2013年05月03日 

私的東北論その45〜「一つの東北」の象徴としてのブナ(「東北復興」紙への寄稿原稿)

新しい画像10 3月16日に「東北復興」紙の第10号が刊行された。今回砂越氏は、一面で「郷土の祭礼と宗教と復興」と題して、各地の祭礼と宗教との関わりについて論考している。また、地名研究家の太宰幸子氏への取材から、地名を手掛かりに古代東北の実像に迫ろうとしている。このアプローチも興味深い。

 げんさんは今回、「蝦夷の国」としての庄内について、古代から近世に亘ってその足跡を紹介している。

 その第10号に寄せた拙文が下記である。





「一つの東北」の象徴としてのブナ

白神山地は見渡す限りのブナの森が広がる広すぎる東北を統合する象徴はあるか
 以前紹介した野田一夫氏の「東北は広すぎる」との言葉を引くまでもなく、東北地方は広く、大きい。日本の面積の十七・七%、新潟県まで含めた東北圏では二一・〇%を占める。同じ東北と言っても、青森の人にとっては福島より北海道の方が親近感があるかもしれない。その福島の人にとっては青森より茨城・栃木・群馬の方が親近感があるかもしれない。そう考えると、「東北は一つ」と思っているのは東北の中の方にいる人間の感覚であって、他地域と接している人間から見ると必ずしもそうは感じられないものなのかもしれない。

 地理的感覚だけではない。進もうとしている方向性にも違いがあったりする。以前げんさんがこの紙面でいみじくも書いていた通り、青森は震災後も原子力推進の立場であり、一方の福島は今も原発事故の影響が復興の最大の妨げとなっておりもちろん廃止の立場である。同じ東北でもこれだけ違う。道州制に対するスタンスも以前紹介したように、知事によって見解はかなり異なっている。

 「一つの東北」を東北にいる人が等しく実感するには、東北に共通する何かを見つけることが必要であるように思われる。例えば、この欄で何度か取り上げている、日本の中世史に燦然と輝く平泉文化。これは岩手のものと言うより、東北の至宝である。なんとなれば、平泉文化の影響を受けた仏像や建造物、遺跡が、東北各地に存在するからである。このような「一つの東北」を象徴するようなものが他にも何かあるだろうか。

世界遺産白神山地の意味するもの
 平泉の文化遺産が世界遺産に登録されたのは震災のあった二〇一一年のことであるが、東北にはそれより先に世界遺産に登録された遺産があった。知っての通り、それは白神山地である。

 青森県と秋田県にまたがる白神山地は、八〇〇〇年前の縄文時代から続くそのブナの原生林が世界的に見ても貴重なものであるとして、屋久杉で有名な鹿児島県の屋久島と共に、一九九三年に日本で初めての世界遺産として登録された。そのブナの森の面積は世界遺産の核心地域だけで一六九・七平方キロメートル、全体では実に一三〇〇平方キロメートルにも及ぶ。東京二三区の面積(六二一平方キロメートル)の倍以上である。特に核心地域に指定された地域はほとんど人の手が入っていないが、これだけの規模のブナの森が手つかずで残っているのは、世界的にもこの白神山地だけであるという。

 このブナに代表される落葉広葉樹、日本では東日本に多く分布している。秋になると紅葉し、冬になると葉を落とす落葉広葉樹の森は、針葉樹の森や常緑広葉樹の森と違い、四季の変化に富んでいる。ブナの森は特にそれが印象的である。春の目にまぶしい新緑。夏のブナの葉の濃い緑。秋の見事な紅葉。冬の葉を全て落とし寒風に耐える凛とした姿。どの季節も見る者の心を掴むものがある。もちろん、私もブナの木は大好きである。

使い道のないブナの有用性
 ところで、このブナ、漢字ではブナ、木へんに無と書く。木でない、木として使えるところがない、そのような意味合いであるそうである。確かに、木材としては腐りやすく曲がりやすく、なかなかに使い勝手の悪い材質である。それで各地に広く分布していたブナの森は次々に伐採され、代わりに木材として有用なスギなどが植林された。しかし、ブナの利用価値は、実は木材としての活用にあるのではない。

 ブナの森は、ブナの木材としての利用価値の低さとは対照的に、豊かな恵みをもたらす森である。ブナの森には実に多くの動植物が生育している。ブナを始めとするブナの森の中の植物は秋に実をつける。その実は森に住む動物の貴重な餌となる。また、ブナは冬に葉を落とす。それは大量の落ち葉となって森の微生物の餌となると共に、腐葉土層となって堆積する。腐葉土層は雨水や雪解け水を蓄え、濾過し、ミネラル分を付加して、清冽な天然水をつくる。その水はもちろん、森に住む動植物の命の源となる。ブナの森が「天然のダム」と言われるのは、そのような理由による。東北では実に数多くの天然水が商品化されているが、そのうちの少なくない天然水はブナの森から湧き出している天然水である。ブナの森のブナが老いて雪や強風などで倒れると、キノコ類が分解し、その倒木は森の土の一部となってまた植物を育てる。そのような生々流転が、ブナの森では延々と続いてきたわけである。

 我々の祖先もまた、こうした豊穣の森の恵みを得て生きていたと思われる。森に入って安らぎを覚えるのは、そうした先祖の遠い記憶が受け継がれているのかもしれない。

 もちろん、東北にあるブナの森は白神山地だけではない。規模の大きなものだけでも、福島の奥会津一帯にあるブナの森や、岩手と秋田の間にある和賀山塊のブナの森も見事なものである。その他にも、岩木山、八甲田山系、八幡平、岩手山、早池峰山、森吉山、鳥海山、月山、朝日連峰、蔵王連峰、飯豊連峰、吾妻連峰、安達太良山、会津磐梯山、会津駒ケ岳など、東北の有名な山の山麓には大抵ブナの森が広がっている。

 東北以外では、石川、岐阜、富山、福井の四県にまたがる白山山系のブナの森がその規模の大きさで有名である。白山信仰は東北各地でも広く見られるが、両者にはブナの森という共通性があるわけである。

バイオビジネスのフィールドとしてのブナの森
 ブナの森の恵みは水だけではない。最近、バイオビジネスが持て囃されているが、白神山地は有用な微生物の宝庫である。その中で最も有名なのは「白神こだま酵母」である。一九九七年に発見された、太古から白神山地に住んでいるこの酵母は、通常のパン酵母より天然の甘味成分トレハロースを多く作るため、パンに添加する糖分を少なくでき、またさすがに冬の厳しい白神山地に生息しているだけあって、低温に極めて強く、冷凍保存しても生き延びるために、貯蔵や移送もしやすいというメリットもある。このようなことから、東北だけではなく各地でこの酵母を使ったパンが作られており、その味わいは好評を得ているようである。他にも、やはり低温に強く、雑菌を駆逐する力の強い乳酸菌「作々楽(ささら)」なども製品化されている。

 また、白神山地ではないが、秋田県の別のブナの森からは、ビールを醸造するのに適した酵母も見つかっており、既にその酵母を使ったビールが、「ぶなの森ビール」として商品化されている。こちらのビールは、通常のビールよりも風味が爽やかでのど越しもよい。たとえて言えば、「森林浴」の印象である。

 余談だが、東北でも特に秋田県はこうしたバイオビジネスに東北で最も熱心な印象がある。「白神こだま酵母」も「作々楽」も秋田県の外郭団体である秋田県総合食品研究センターが特許を保有している。同センターは他にも、秋田県内の地ビール醸造所と共同で桜の木から採取した天然酵母で地ビールを醸造するなど、官民一体でバイオビジネスを推進している。秋田にはまた、麹の元菌会社として全国の九〇%以上という圧倒的なシェアを誇る秋田今野商店のような企業もある。地ビールの醸造所を見ても、ここのビール酵母を使ってビールを作っている醸造所は数多い。今後の展開が楽しみな領域である。

ブナの緑は一際鮮やかである東北人の目指す姿としてのブナ
 東北にとってブナが親しみのある存在であることを示す事実がある。ブナを市町村の木と定めている自治体は全国に三一あるが、このうち東北六県と新潟で十四もある。東北圏だけで、全国の半分に近い数の自治体がブナを市町村の木としているのである。東北にとってブナがいかに身近な木であるかを如実に示すものと言える。

 ところで、翻って東北を見ると、東北人は実にブナである。

 この地に住んだ蝦夷はかつては人ではないと言われた。蝦夷は「えみし」と読む。また「えびす」とも呼ばれた。坂東の荒武者を「あづまえびす」と言ったが、これは恵比寿さまの「えびす」ではなく、「えみし」の意味である。人ではないと言われた蝦夷は、木ではないと言われたブナにそのまま重なるような気がする。

 木材としては使いにくく、一見役に立たないブナの木が実は大いなる恵みをもたらす素晴らしい森をつくっているように、かつて蝦夷の住む地と蔑まれ、近世においても戊辰戦争での敗北が尾を引いて開発が遅れた東北を、未曽有の大震災でかつてないダメージを受けた東北を、そこに住まう我々一人ひとりが新たなものとしてつくり上げる、その象徴としてブナは相応しいように思うのである。

 ブナは厳しい風雪に晒されてその身が樹氷となっても春に向けて力を蓄え、春になれば一斉にその芽を出す。ブナの新緑は一際鮮やかである。それは厳しい風雪に耐えたからこそのものなのかもしれない。大震災からの復興を目指す東北人にとって、ブナはまさにその範となる。ブナのようにしなやかにたくましく、使い道がないと蔑まれようとも動ぜず、一致して恵み豊かな森をつくる、その姿はまさに東北人が目指す姿そのものである。


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