2013年07月31日 

私的東北論その47〜道州制導入の現状と課題(「東北復興」紙への寄稿原稿)

tohoku-fukko_12 早いもので7月も今日で最後である。気がつけば、と言うか、実は気がついていたのだが、今月はこれまでアップしたものに細々追記をしたくらいで(「東北各地の今年のビールイベント」など)、新しいものはまだ何もアップしていないではないか(汗)。

 この間、「東北復興」紙の第12号が5月16日に、第13号が6月16日に刊行された。本業を抱えつつ、私のような入稿の遅い執筆者を抱えつつ(汗)、東北復興のための情報を発信するために、電子新聞を毎月毎月1日の遅れもなく発行し続けている砂越豊氏の姿勢には本当に頭が下がる。




tohoku-fukko_13 この第12号、第13号では2回に亘って、私は道州制の現状と課題について取り上げた。紹介の遅れを取り戻すためにここで一挙掲載させていただく。しかも、ほとんどどうでもよいことだが(笑)、誌面の都合でカットした部分も復活させた「完全版」である。2回分+追加分ということで、ブログにあるまじきとんでもない字数(9,937字)となってしまっているので、時間に余裕のある時に読んでいただければ幸いである。
 






道州制導入の現状と課題

道州制を巡るこれまでの動き
 民主党政権時代に停滞していた道州制導入に関する議論が、第二次安倍政権に代わって再び動き出しつつある。今回はこの動きについて見ていきたい。

 そもそも、道州制導入に関する議論が最も進展したのは、第一次安倍内閣の時である。元々小泉政権下の二〇〇六年に、第二八次地方制度調査会が「道州制のあり方に関する答申」を出したのを受ける形で、次の第一次安倍内閣では道州制担当大臣が置かれた。

 また、第一次安倍内閣では道州制ビジョン懇談会が設立されたが、二〇〇八年に出されたその中間報告では「道州制は、日本を活性化させる極めて有効な手段であり、その実現に向けて国民全体に働きかけて、邁進すべきものである」として、道州制導入に極めて前向きな姿勢を示している。そして、「『中央集権国家』から『分権型国家』、いわゆる『地域主権型道州制国家』への転換は、画一的企画大量生産から知価社会、グローバル化という時代の転換に対応する歴史的必然である」とまで述べている。

 それに次いで二〇〇八年七月に出された自民党の「道州制に関する第三次中間報告」でも、「二一世紀に羽ばたこうとする日本は、官僚統治による中央集権政治から脱却し、国民の総意と努力による、安全で、安心で、公平な国づくり、地域づくりを推進しなければならない。そしてわが国の存続と発展のためには、抜本的に国のあり方を見直し、中央政府及び地方政府のそれぞれの責任を明確化するとともに、地域の経済力の強化を図ることが必要である」と高らかに謳っている。道州制導入の目的としては、|羆集権体制を一新し、基礎自治体中心の地方分権体制へ移行、国家戦略、危機管理に強い中央政府と、広域化する行政課題にも的確に対応し国際競争力を持つ地域経営主体として自立した道州政府を創出、9顱γ亙の政府の徹底的な効率化、づ豕一極集中を是正し、地方に多様で活力ある経済圏を創出、の四点を挙げている。

 この他、日本経団連も二〇〇七年に「道州制の導入に向けた第一次提言」を、翌二〇〇八年に「道州制の導入に向けた第二次提言」を相次いで公表し、道州制導入を速やかに進めるよう強く要望している。

 こう見てくると、道州制について取り沙汰されるようになったのはつい最近のことのように見えるが、実はそうではなく、例えば行政制度審議会が一九二七年に「州庁設置案」を提言するなど、議論そのものは戦前から続いてきており、その後も地方制度調査会や行政改革審議会などで道州制に関する答申が出されている。すなわち、国と地方の関係や、地方自治の「受け皿」についての問題は、長らく議論の対象になってきている一方、いまだ具体的なアクションがなされていないということが分かるのである。

dousyuusei再び動き出した道州制導入
 自民党の道州制推進本部は既に昨年六月に「道州制のイメージ」を公表、九月には「道州制基本法案」の骨子案を取りまとめていた。昨年一二月の総選挙では自民党が圧勝し、第二次安倍内閣が発足したが、この選挙において道州制導入は公約の一つともなっていた。総選挙での勝利、そして政権奪還を経て、自民党は道州制導入への動きを本格化させてきている。

 自民党が先に取りまとめた「道州制基本法案」は、連立与党である公明党の「道州制導入を前提とした法案ではない」との主張に配慮して「道州制推進基本法案」という名称となり、地方の意見を踏まえて議論を進める旨が盛り込まれた。両党は、この法案を今国会に提出し、早ければ今国会中にも可決・成立させる考えのようである。道州制導入には日本維新の会やみんなの党、民主党も賛成すると見られ、採決されれば成立はほぼ確実な情勢である。

基本法案に盛り込まれた道州制の姿
 では、この「基本法案」とはどのようなものだろうか。最初に押さえておきたいのは、今回の法案は、一飛びに道州制の導入を決定するというものではなく、導入の具体的な検討に入るための基本的方向や手続き、必要な法制の整備について定めるという趣旨のものであるということである。

 法案ではまず道州制の定義について、都道府県の区域より広い区域において設置され、国から移譲された広域事務と都道府県から承継した事務を処理する広域的な地方公共団体である「道州」と、市町村の区域を基礎として設置され、従来の市町村の事務と都道府県から承継した事務を処理する基礎的な地方公共団体である「基礎自治体」で構成される地方自治制度である、としている。

 その上で、導入の基本理念として、
 
 々颪量魍箋擇啜’修硫革の方向性を明らかにする。
 中央集権体制を見直し、国と地方の役割分担を踏まえ、道州及び基礎自治体を中心とする地方分権体制を構築する。
 9颪了務を国家の存立の根幹に関わるもの、国家的危機管理その他国民の生命、身体及び財産の保護に国の関与が必要なもの、国民経済の基盤整備に関するもの並びに真に全国的な視点に立って行わなければならないものに極力限定し、国家機能の集約、強化を図る。
 きに規定する事務以外の国の事務については、国から道州へ広く権限を移譲し、道州は、従来の国家機能の一部を担い、国際競争力を持つ地域経営の主体として構築する。
 ゴ霑端治体は、住民に身近な地方公共団体として、従来の都道府県及び市町村の権限をおおむね併せ持ち、住民に直接関わる事務について自ら考え、自ら実践できる地域完結性を有する主体として構築する。
 国及び地方の組織を簡素化し、国、地方を通じた徹底した行政改革を行う。
 東京一極集中を是正し、多様で活力ある地方経済圏を創出し得るようにする。

の七点を挙げた。一覧すると分かるように、これらは前述の「道州制に関する第三次中間報告」の内容を多く汲んでいる。

 その基本理念を踏まえ、制度化の基本的な方向としては、
 
 ‥堝刺楔を廃止し、全国の区域を分けて道州制を設置する。都の在り方については、道州制国民会議において、その首都としての機能の観点から総合的に検討するものとする。
 道州は、広域的な地方公共団体とし、前述に規定する事務を除き、国から道州へ大幅に事務を移譲させて、広域事務を処理するとともに、一部都道府県から承継した事務を処理する。
 4霑端治体は、市町村の区域を基礎として編成し、従来の市町村の事務を処理するとともに、住民に身近な事務は都道府県から基礎自治体に大幅に承継させて、当該事務を処理する。基礎自治体においては、従来の市町村の区域において、地域コミュニティが維持、発展できるよう、制度的配慮を行う。
 て蚕5擇售霑端治体の長及び議会の議員は、住民が直接選挙する。
 テ蚕の事務に関する国の立法は必要最小限のものに限定するとともに、道州の自主性及び自立性が十分に発揮されるよう道州の立法権限の拡大、強化を図る。
 国の行政機関は整理合理化するとともに、道州及び基礎自治体の事務に関する国の関与は極力縮小する。
 道州及び基礎自治体の事務を適切に処理するため、道州及び基礎自治体に必要な税源を付与するとともに、税源の偏在を是正するため必要な税制調整制度を設ける。

の七点を挙げている。

道州制導入へのプロセス
 道州制導入への具体的な手続きについてはまず、内閣に「道州制推進本部」を置くことを定めている。同本部は、‘蚕制に関する企画及び立案並びに総合調整に関する事務、道州制に関する施策の実施の推進に関する事務、その他法令の規定により本部に属する事務、を司るとしている。

 さらに、内閣府には「道州制国民会議」を置く。同会議は、‘盂嫣輙大臣の諮問に応じて道州制に関する重要事項を調査審議する、↓,僚斗彁項に関し、内閣総理大臣に意見を述べる、その他法令の規定によりその権限に属する事務を司る、とされている。

 と同時に内閣総理大臣は、
 
 ‘蚕制の区割り、事務所の所在地その他道州の設置に関すること
 国、道州及び基礎自治体の事務分担に関すること
 9颪竜々修虜栃塋造咾帽颪瞭蚕5擇售霑端治体への関与の在り方に関すること
 す顱道州及び基礎自治体の立法権限及びその相互関係に関すること
 テ蚕5擇售霑端治体の税制その他の財政制度並びに財政調整制度に関すること
 ζ蚕5擇售霑端治体の公務員制度並びに道州制の導入に伴う公務員の身分の変更等に関すること
 道州及び基礎自治体の議会の在り方並びに長と議会の関係に関すること
 ┫霑端治体の名称、規模及び編成の在り方並びに基礎自治体における地域コミュニティに関すること
 道州及び基礎自治体の組織に関すること
 首都及び大都市の在り方に関すること
 道州制の導入に関する国の法制の整備に関すること
 都道府県の事務の道州及び基礎自治体への承継手続きその他の道州制の導入に伴い検討が必要な事項に関すること

については必ず同会議に諮問しなければならないと定められており、法案成立後はこの道州制国民会議の動向が道州制導入の具体化を図る上で大きな鍵になることが分かる。

 また、同会議は諮問を受けた場合には三年以内の答申を、また政府は答申があった時は二年を目途に必要な法制の整備を実施しなければならないことが定められている。いわば同会議の決定事項がそのまま法制として整備されることになるわけで、ここからも同会議の存在の大きさが見て取れる。

根強い慎重論・反対論
 こうした動きを見ていると、あたかも道州制導入がすぐ現実のものとなりつつあるようにも見えるが、一方で道州制導入には根強い慎重論や反対論もある。

 道州制導入に前向きな知事と政令指定都市市長でつくる「道州制知事・指定都市市長連合」は二月に「地方分権の究極の姿である道州制の早期実現に向けた積極的な取組を求める」との声明を発表しているが、四月一八日に開催された全国知事会では、道州制導入に慎重な立場を取る知事から反対意見が相次いだ。

 全国知事会では今年一月、「道州制に関する基本的考え方」を取りまとめている。その中では、道州制の基本原則、道州制検討の進め方、地方分権改革の推進の三点について詳細に前提条件を提示している。これは実効性ある道州制導入について提言を行っていると見える一方、「このような条件を満たさない道州制の導入は認められない」として道州制導入のハードルを上げているようにも見える。

 結局四月一八日の会合では、全国知事会は、道州制基本法案には「いくつかの懸念がある」として、

 |羆府省等国の行政組織のあり方について、法案骨子案においては、国の行政機関の整理合理化との方向性が示されてはいるが、道州制が中央集権体制を改め、地方分権型国家を構築する、正に国のあり方を根底から見直す改革とするならば、法案骨子案において、国の出先機関の原則廃止、国の中央府省の解体・再編が不可欠であると考える。
 基礎自治体のあり方について、法案骨子案においては、都道府県を廃止してその大部分の事務を基礎自治体に移譲し、残りの一部を道州に引き継ぐとしている。しかし、産業・雇用政策や指定区間外国道、指定区間一級河川の管理、また、警察、環境保全といった広域的事務は道州が自己完結的に担うものと考えられる。仮に、そうした事務を基礎自治体が引き継ぐとするならば、市町村の広域的再編が問題となるのではないかと考える。
 
と指摘、これらの二点について更なる検討を求めた。

 道州制推進知事・指定都市市長連合の共同代表を橋下徹大阪市長とともに務める村井嘉浩宮城県知事は周知の通り道州制導入に極めて前向きだが、道州制導入の暁には同じ「東北州」を構成すると思われる他の東北五県の知事は揃って道州制導入に慎重である。ばかりか、この連合には仙台市長も参加していない。村井知事はもっと他の知事や仙台市長との関係を強化して足元を固めるべきではないかというのが率直な印象である。

 一方、自由法曹団も四月一五日に「住民の声とくらしを切り捨てる道州制を批判する」との声明を出している。その中では道州制の問題点として,びやかされる社会権保障、空洞化する地方自治、8務員の大量解雇による雇用不安の拡大、の三点を挙げている。

 こうした道州制に対する不信や疑心暗鬼も分からないではない。何と言っても北海道の例がある。北海道は二〇〇六年に成立した道州制特区推進法の対象となった。既に道州の規模を持つ北海道に、先行して道州制の「モデル事業」を担わせようとしたのである。ところがである。北海道が提言した三〇にも及ぶ権限移譲項目の中で、認められたのはたったの二項目である。これでは国の道州制導入への姿勢に疑念を抱かれても仕方がないのではないか。すなわち、道州制は導入されても、国は権限を大幅に地方に移譲する考えはないのではないか、ということである。

 ここまで、道州制を取り巻く現状と課題について見てきた。次回はこれらを踏まえて、導入されるべき道州制像についてさらに考えてみたい。(註:ここまで第12号掲載分)


 道州制に対する根強い反対
 前回、道州制を巡るこれまでの動きを振り返ってみた。こうして見てみると、現在の都道府県をどうするかということについての議論は実に長い期間に亘って、何度も取り上げられてきていることが分かる。にも関わらず、いまだ具体的なアクションは起こっていないわけである。その背景には、道州制に関する反対意見が根強いことがある。

 その代表的な意見は「道州になって現在の都道府県がなくなると地方自治が住民から遠くなるのではないか」というものである。確かに一見、そのようにも見える。例えば、東北六県が一つの州となった場合、どこが州の中心になっても、それ以外の地域から見れば、現在の県庁所在地よりも明らかに遠くなることになる。

 ただ、ここで現在の四七都道府県になった頃のことを考えてみたい。一八七一年(明治四年)の廃藩置県から幾度かの変遷を経て四七都道府県となったのは一八九〇年(明治二三年)のことである。ちなみに、その前年の一八八九年に新橋神戸間の鉄道が開通している。この時の新橋神戸間の所要時間は驚くなかれ下りで二〇時間五分、上りで二〇時一〇分である。四七都道府県が定められたのはそのような時代だったのである。翻って今、東京大阪間の所要時間はN700系「のぞみ」で二時間二五分である。時間距離がおよそ一〇分の一近くにもなっている中、道州になって多くの住民からの距離が遠くなるから自治も遠くなるというのは根拠が薄いように思われる。

 そもそも、州の中心から遠くなるから、地方自治も遠くなるという論も、そう単純に結び付けられる話ではないようにも思われる。実際、現在の都道府県による自治は本当にそこに住む住民にとって近いものであるかどうか。それは中心地からの距離の問題ではなく、そこで行われている自治の内容によるのではないだろうか。

道州は「大きい」のか「小さい」のか
 今の都道府県から見ると、それらが集まってできる道州は確かに大きいように見える。しかし視点を転じてみるとどうか。もしそれが従来、国が担っていた権限を大きく移譲されてできたものだとしたら、ということである。その場合、道州はこれまでの国よりもはるかに小さく、身近なものになっていると言えるのではないだろうか。これまで東京都心で全て決められてきたことのうちの相当数の権限が道州に移っていれば、政治はまさに住民から見てより近いものになるのではないだろうか。そのような道州制であるならば、私は道州制に賛成である。その意味でも、道州制の導入は国からの権限移譲とセットでないとうまくいかないに違いない。権限移譲なき道州制は、単なる都道府県合併にしか過ぎないだろう。

 今後導入されようとする道州制が、権限移譲とセットになった実質を伴ったものか、それとも都道府県合併の表面を装う名前だけのものかを判断する端的な手掛かりは、中央省庁の地方支分部局の扱いである。地方に権限を移譲させようとすれば、現在中央省庁の所掌事務を分掌する地方出先機関であるこれらの地方支分部局も、当然道州に統合されなければならないはずである。もし、これら地方支分部局がそのまま温存され、その一方で都道府県が道州となるような事態となれば、それは道州には何の権限も移譲されていない何よりの証左となる。

 逆に言えば、地方支分部局が道州に統合されることになれば、道州にとってこれほど心強いことはない。これまで都道府県は、各々のエリアの大きさで物事を考えていればよかったが、これからはその数倍の大きさのエリアで物事を考えていかなくてはならない。中央省庁の地方支分部局は、まさにこの道州のエリアの大きさでこれまでその職務を遂行してきている。そのノウハウは道州を前に進めるために何よりの力となるはずである。

やはり問題となる「州都」
 ただ、道州制でもたらされる変化はそれだけではない。先般一部週刊誌でも報じられたが、道州制を導入することによって実は地価にも大きな変化が生じることが予測されている。いわば、自分たちの住んでいる土地の価値に直結する問題があるのだというのである。具体的には、県が集まって州になることで行政機能が「州都」に集中し、それによって「州都」やその周辺の地価は上昇する一方、州都以外の都市では大幅な地価下落に見舞われるのではないかと不安視する声が出ているのである。

 現在でも県庁所在地と同じ県内の他地域の都市との格差は厳然としてある。道州制を導入した暁には、それと同様のことが、「州都」とそれ以外の現在の県庁所在地の間で起こるのではないか、という懸念があるのである。

 「東北州」実現の暁に「州都」と目されるのは、東北最大の人口を擁し、経済圏の規模も圧倒的に大きい仙台市だが、だからこそ決して仙台市を「州都」にしてはいけないのである。首都ワシントンと最大都市ニューヨークを持つアメリカや、首都北京と最大都市上海を持つ中国を例に引くまでもなく、なぜ世界で少なくとも三〇以上の国と地域が首都と最大都市とを分けているのかを考えれば、その理由は自明である。すなわち、政治の中枢と経済の中枢とを兼ねることによる首都への一極集中の弊害を避けるためである。

 東北州の「州都」を仙台市とすれば、確かに仙台市には東北のヒト・モノ・カネが集まり、市内及びその周辺の地価も上がり、そこに住む人はそのメリットを最大限享受できるかもしれない。しかし、そのメリットが東北の他地域にもたらされたデメリットの上に成り立っているのだとすれば、そんな道州制には何の意味もない。

 私は、「州都」は仙台市でもなく、またそれ以外の東北各県の県庁所在地でもないところに新たに設けるべきと考える。それで以前、この欄で岩手県平泉町を挙げた。平泉町は歴史的に見ても奥州藤原氏の拠点として東北の中心だったことがあり、地理的にも東北のちょうど中間点にある。最近奥州藤原氏時代の文化遺産が世界遺産に登録されたこともあり知名度もある。また現在の平泉町が面積約六三・五平方キロメートル、人口約八〇〇〇人の小さな町であることもプラスに働く。ここが「州都」になれば、なんでも州都に集中させるということは物理的にも不可能である。経済圏としては一関都市圏に属するが、その人口は合わせて十一万人程度で、仙台都市圏の一四分の一の規模である。地価の上昇も極めて限られた範囲内で収まるに違いない。

 小さな「州都」に加えて、東日本大震災のような大災害が発生した時のバックアップを考えて、「副都」も定めておく必要もあるだろう。こちらに関しては「州都」が太平洋側だとすれば、地理的に離れた日本海側のどこかが相応しいと考える。内陸の平泉を「州都」とすれば、「副都」は沿岸の港町山形県酒田市辺りも考えられる(秋田市も考えられるが現在の県庁所在地であるためここでは除外)。平泉からの距離や日本海側の南北の中間点ということを考慮するならば、秋田県湯沢市辺りも視野に入れる必要があるだろう。

「州都」だけではない難しい問題
 道州制を導入する際に難しいのは、「州都」をどこにするかということだけではない。財源の問題が大きく立ちはだかる。中央省庁の言い分はこうである。「大幅な権限移譲を求めるのであれば、財源も道州が独自に調達すべき」。そうなれば道州は独自に課税をするなどして財源を確保しなければならない。もちろん、権限が大きく移譲されるのであれば、現在の国税と地方税の比率の見直しも不可欠であるから、全て新たな課税で賄う必要はないにせよ、それで足りなかった場合に道州独自に増税することが果たしてそれが可能かどうか。

 また、膨大な国の債務をどうするかという問題も、道州制の行方を大きく左右する。中央省庁はこう主張するに違いない。「国の債務のうちこれまで地方に回すために背負った分は地方で肩代わりしてほしい」。

 これは、ちょうど国鉄の分割民営化の時の債務の処理を連想させる。あの時は三七兆円に上る旧国鉄債務を、国が二二・七兆円、分割民営化されたJR各社が一四・五兆円引き受けるということになった。道州制で国の肩代わりをするのなら、権限だけではなく財源や借金もという議論は、今のところ出てきていないが、今後具体的な議論が行われる中できっと出てくる。

 中央省庁は、地方に権限を渡さないために、この問題を持ち出してくる可能性が高い。その時にどう対応するかで、まさに道州制の成否が決まると言っても過言ではない。肝心なのは、ここで各都道府県が、借金まで背負わされるくらいなら権限など持たなくてもよいという近視眼的な思考に陥らないようにすることである。四七都道府県になって一二〇年余りが経過した。今ここで考えるべきは、これからの一二〇年を託すことのできる国の形、地方自治のあり方とはどのようなものなのかということである。それは決して、見た目ばかりの道州制ではないはずである。

まずは六県がまとまることから
 宮城県は村井知事の道州制に対する積極姿勢を反映して、地方分権・道州制推進本部を設置して、地方分権や道州制に関する情報の共有化を図り、それらを推進するために必要な課題解決や取組方策の検討を行っている。もちろん、それは道州制を進めるために必要なことの一つである。しかし、そのようにして道州制に関して得た情報や検討した結果などを東北の他の五つの県に提供したり、それについての意見交換をしたりという取り組みを、推進本部は十分にしているだろうか。道州制は一つの県だけでできるものではない。ましてや、東北の他の五つの県は、仙台への一極集中を懸念して、道州制そのものに極めて後ろ向きである。そこから一足飛びに道州制導入に持っていくことは困難である。まずは情報のやり取りをする中で信頼関係を構築していくことが必要である。特に、北東北三県は、元々三県での道州制を視野に、協調して検討を重ねてきた実績がある。そこで得られた検討結果について、今後の道州制の進展を念頭に、率直に耳を傾けることも必要であろう。

 他の先行事例に学ぶことも必要である。北海道はかつてイギリスのスコットランドに職員を派遣して、かの地の地方分権の実態について詳細な分析を行っている。スコットランドについては、この紙面でも奥羽越現像氏が何度か取り上げてくれているが、そうした事例についての学びを今後の取り組みに活かしていく努力も欠かせない。(註:ここまで第13号掲載分)

 また、住民に対する情報提供もまだまだ不十分であると言わざるを得ない。いまだ、道州制が何なのか、導入して何が変わるのかについて、住民の理解が十分とはとても言えないのが現状である。例えば、住民を対象にした道州制に関するイベントの開催やパンフレットの作成などを行うなど、住民にも道州制導入についての取り組みや議論に参加してもらう工夫を、これから積極的に進めていく必要があるのではないだろうか。

 そうした取り組みを進めつつ、やはりトップである村井知事に求められるのは、他の5つの県の知事、そして仙台市長との信頼関係の構築である。かつて北東北三県の知事が道州制に関して緊密な連携を取っていた状況を参考に、同じ東北にいる者同士として関係を深めていく努力をしていくべきであろう。その際に最も効果があると思うのは、前にも言ったが、「『州都』は仙台以外に置く」宣言をすることである。道州制導入の目的は、仙台市を「州都」にすることにあるのではないはずである。仙台市の「州都」を諦める、その決断こそが、道州制を前に進めるものと私は考える。


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