2011年12月30日 

東北に関係する書籍その2〜「平泉」を読み解く

平泉の世紀 「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」が世界遺産に登録されて半年が経った。東日本大震災発生後の4月、5月に前年比で8割減だった観光客数は、世界遺産登録後増加に転じ、8月は逆に前年比8割増の28万人以上が平泉を訪れたという。

 このように世界遺産登録で平泉が注目を集める中、平泉の文化遺産や奥州藤原氏について解説した書籍が相次いで刊行されている。その中の何冊かを読んでみたのだが、世界遺産登録後にわかに制作したためなのか、正直その内容について首を傾げざるを得ないような書籍もいくつかあったのが残念であった。

 ある書籍は何人かの手で分担して書かれていたが、そのうちのいくつかの部分に明らかな誤りがあった。また別の書籍はだいぶ以前に出された書籍に加筆修正を施し新装版として出されていたが、元の書籍がそうだったのだろうが「中央史観」のようなものが強く、平泉の文化遺産の意義や奥州藤原氏が歴史上果たした役割について矮小化するような記載が散見された。

 せっかく世界遺産に登録されて注目が集まり、興味を持つ人も増えているという中でこうした書籍が出回っているというのは甚だ残念である。そこで、平泉の文化遺産や奥州藤原氏の存在について興味を持った人に、私だったらどの書籍を推薦するだろうかと考えてみた。

 と言うか、考えるまでもなく決まっているのだが、私が推薦する書籍は「平泉の世紀―古代と中世の間」(高橋富雄著)である。著者の高橋富雄氏は東北大学名誉教授、福島県立博物館名誉館長で、東北の古代・中世史研究の第一人者である。

 今回、改めて読み直してみたが、読む度に新たな発見がある。東北とは何か、その東北にあって平泉の持つ意味は何なのか、実に明確な主張として伝わってくる。この書籍を読んでから平泉を訪れ、中尊寺や毛越寺を見ればきっと、より多くのものが観えてくるはずである。

 ならば平泉とは何だったのか。本書には様々な角度からその解答が示されているが、

「『ヤマト』では『エゾ』を迎え入れる時は、これを被征服者として服属儀礼に用いた。平泉では、三代そろってみずからを『東夷』『俘囚』と遜称したのに、『みやこ』はこの人たちを、公然と『夷狄』『戎狄』『えびす』と賎称した。にもかかわらず、その平泉は『みやこの文化』を『みやこさながら』に受け入れた。そして『みやこ』同等もしくはそれ以上の『みやこ』文化に再創造した。今日、金色堂以上に京都的・貴族的な総合日本文化はない。毛越寺浄土庭園以上に王朝の風雅を今にとどめる庭園遺構はないのである。」

これに尽きるのではないだろうか。加えてもう一つ、政治的には、

「平泉にも『一天の君と雖も恐るべからず」の覚悟はできていた。…(中略)…ただし、それは『みちのく』を否定する政治に対する、いやイデオロギーに対する民族自決の主張である。国府や鎮守府や朝廷が一方的な主張に出ない限り、平泉は、自分だけが日本であるという主張はまったくしなかった。はっきり、『もう一つの名誉ある日本の創造』という自覚に立っていた。それ以上でも、それ以下でもなかった。それはこれまでかつて『人格』であることを認められなかった『エゾの国』『縄文の国』に、人格としての独立を克ち取り、それに実あらしめる系統的な政治の主張だったのである。」

という側面があったのである。

 奥州藤原氏は高橋富雄氏という、自分たちの主義主張を余すところなく伝えてくれるスポークスマンを持った、そのようにすら思える。

 この書籍は最初NHKブックスとして1999年に出されたが、その後絶版になっていた(アマゾン該当ページ)。来年1月に講談社学術文庫で再販されることになった(アマゾン該当ページ)のはとても喜ばしいことである。

 高橋氏は、岩手日報のインタビューで、「東北が平泉にまで戻ることができたなら、新しい日本をつくる母体になり得る」と語っている(該当ページ)。7年も前の記事だが、今こそがまさにその言葉の意味を考える時だと思う。


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