議論で邪馬台国があったとされる九州や近畿では皆既日食ではなかった。従って、邪馬台国は(九州でも近畿でもなく東北の)岩手なのだ、という結論である。

 ただ、「奥州」と言っても広い。その全域でなくても、少なくとも岩手県内で見られたのであれば「邪馬台国=岩手説」を補強するのだろうが、そうでなければ宮田(=作者)の論を借りれば、岩手県ですらなくなってしまう。実際、このサイトで調べてみると、この時の皆既帯は岩手県よりはるかに南の、現在の福島県一帯を通っているように見える。とすると、この皆既日食は決して「邪馬台国=岩手説」を補強するものではないということになってしまうのではないだろうか。

 とは言え、2000年近く前の月の運動や地球の自転速度などについての考えが研究者によって異なるため、皆既帯の範囲にも微妙にズレが生じる可能性もあるとされ、実際、このサイトで皆既帯を確認してみると、図が小さくて判別は難しいものの岩手県を通っているように見えなくもない。ついでに言えば、このサイトでの248年の皆既帯についての表記は「早朝に能登から奥州へ横断」とある。東北のことを「奥州」と表現するのは現在ではあまり一般的ではないので、作者もこの話をまとめるに当たってはこのサイトの表記を参考にした可能性がある。

 それよりも何よりも謎なのは、「邪馬台国はどこですか」であれほど宮田を罵倒し、手ひどく攻撃していた新進気鋭、才色兼備の歴史学者、静香がすっかり宮田と仲良くなり、親密さすら感じさせることである。静香に罵倒されながらも最後には宮田の一見突拍子もない歴史解釈が勝利してしまうところに前々作の醍醐味の一つがあったと思うのだが、その二人が仲良くなってしまうというのは、例えて言えば、トムとジェリーがすっかり仲良くなってしまって展開される物語のように何か物足りない。いったい二人に何があったのか、むしろそちらの方が本書における最大の謎である(笑)。その辺りは恐らく、今後の作品で遡って明らかにされるのであろう。

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