2013年03月27日 

私的東北論その44〜「幸福」はどこにあるのか(「東北復興」紙への寄稿原稿)

イメージ9 2月16日に「東北復興」紙の第9号が刊行された。今回砂越氏は、石巻市十三浜の大室南部神楽、同雄勝町の雄勝法印神楽、同桃浦の桃浦獅子舞の復活に向けた歩みをトップで取り上げている。古代蝦夷の悪路王、赤頭、高丸に関する論考も興味深い。

 他にも、げんさんは仙台に向けて檄を飛ばしておられるし、「笑い仏」さまの記事は、被災地支援を行っておられる奈良の名刹元興寺の辻村泰善住職のお話が読める。

 その第9号に寄せた拙文が下記である。




「幸福」はどこにあるのか

都道府県別の「幸福度」
 昨年十二月、「日本でいちばんいい県 都道府県別幸福度ランキング」(寺島実郎監修、東洋経済新報社)が刊行された。同書では、全国の都道府県について、幸福度に関係すると考えられる五五の指標から分析し、ランキング化を試みている。

 総合ランキングで第一位となったのは長野県である。続く第二位が東京都、第三位が福井県となった。ちなみに、東北圏では秋田県が第二八位、山形県が第三一位、新潟県が第三三位、岩手県が第三五位、福島県が第三六位、宮城県が第四四位、青森県が第四五位という結果であった。全体的に見て、このランキングでは、東北各県が中位以下に位置していることが分かる。

 同種のランク付けが行われたのは今回が初めてではない。法政大学教授の坂本光司氏も二〇一一年に四七都道府県幸福度ランキングを発表している(参照PDF)。こちらは「地域住民の幸福度を端的に示していると思われる四〇の指標」でランキングしている。このランキングでは第一位が福井県、第二位が富山県、第三位が石川県と、北陸三県がベスト三を占めた。

 今回のランキングで第三位の福井県が坂本氏のランキングでも第一位になっているわけだが、今回第一位の長野県はこちらでは第七位、第二位の東京都はなんと第三八位である。わずか一年でこれら都道府県を取り巻く環境が大きく変わったとは考えられないので、幸福度はどういった指標に基いてどういった重み付けで判定するかによって、結果が大きく変わるということが見て取れる。

 個別にランキングを見てみると、東北各県の現状が浮き彫りになる。ただそれは幸福度というよりも、今後の地域づくりにこそより活かせそうな内容である。東北圏の各県が一位になった指標について見てみると、「基本健康診査受診率」で宮城県、「余暇時間」で新潟県、「正規雇用者比率」で山形県、「持ち家比率」で秋田県、「待機児童率」で青森県、「一人暮らし高齢者率」で山形県、「学力」で秋田県、「不登校児童生徒率」で岩手県、「余裕教室活用率」で秋田県、青森県、新潟県がそれぞれ全国一位となっている。基本指標(人口増加率、一人あたり県民所得、選挙投票率、食料自給率、財政健全度)と五分野(健康分野、文化分野、仕事分野、生活分野、教育分野)別に見てみると、秋田県が教育分野で二位、新潟県が生活分野で八位、宮城県が健康分野で八位にランクインしている。


「気温」と「体感温度」
 しかし、果たしてこれらの指標が満たされていれば、そこに住む住民は即幸福と言えるものであろうか。肝心なのは、そこに住む住民が、幸福と感じられているかどうかではないだろうか。

 こうしたランキングでよく起こりがちなこととして、そのランク付けがされた判断基準やプロセスが顧みられずに、ランキングそのものだけが話題になるということがある。実際、今回のランキングでも、「 ○○県にいる人は幸せ」とか「××県の人は不幸せ」といった公表されたランキングだけ取り上げた議論がネット上でも出ているが、何が幸福を規定するのか、あるいは、何が幸福を実感することに大きく貢献するのか、ということを考えることは、大変難しいことであると思う。

 今回のランキングは「人間の幸福度に関連する度合いが高いと判断して抽出した」指標に基いて分析がなされているが、それがすなわちその都道府県に実際に住む人々の幸福感につながっているという証明がなされているわけではない。書籍の中でも「今回は除外したが、幸福の基本要素である本人の自己意識という主観的な要因については、来年度以降のランキング解析における課題としたい」と断りが入れられてあるが、そもそも幸福とは主観的なものである。何を以て幸福とするかも、人によって様々である。

 この「本人の自己意識」に、地域によってどれだけ差があるのか、すなわち都道府県によって「自分は幸福である」と感じている人の割合に差があるのかについても調査を進め、その結果と今回のランク付けに使用した五五の指標それぞれの充実度との関連について照合してみれば、あるいは多くの人が幸福と感じることと関連の深い指標が見つかるかもしれない。

 「体感温度」という言葉がある。肌で感じる温度のことだが、同じ気温であっても肌が感じる温度は日差しの有無、風の強弱、湿度の高低によって一定ではない。日差しがあると暖かく感じ、風が強いと寒く感じるということはよくある。具体的には、風速一m/秒につき体感温度はおよそ一度ずつ下がるそうである。

 幸福度を図る五五の指標について充足していれば、より幸福を感じやすい傾向があるということは言えるかもしれない。しかし、実際に幸福を「体感」できるかどうかは、そこに住む人次第である。その人の心に日差しがあれば幸福と感じるかもしれないし、心に北風が吹いている状態では幸福は感じ取れないかもしれない。幸福度を図る指標とそこに住む人が実際に幸福と感じているかどうかは、気温と体感温度の関係に似ているように思うのである。


ブータンと日本の幸福度の差
 一昨年、ブータン王国の国王夫妻が来日し、被災地を訪問し、国会でも演説を行った。国会での演説、被災地での子どもたちとの対話、いずれもこの若き国王の一方ならぬ徳を映し出していたように思う。ブータンと言えば、国民総幸福量というGDPに代わる尺度をつくり、経済成長のみに拠らない国家運営を志向していることで知られる。ブータン国民の幸福度は日本国民のそれよりもはるかに高いそうで、「国民の九七%が『幸福』と答えている」と報じられていた。

 世界第三位のGDPを誇るこの国で、毎年三万人前後の人が自ら命を絶っているという事実、それにはもちろん様々な要因があるのだろうが、その大きな一つは幸福が実感できないということにあるのではないかとも言われる。これまでの日本は経済成長によってGDPが拡大すれば生活も豊かになる、生活が豊かになれば幸福になる、と考えてきたが、現状を鑑みるとどうやらそうではないのではないか、ということが特に震災以降、よく取り沙汰されるようになった。

 ブータン国王夫妻の来日により、改めてブータンのこのアプローチにも注目が集まったが、実はわが国でも内閣府に「幸福度に関する研究会」が設置されて、昨年「第一回生活の質に関する調査」が大々的に実施された。この調査では「主観的幸福度」についても調べている。○点を「とても不幸せ」、一〇点を「とても幸せ」として「現在の幸福感」について調査しているが、訪問留置による調査で平均六.六、インターネットによる調査で平均六.一という結果が出ている。

 ちなみに、「ブータン国民の九七%が『幸福』と答えた」のは、同国の二〇〇五年の国勢調査だが、この時の設問に対する回答の選択肢は「非常に幸福」、「幸福」、「非常に幸福でない」の三つで、この「非常に幸福」と「幸福」と答えた人の割合の合計が約九七%であったということである。その後、二〇一〇年にブータン国内の研究所が行った調査は、内閣府の調査と同様、一〇段階で幸福度を尋ねるものだったが、その結果、ブータン国民の幸福度の平均は六.一だったそうである。日本も幸福度についてはもう少し自信を持ってよいのではないだろうか。


「幸福」と「弥勒菩薩」と「極楽浄土」
 幸福度を測るのが難しい理由の一つは、幸福ということの定義が定まっていないことにもよると思う。幸福の定義というものは、それこそ人の数だけあるように思う。例えば、私が「幸福とは?」と聞かれたら、「今、自分が置かれている状態のこと」と答える。どんなに辛い状況のように思えても、その中でも「幸福」であることを感じることは可能だと考えているからである。しかし、もちろんそれは私の考えであって、百人いれば百人違う考えがあるに違いない。

 弥勒菩薩という仏がいる。釈尊の入滅後五六億七千万年後にこの世に現れ、一切衆生を救済するという。なぜそのような遥か遠い先の未来にならないと救いの手は現れないのだろうか。救いの手はそれくらい気が遠くなるような時間を待たないと差し伸べられない、言ってみれば出現する可能性の極めて低いものだということを、この弥勒菩薩の伝承は言わんとしているのだろうか。

 単なる私個人の解釈だが、「弥勒菩薩」は実は、既にこの世に現れて一切衆生を救済したことになっているのではないだろうか。「救済」されてもそのことに気づかない人はまったく気づかない。ちょうど、我々の目に最も近いところにあるまつ毛が、我々の目に最も見えにくいのと同じように。その、あまりに近くて遠い隔たりを「五六億七千万年後」という遥か見えないくらい先の未来という形で表現したのが弥勒菩薩に関する伝承なのではないか、などと考えるのである。

 「『弥勒菩薩』の救済」を「幸福」と捉えるとよりイメージがしやすいと思う。幸福は追い求め続けなければ得られないものではなく、実は今すぐそこ、目の前にあるものだと私は思っている。ただ、それは私の考えであって、そうでない捉え方ももちろんある。

 極楽浄土についても、私の解釈は同様である。西方十万億土の仏土を隔てた遥か彼方に、阿弥陀如来のいる極楽浄土は存在するという。そのような途方もない距離であるとすれば、極楽浄土とは何と遠いことかと思う。しかし、それもまた今ここにあるのに気づかれない、そのあまりに遠い心理的距離をそのように表現しているのだとすれば、まったくその意味合いは変わってくる。

 そのような観点から、以前書いたが、平泉の文化遺産の意味は、浄土をこの世に創り出すことであったのだと私は考えている。 単に、平泉の地に「浄土のテーマパーク」のようなものを作って浄土のイメージを見せるということなのではなく、「この世こそが浄土である」ということを誰の目にも分かる形で示すことが目的だったのだということである。そしてそれは取りも直さず、この地に住む人の「幸福度」を高めようとした藤原清衡の施策の一つだったのではないかと私は考えるのである。


anagma5 at 18:35│Comments(0)TrackBack(0)clip!私的東北論 

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