2016年07月30日 

私的東北論その84〜「イサの氾濫」と「まづろわぬ民」(「東北復興」紙への寄稿原稿)

 5月15日発行の「東北復興」第48号では、東北を題材にした2つの作品、「イサの氾濫」と「まづろわぬ民」を取り上げた。「イサの氾濫」は小説、「まづろわぬ民」は歌とジャンルは違うが、東北に対する熱い思いは共通している。どちらも震災後に創られたという点でも共通している。建物が元通りになれば復興ということではない。東北に住む人の復興には、東北の祭りや伝統芸能の復活が必要とよく言われるが、加えてこのような文芸や音楽などの復活も必要なのだと思う。

 以下がその全文である。


「イサの氾濫」と「まづろわぬ民」

小説「イサの氾濫」
91hIN6oceAL 木村友祐の「イサの氾濫」が未来社から3月11日に刊行された。40代になって東京での生活に行き詰まりを感じていた主人公の将司が、叔父の勇雄=イサに興味を持ち、故郷の青森・八戸に帰り、従兄弟や父親の幼馴染に話を聞いて、その足跡を辿っていく、というストーリーである。イサは方々で諍いを起こし、肉親にも敬遠され、どこにも居場所のなかった「荒くれ者」だった。将司はイサの孤独と悔しさに自分自身を重ね、さらに震災後の東北の悔しさをもその身に乗り移らせ、ついに「イサ」となって怒りを爆発させる。

 本作の初出は「すばる」(集英社)の2011年12月号で、第25回三島由紀夫賞候補作ともなったそうだが、その時は私はその存在を知らず、今回単行本になって初めて手に取る機会を得た。この小説の中で最も印象的な箇所として、登場人物の口から、蝦夷や東北の置かれた状況について語られる場面がある。

 父親の幼馴染の角次郎は、イサのことをかつて東北に住んでいた蝦夷みたいな人間だったのではないかと将司に言う。その言葉に前のめりになる将司に対して、「今のは考え方の遊び」だと言いつつ、角次郎は蝦夷について語る。

「……蝦夷づのぁ、ホントは西の、都のやづらがそう呼んだだげで、本人だぢは自分が蝦夷だどは思ってながったらしいけどな。産馬ど馬飼に長げでだがら、馬さ乗って弓ばあつかうのも得意な連中で、やだら勇敢な猛者がそろっていだづ。都の連中にとっちゃ、自分だぢの国の外さあって、そったら強い輩がゴロゴロいる蝦夷の国は、想像を超えだ野蛮の国だったのよ。まぁ、国どいっても、それぞれ単独に動ぐ部族の集まりで、抗争をくりかえすおんた感じだったらしいんども。毛を着て血を飲む、兄弟同士疑い合う連中だど思われでったづ。朝廷は、天皇こそ絶対だどいう物語にしだがって、その未開の国ば何回も制服しようどしたんども、蝦夷ぁなんたかた抵抗したべ。だすけ、蝦夷は都の連中には、『まづろわぬ人』どが、『あらぶる人』ど呼ばれでだのよ。……な。イサみてぇなもんだべ?」

 その上で角次郎は、「今の東北には、あいつみてぇなやづが必要だどいう気もする」と言う。それはどういうことかと尋ねる将司に角次郎は、「みな、人ッコよすぎるべ」と言って、こう言う。

「こったらに震災ど原発で痛めつけられでよ。家は追んだされるし、風評被害だべ。『風評』つっても、実際に土も海も汚染されだわげだがら、余計厄介なんどもな。そったら被害こうむって、まっと苦しさを訴えだり、なぁしておらんどがこったら思いすんだって暴れでもいいのさ、東北人づのぁ、すぐにそれがでぎねぇのよ。取材にきた相手さも、気遣いかげたぐねぇがら、無理して前向ぎなごと言うのよ。新聞もテレビも、喜んでそういう部分ばり伝える」。

「……おらはもどもど、生まれだ地域で人の性格うんぬんすんのは、ナンセンスだど思ってんども。だがらこれは、そんでもやっぱり不公平でねぇがどいう思いが言わせる、戯言みてぇなもんだども。東北人は無言の民せ。蝦夷征伐で負げで、ヤマトの植民地さなって。もどもど米づくりさ適さねぇ土地なのさ、稲作ば主体どずる西の社会ど同じように、米、ムリクリつぐるごどになって。そのせいで人は大勢飢え死にするし、いづまでたっても貧しさに苦しめられでな。はじめで東北全域が手ぇ結んで、薩長の維新政府軍ど戦った戊辰戦争でも負げで。つまり、西さ負げつづけで。どごのだれが言いだしたんだが、『白河以北、一山百文』なんて言葉で小馬鹿にされで、暗くて寒くて貧しいど思われながら、自分だぢもそう思いながら、黙々と暮らしてきたべ。……したんども、ハァ、その重い口ば開いでもいいんでねぇが。叫んでもいいんでねぇが」。

 この長大な語りは、まさに作者である木村友祐の「叫び」であるのだろう。ちなみに、八戸出身で東京に出た主人公の将司は、まさに作者の分身であるし、イサのモデルは作者の叔父だそうである。東京から見えた震災後の東北とその東北を取り巻く状況を見て、全編を通して「東北よ、叫べ!」と叫んでいる。作者がこの小説を通じて訴えたかったことはまさにここにあるのに違いない。

アルバム「まづろわぬ民」
613YZ2hFc0L この「その重い口ば開いでもいいんでねぇが。叫んでもいいんでねぇが」という声に応えた人がいる。白崎映美である。白崎映美は山形の酒田出身。上々颱風(しゃんしゃんたいふ〜ん)のヴォーカリストとして活動してきたが、上々颱風は2013年1月に活動を休止。そのような折に、この「イサの氾濫」と出会い、その「叫び」に東北人の血をたぎらせて、東北出身のミュージシャンらに声を掛け、「白崎映美&とうほぐまづりオールスターズ」を結成したのである。翌2014年秋に1stアルバム「まづろわぬ民」を発表。2015年に「白崎映美&東北6県ろ〜るショー!!」に改名して現在に至っている。「東北6県ろ〜る」というネーミング、実に秀逸である。このアルバムはまさに、東北の「ロッケンロール」である。ロックのテイストと東北が誇る民謡のテイストがうまく融合し、独自の音世界が形成されている。

 印象的な歌詞も随所に表れている。「とうほぐまづりのテーマ」では、「オラは歌うぞ 皆踊れ/泣ぐ子はいねが 皆踊れ/いづまで生ぎっが わがんねぞ/明日ポックリ行ぐがも わがんねぞ」と歌う。「いづまで生ぎっが わがんねぞ/明日ポックリ行ぐがも わがんねぞ」というのは、東日本大震災をくぐり抜けた多くの東北人の偽らざる実感であろう。そして、「泣いだ人ださ いい事いっぺ来い/よいしょよいしょど いい事/引ぱらて 来い来い来い」と歌う。これこそ、白崎映美の東北に対する切なる願いなのであろう。

 このアルバムの白眉は、アルバムのタイトルともなっている「まづろわぬ民」である。「まづろわぬ民」とは、「イサの氾濫」でも触れられているように、まさに蝦夷そのもののことである。この曲で白崎映美はこう歌う。

「ぎらぎらの目ン玉ど/真赤だ心臓ど/ほどばしる力ど/ほほえみど/リンゴのほっぺど/寒さに強い体ど/あったこハートを持ぢ/多ぐ語らず 恥ずかしがりやで/気持ぢの優しい民だ/抑え切れない この衝動は/確かにあなた方の 末裔だ」。

 ここでは、白崎映美の思い描く「蝦夷」が独特の表現で描かれている。そしてさらに、「山漕ぎ 野漕いで/自由に生ぎる/オラ方の先祖は/まづろわぬ民だ」と歌い、東北人の「原点」として「まづろわぬ民」があることが強く主張されている。

 白崎映美はこのアルバムのMCで「まづろわぬ民」についてこう語る。

「東北は昔から、暗くて寒ぐで、景気も悪ぐで、そごさ、東北大震災、んで原発事故、オラ、悔しぐで、頭さ来で、東北人は、もっと叫んでもいいあんねが、でっけぇ声出していいあんねが、東北さ、いい事いっぺ、来い来い来ーいど思って、東北まづりオールスターズを、つぐりました。震災の後、オラはずっともやもやど、考えでました。そん時に、『イサの氾濫』っていう小説に巡り合いました。そごさは、『まづろわぬ民』と書いであった。昔オラがたの祖先は、蝦夷って呼ばれで、中央がら、西がら攻められだ。んだげんども、オラがたは支配されない、迎合しない民って呼ばれでだ。んでオラは、よし、んだ、今こそ、オラがだはでっけぇ声で立ぢ上がっ時だど思って、この歌をつぐりましだ」。

 木村友祐の「叫び」と共通する「叫び」がここにはある。この2つの「叫び」が出会い、共鳴し合ったのである。当の木村友祐は「イサの氾濫」のあとがきでこう書いている。

「発表から四年半。書籍化の予定もなく、そのまま埋もれるはずだった『イサの氾濫』がこうして本としてかたちになったのは、何といっても、上々颱風のヴォーカリスト、白崎映美さんのおかげである。白崎さんは『イサの氾濫』を読んだことをきっかけに、『東北6県ろ〜るショー!!』という東北を叫ぶ祝祭性あふれるバンドを結成した。そしてライブのたびに『イサの氾濫』のことを観客に伝え、ぼくをステージに上げて朗読までさせてくださった。筋金入りの東北思いの彼女との出会いがなければ、この本はできなかった」。

 また、「まづろわぬ民」のライナーノーツでもこう書いている。

「震災で甚大な被害をこうむっても物言わぬ東北人には、歴史的に負ってきた悔しさがあるのではないか。その悔しさ、怒りを、かつて大和朝廷の侵略に抵抗して『まつろわぬ民』とよばれた古代東北の人々、蝦夷のように荒々しく解放してもいいのではないか。『イサの氾濫』は、そのような観点から書かれた小説だ。白崎さんはそれをきっかけに『東北まづり』を立ち上げたと言ってくれる。作者としては光栄の極みだけれど、彼女の東北への思いは震災前からもともとあったものだ。その一貫した揺るぎなさと深い想いに、むしろぼくのほうが大きな示唆を受けている」。

「東北よ、東北人よ、叫べ!」
 小説と音楽。ジャンルは違えど、お互いに影響し合って東北の眠りを呼び覚ますような動きへとつながっていっているのは非常に興味深い。唯一残念なのは、「白崎映美&東北6県ろ〜るショー!!」のライブが今年は今のところ首都圏と沖縄のみで開催予定であることである。もちろん、それはそれで東北の思いを他地域、特に首都圏で伝えるという意味で意義のあることではあるが、ぜひこの東北でもその思いの丈を存分に発散してほしいと思うのである。

 「イサの氾濫」の最後で、東北人にも東京人にもなり切れていないと感じていた将司に対して、イサはこう語る。 「おめは、生ぎでいいのせ。ニセモノだの、空っぽだの、役立だずだの、そんなものぁどんでもいい。人の目なんが知るが。反省もすな。身勝手でもなんでも、イヤなものはイヤど、思いっきり、叫べ、叫べ」。

 木村友祐と白崎映美、二人の思いはまさにこの言葉に尽きるのだろう。曰く、「東北よ、もっと叫べ!東北人よ、もっと叫べ!」我らの先祖が命を懸けて必死に守ろうとした何かに、すっかり飼い馴らされて野性味を失ってしまったようにも見える今の東北人は思いを馳せるべき時なのかもしれない。

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