2013年03月09日 

私的東北論その42〜「地域資源」としての東北の温泉(「東北復興」紙への寄稿原稿)

イメージ 1 このところすっかり更新が滞っているが、1月16日に「東北復興」紙の第8号が刊行された。今回も、「埋もれた東北文化を掘り起こす旅」その△箸靴董◆崙本刀から東北の歴史を考える …中鉢美術館からの問題提起」が取り上げられるなど、相変わらず砂越氏の行動力は卓越している。

 げんさんの論考も健在であるし、「笑い仏」さまも順調に歩みを続けておられるようである。

 その第8号に寄せた拙文が下記である。





「地域資源」としての東北の温泉


東北の地域資源
 東北の復興に関して、「地域資源」という言葉を耳にすることが多い。地域資源の活用が復興に重要な意味を持つ、というようなことがよく言われる。この地域資源とは何かということについての定義はいろいろあるが、二〇〇七年に施行された「中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律」、いわゆる中小企業地域資源活用促進法を例に取ると、ここでは「地域産業資源」と言っているが、ー然的経済的社会的条件からみて一体である地域(以下単に「地域」という。)の特産物として相当程度認識されている農林水産物又は鉱工業品、∩姐罎坊任欧觜杞業品の生産に係る技術、J顕什癲⊆然の風景地、温泉その他の地域の観光資源として相当程度認識されているもの、のうちのいずれかに該当するものを地域資源と定義している。
 
 この法律で都道府県知事は、「当該都道府県における地域産業資源活用事業の促進に関する基本的な構想」を作成して認定を申請することができるとされているが、その中で地域産業資源の内容についても定めることができる。これを受けて各都道府県では様々な「地域産業資源」が指定されており、それらについてはそれぞれの都道府県のサイトで確認することができるが、東北に関しては特にのカテゴリにおいて実に多くの祭りと温泉とがリストアップされている。これらが東北に共通する「地域資源」であることは疑いないところである。


東北の温泉
 このうち祭りについては、本紙面で砂越氏が特に力を入れて取り上げておられるのでそちらに譲るとして、ここでは温泉について見てみたい。東北の人にとって温泉というのはあまりにも身近で、そのために逆にその地域資源としての価値を量りかねているのではないかと思うからである。

 火山の国である日本はその恩恵で世界でも有数の、数多くの温泉を持つ国である。その日本には、温泉地が平成二二年のデータでこの狭い国土になんと三一八五もある。そのうち、東北六県と新潟には合わせて七六七の温泉地がある。全国の温泉地の二四・一%、すなわち四分の一が東北圏にあることが分かる。

 その一方で、宿泊施設数は二六〇五で全国の一四〇五二に対して十八・五%、年間延宿泊利用人員が二〇一九四五五九人で全国の一二四九二五二七二人の十六・二%と、いずれも温泉地の割合に比べてかなり低い。これは、東北圏にある温泉が、大規模な宿泊施設や温泉街を伴ったものではなく、いわゆる「秘湯」を含む中小規模のものが多いことの表れであると言える。言い換えれば、鄙びた温泉が東北には多いということである。

 温泉を歓楽と捉えると、こうした温泉は物足りないかもしれないが、大自然の中でゆったりとした時間を静かな空間で過ごして日常と異なった環境に身を置くということを考えた場合には、東北の温泉はまさにうってつけである。

 東北には以前も紹介した通り、全国でも屈指の地熱資源があるが、それがこうした豊富な温泉を生み出している。東北には今も湯治の習慣が残るが、これは冬季の厳しい環境への対応、農閑期の骨休めという意味合いがある。東北の人にとって温泉は大いなる大地の恵みであり、まさに貴重な地域資産である所以である。

 実際、歴史ある温泉が東北圏には数多くある。開湯から千年以上の歴史を持つ温泉が少なくとも東北六県に二四ある。その中で最も歴史があるのは西暦一一〇年に吉備多賀由(きびのたがゆ)によって発見されたという伝承を持つ山形市の蔵王温泉で、次いで西暦三〇〇年代に発見されたという福島県いわき市のいわき湯本温泉、同じく四〇〇年代の秋田県大館市の大滝温泉が続く。東北に住む人と温泉との関わりは実に長い歴史を持っているのである。

 温泉の湧出量で見ても、全国的には自噴泉、すなわち自然に湧出している温泉が七六〇〇二四L/分であるのにに対して動力泉、すなわち掘削技術の発達によって人為的に汲み上げている温泉が一九二六五三五L/分と、圧倒的に動力を用いて温泉が多いが、東北圏に限ってみると自噴泉一九六〇八三L/分に対して動力泉三九六五〇二L/分と、自噴泉の割合が高くなる。ということは、掘削して掘り当てた温泉ではなく、昔からそこに湧き出ていた温泉が多いということである。


質の高い東北の温泉
 こうした歴史的な側面とは別に、東北圏の温泉は質の高さでも誇るべきものを持っている。まず、環境大臣が指定する「国民保養温泉地」というものがある。全国でこれまで九一箇所の温泉地が指定されているが、東北六県と新潟にはそのうち二二箇所がある。このうち、青森市の酸ヶ湯温泉は、一九五四年に栃木県の日光湯元温泉と共に指定された国民保養温泉地第一号、福島県二本松市にある岳温泉は翌一九五五年に指定された第二号である。
 
 また、全国津々浦々のすべての温泉を巡ったことで知られる松田忠徳氏の「温泉教授の日本全国温泉ガイド」(光文社新書)では全国二二七の温泉が推薦されているが、そのうち東北六県と新潟の温泉は六九を数え、実に全体の三分の一近くを占めている。この書では、氏が「マガイモノの温泉」と断じる「循環・濾過・塩素殺菌風呂」は紹介されていない。そうした中で東北のこれだけの温泉が紹介されているというのは、それだけ東北の温泉の質の高さを表していると言える。
 
 先ほど、東北には秘湯を含む中小規模の温泉が多いと書いたが、この「秘湯」という言葉を初めて使ったのは、「日本秘湯を守る会」である。日本秘湯を守る会は、一九七五年に、高度経済成長真っ盛りという時代背景にあって、「今の状況は、本来の旅の姿ではない。人間性を置き忘れている。旅の本質を見失っている。何時の日か人間性の回復を求め、郷愁の念に駆られ山の小さな温泉宿に心の故郷を求め、本当の旅人が戻ってくる。旅らしい旅が求められる時代が来る」、「日本の温泉のよさを保ち、環境保全に努める経営理念を相互に啓発・啓蒙する温泉旅館を集めて共同宣伝、相互誘客を図る組織の結成を」と提唱した故岩木一二三氏によって設立された。設立当時三三軒だった会員宿は今や全国に一八八を数えるに至ったが、このうち東北六県と新潟には合わせて七七ある。実に全国の「秘湯」の四一%が東北圏に集中しているのである。
 
 病を癒す湯として全国から人が集まる秋田県仙北市の玉川温泉は、様々な角度から「日本一」の温泉である。まず湧き出る湯量九〇〇〇L/分は一箇所の源泉としては文句なしの日本一である。またその湧き出る温泉はPH一・一というとてつもない強酸性の湯で、この酸性度も日本一である。温泉の湯温は沸騰寸前の摂氏九八度でこれまた日本一である。これほど強烈ではないが、東北圏にはその泉質の良さや効能の高さで知られる温泉が数多くある。


地域資源としての温泉の活用
 温泉を地域資源として活用しようという動きは震災前から既にあった。その典型例が、先に挙げたいわき湯本温泉である。いわき湯本温泉旅館協同組合では、温泉の魅力を再確認し、その保健的機能を活用するためとして、独自に「温泉保養士(バルネオセラピスト)」を養成する事業を二〇〇一年から行っている。

 きっかけとなったのは、ドイツの温泉保養地との交流だったという。ドイツでは温泉が医療の一環として取り入れられ、温泉地にて長期間の療養が行われているという取り組みの事例を知った。先に挙げたように、日本にも「湯治」の文化があるが、それをコーディネートできる人材がいなかった。

 そこでいわき湯本温泉旅館協同組合では、社団法人日本温泉療法士協会を立ち上げ、温泉医学、予防医学に基づいて、温泉の持つ保健的機能を引き出す知識、技術を習得し、温泉療法を活用した健康づくりを安全かつ適切にアドバイスできる人材の育成を始めた。日本温泉保養士協会が実施する養成講習会で規定の講習を修了し、認定試験に合格した人材を温泉保養士(バルネオセラピスト)として認定している。認定の有効期間は五年間で、認定を継続するためには更新講習会の受講が必要となっている。お膝元のいわき湯本温泉では、全ての施設に有資格者がいて、宿泊客・日帰り客などからの相談に応じてアドバイスを行っているということである。

 この事例からは、地域資源とは、それだけでは地域資源たり得ず、それを理解し、活用する人材がいてこそ地域資源となるということが見て取れる。その意味では、結局のところそうした「人」こそが最大の地域資源と言えるかもしれない。


復興にも温泉の活用を
 さて、温泉について語られる際によく言われることの一つに「転地効果」がある。転地効果とは、日常生活を離れ、いつもと違った環境に身を置くことによって、心身ともに気分転換を図れるということである。旅行がその最たるものとされるが、温泉地への旅行においては温泉そのものの効能が上乗せされるため、さらに効果が高いと考えられる。特に山間の「秘湯」の多い東北圏の温泉では、これに森林浴の効果も期待できる。
 
 転地効果をしっかりと得るためには、まず目的地として自宅から一〇〇勸幣緡イ譴疹貊蠅望ましいとされる。また転地効果はおよそ一ヶ月の滞在を経ると「慣れ」が生じて効果が減殺されてくるため、四、五日から一週間程度の期間が適していると言われる。こうした条件はまさに、東北における「湯治」そのものと言える。東北の人たちは古くから湯治を通して、心身の疲労を癒していたわけである。

 復興までの決して近くはない道のりの中で、この温泉についての魅力を再度見直したい。東北にとって温泉は、域外の人を呼び込む地域資源としてだけでなく、否が応でも長丁場となる東北復興の道程において、復興に携わる全ての人たちが心身のストレスを解消するまたとない手段としても積極的に活用でき得る資源でもある。


anagma5 at 23:26│Comments(2)TrackBack(0)clip!私的東北論 

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この記事へのコメント

1. Posted by まお   2013年03月11日 23:46
5 こんにちは
温泉のお話、興味深く拝見しました。
東北の温泉にはたくさんの未知の可能性ありますよね。
しかも自噴なら尚更です。
地熱エネルギーはもちろん、病院など療養にも。
あと、海洋の藻から石油作り・・・・もしかしたら、東北だけで独立国家つくれそうですね。
大友さんのブログは面白いです。また読ませてくださいね。


今日、純平先輩の献花に行きました。
一緒にいたとき、何も吸収できなかったこと、生意気ばかり言ってたこと、まだ後悔しています。
本当に出来ない後輩(認められてないと思いますが)でごめんなさい。
まだそういうので涙がでてきます。
お墓参りまでは出来ませんが、ここでも手を合わさせて下さいね。
2. Posted by 大友浩平   2013年03月14日 12:46
まおさん、コメントありがとうございます。
東北の人たちにとって温泉って当たり前の存在すぎて、その良さを意外に実感してなかったりしますよね。
いいものいっぱいあるんだよってことをこれからも発信していきたいなと思ってます。
弟も、東北のことは大好きでしたし。
献花に行っていただいたのですね。
ありがとうございました。
大丈夫、できない後輩などとは思っていなかったですよ。
弟は、人をできるできないで評価するような性格ではなかったですから。
できない兄貴が言うのだから間違いありません(笑)。
弟のような上手な文章は書けませんが、よかったらこれからもたまに覗いてみてください。

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