2012年02月07日 

東北に関係する書籍その3〜「東北独立」を扱った小説

蒼茫の大地滅ぶ上 「蒼茫の大地、滅ぶ」(上下巻)は、西村寿行(にしむらじゅこう)が1978年に発表した小説である。最初、講談社からハードカバーで刊行され(アマゾン該当ページ )、その後1981年に徳間書店の選集に収録されると共に(アマゾン該当ページ)、講談社文庫から文庫版が刊行された( )。1984年には角川文庫としても刊行された( )。また、コミックにもなった(アマゾン該当ページ )。しかし、現在はいずれも絶版となり、古本としてしか手に入らない。しかも、これがなかなか見当たらない。Amazonなどでもかなり高値がついていたりする。私はネット上で奇しくも(そう、この小説の舞台からすると奇しくも、である)青森県にある古書店に在庫があるのを見つけて安く手に入れることができた。

 オビにはこうある。

「豊穣多彩な想像力が未来を予見した―。東北六県壊滅の飛蝗襲来と悲劇の奥州国独立 西村寿行の代表作 感動のパニック・ロマン巨編」

「飛蝗の群団――。幅十キロ、長さ二十キロ 蒼々茫々の大地に 壊滅を す死の群団の来襲。生地獄の東北に明治以来百年の歴史を覆す独立の烽火。日本政府と奥州国の対決。自然の壮絶さと悲劇の独立を謳うバイオレンス、パニック・ロマン巨編。」

 飛蝗(ひこう)というのはトノサマバッタなどの変異種で、大量発生して大集団を作り、植物や作物を食い尽くす蝗害(こうがい)を引き起こすことがある。その飛蝗が中国大陸で大発生して総重量2億トンという想像を絶する巨大な群れとなり、日本海を渡って東北地方に襲来、東北地方はありとあらゆる農作物を食い尽くされ、深刻な飢餓状態に陥るという設定である。

 一見、あり得なさそうな設定であるが、有史以来人類は蝗害に度々襲われている。しかも、過去の災害というわけではなく、特にアフリカでは近現代でも時折被害がある。中国でも2005年に海南省が飛蝗の被害を受けている。2007年にエチオピアで発生した飛蝗は北ソマリアからインド洋を越え、パキスタンやインドにまで到達したということで、中国で発生した飛蝗が日本に到達することもあり得ないことではないことが分かる。日本でも、明治初期には北海道の道南や東南部で、昭和40年代には沖縄県の大東諸島で、昭和60年代には鹿児島県の馬毛島で、それぞれ蝗害が発生している。最近では2007年に開港寸前の関西空港第二滑走路にトノサマバッタが数百万匹という大量発生をしたことが話題になった(参照サイト)。

 この小説は、オビにもあるように、そうした蝗害を取り扱ったパニック小説と捉えることもできるが、話の展開はむしろ蝗害を受けてからの東北地方と中央政府との軋轢や駆け引きといった動きに焦点が当たっており、また明治維新以降東北地方の置かれた立場などについても詳細に語られているので、その意味では社会派小説としても捉えられそうである。

 飛蝗が最初に降り立った青森県では津軽平野の農作物が瞬く間に食い尽くされる。与党の幹事長を務め次の総理とまで言われながら中央政界を引退して青森県知事となっていた野上正明は、東北六県から若者を6,000人集めて「東北地方守備隊」を結成させ、混乱の収拾に努める。一方、政府は被害の拡大に備えて、全国の備蓄米を東北分も含めてすべて首都圏に集めようとするが、食糧難に喘ぐ東北からの備蓄米の搬出は東北地方守備隊に阻止される。その後、飛蝗は岩手県へ南下、さらに宮城県、秋田県、山形県へも広がり、米や野菜は軒並み食い尽くされ、食糧難が深刻になり、治安も悪化する。蝗害の影響で株価が大暴落、円の価値も下がる。政府が決定した被災地支援は6,000億円の救済費割り当てのみ。失業や食糧難で暮らせなくなった東北地方の住民は150万人もの難民となって首都圏を目指すが、東京都は難民の流入を警察力で阻止し、東京都周辺の各県も難民の滞在と国道以外の通行を禁じて締め出しを図る。苦境に立つ東北地方の住民に向けて、野上知事は他の東北の知事と共に、東北六県の日本国からの独立、そして「奥州国」の建国を宣言する、――というストーリーである。

 「独立」と言うと、どこか遠い国の話であって、今の日本にあっては非現実的な話と捉える向きもあるかもしれない。しかし、この小説にあるような、中央政府が自分たちのことばかりが優先で、地方からは収奪することしか頭にない、という状況があった場合、本当に自分たちのことを自分たちで決めることのできる新しい国を自分たちでつくる、という動きが出てきても不思議ではない。

 事実、東北が独立を目指したことが歴史上あったとされる。本書の中でも紹介されているが、明治維新の時である。この時、奥羽越列藩同盟は輪王寺宮公現法親王を推戴した。輪王寺宮公現法親王は「東武皇帝」と称した。年号も「大政」と改元した。諸外国に使者を送り貿易開始の要請も行った。これはもう一つの日本ができたような様相である。当時のニューヨークタイムズは、「日本の東北地方に新帝が立ち、2人のミカドが並立する状況になった」と伝えていたそうで、国際的に見ても日本という国が2つに分かれたという認識があったようである。しかし、奥羽越列藩同盟側の敗戦と同盟自体の瓦解により、この「もう一つの日本」が日の目を見ることはなかったわけである。

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