2017年03月22日 

私的東北論その91〜「楽都」への道(「東北復興」紙への寄稿原稿)

 11月16日に発行された「東北復興」第54号では、「楽都」について書いてみた。東北では仙台と郡山が「楽都」を自称しており、それぞれそれを名乗るに値する、音楽についての充実した取り組みがある。以下がその全文である。


「楽都」への道

音楽イベントの多い街・仙台
 私事であるが、今年から男声アカペラグループに所属している。活動を始めて今年で17年目になる、仙台でも老舗と言えるグループで、男声のみ、しかも無伴奏というグループは多くのバンド、グループが活動する仙台でも稀である。

 11月5日は第15回仙台ゴスペル・フェスティバルが開催され、仙台市中心部の11のステージで104の演奏が繰り広げられた。お目当てのグループの演奏を聴きに来た人はもちろん、歩いていた足を止めて演奏に聞き入る人の姿も各所で見られた。

 考えてみると、ここ仙台は年間を通して音楽関連のイベントが多い土地であるように思う。私の属するグループも1年に5回ほど演奏を行うが、そのうち4回は仙台市内の音楽イベントである。6月の「とっておきの音楽祭」、7月の「太白区民合唱祭」、9月の「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」、そして今回のこの「仙台ゴスペル・フェスティバル」である。

 これら以外にも仙台市内の音楽イベントは数多い。5月に「仙台コレクション」(昨年までは9月の開催だった)、6月には「ジャズ・プロムナード in 仙台」、7月に「伊達ロックフェスティバル」、「若林区合唱のつどい」、8月の仙台七夕まつり時期に開催される「スターライト・エクスプロージョン」と「七夕ヴィレッジ」、9月に「秋保温泉MUSIC BAR」、10月に「仙台クラシックフェスティバル」、「伊達な街四丁目アカペラストリート」、「MWGA☆ROCKS」、12月に「ビッグバンドJAZZ・クリスマスコンサート」、「学都×楽都コラボレーション」、「クリスマスヴィレッジ」などが開催され、他に3年に1回仙台国際音楽コンクールが開催される。

 それだけではない。「仙台・杜の響きコンサート」には、仙台市内で開催される音楽イベントの予定がまとめられているが、ここを見ると、毎月かなりの数の音楽イベントが仙台市内各地で開催されていることが分かる。

 こうしたあまたある音楽イベントの中でも、9月に開催される「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」は、今や国内最大の市民音楽イベントと言われる。市民の発案で始まったこの音楽イベントは、26回目を迎える今年、国内外の760のバンドが集まり、70万人が集まった。市民が中心となって運営し、市民が無料で気軽に聴けて、街角そのものがステージというスタイルで始まったこのイベントは、全国各地の音楽イベントにも影響を与えた。仙台市内はもとより他の地域でも同様のスタイルを取る音楽イベントが数多く誕生した。宮城県内では「鳴子音楽祭『湯の街ストリートジャズフェスティバル in SPA鳴子』」、東北では秋田の「ザ・パワーオブミュージックフロムアキタ」と「アキタミュージックフェスティバル」などがある。

もう一つの東北の「楽都」・郡山
 このように音楽イベントがあまた催されることもあって、仙台は「楽都」と称することがある。ただ、「楽都」は仙台だけの専売特許ではない。東北ではもう一つ、福島の郡山市も「楽都」を称している。郡山の「楽都」への道は戦後すぐ始まったとのことで、かなりの歴史を持っているようである。敗戦直後の荒廃の中で郡山では、音楽が戦災からの復興を目指す市民の心の拠り所となり、当時難しかったオーケストラを招いての演奏会を実現させた。その後「良い音楽を安く多くの人に」とのスローガンのもとで進められた勤労者音楽協議会の企画で著名団体の公演などが相次いで実現し、注目を集めたそうである。1964年には毎月第3金曜日をコーラスの日とし、街頭でコーラスを歌い、広めるという「十万人コーラス」運動が興り、翌年には「二十万人コーラス市内パレード」なども実施された。

 現在、郡山でも仙台と同様に年間を通じて音楽イベントは多いが、郡山で特筆すべきは学校音楽のレベルの高さである。特に合唱においては、中学校では郡山市立郡山第五中学校女声合唱団、郡山市立郡山第五中学校混声合唱団、郡山市立郡山第二中学校合唱部、郡山市立郡山第七中学校合唱部などが、高校では福島県立安積黎明高等学校合唱団や福島県立郡山高等学校合唱団などが、また小学校では郡山市立大島小学校などが、全日本合唱コンクールや「Nコン」ことNHK全国学校音楽コンクールなどで上位入賞の常連校となっている。これは郡山市内の音楽活動のすそ野の広さや教育の熱心さなどを如実に示しているものと言える。

 ちなみに、福島県内では会津若松市も郡山に負けず劣らず、中学校や高校の合唱部がレベルが高い。中学校では会津若松市立第二中学校合唱部、会津若松市立第四中学校合唱部、会津若松市立一箕中学校合唱部、高校では福島県立会津高等学校合唱団がやはりコンクールの上位常連校である。会津若松市は特に「楽都」を名乗っていないが、充分それに値する存在であると言える。

「楽都」ウィーンに学ぶこと
 世界的に「楽都」と言えばオーストリアの首都ウィーンのことである。ハプスブルク家の音楽好きに端を発する、少なくとも500年以上の伝統、モーツァルトやベートーヴェン、シューベルトといったウィーンを拠点として活動した著名な作曲家の存在、全世界に衛星生中継されるニューイヤーコンサート、現在少なくとも8つはあるオーケストラなど、まさに「楽都」と称するにふさわしい要素があまたある。

 これらに加えて特筆すべきは、音楽を楽しむ環境の充実ぶりである。ウィーンには一度足を運んだことがあるが、「すごい」と思ったのは、ウィーン国立歌劇場管弦楽団とウィーンフォルクスオーパー管弦楽団という、ウィーンを代表するオーケストラによるオペラが、ウィーンではほぼ毎日上演されているということである。それだけではない。もちろんウィーンでもいい席は日本円にして2万円くらいはするが、それだけでなく、学生やお金がない人でも楽しめるように、立見席が用意されており、その値段は日本円で500円くらいなのである。

 500円でオペラ鑑賞などとは日本ではおよそ考えられないことであるが、ウィーンではその気になれば毎日、500円でオペラを楽しむことができる。このように、市民が音楽を身近で気軽に楽しめることが、「楽都」の「楽都」たる所以であるように思った。

 日本で同様の環境は望むべくもないが、少なくとも仙台や郡山で開催されているたくさんの音楽イベントは、市民自らが演奏したり、その演奏を気軽に聴いたりできるということで、そこに住む人自身が音楽を楽しむ環境をつくるのに大いに貢献しているということは言える。「楽都」にとってそこが最も重要な要素であるように思う。

「楽都」同士の連携を
 ちなみに、Googleで「楽都」と入力して検索候補として表示される地名は仙台、郡山の他に、松本、堂山、四国中央があった。これらの都市がどのような趣旨でどのような活動を行っているかについて情報を得る機会は日常ほとんどない。そう言えば、同じ東北であっても、仙台と郡山の間でも「楽都」連携はほとんどなされていないのではないだろうか。恐らく、仙台市民のかなりの割合の人は、自分たちの住んでいる仙台が「楽都」と称していることについてはある程度知っていても、郡山も「楽都」を称していることは知らないだろうし、ましてや郡山が「楽都」としてどのような取り組みをしているかについてもほとんど知らないのではないだろうか。

 しかし、「楽都」としてウィーンになることは難しくても、お互いにその取り組みについて情報交換をし、学び合うことで、「楽都」としての取り組みをより充実させ合うことはできるはずである。そもそもウィーンと違って、日本国内であれば「楽都」は一つの都市だけが名乗れるといったようなものではなく、同時多発的に複数の「楽都」があってまったく問題ないはずである。いや、むしろたくさんの「楽都」があれば、それだけ音楽を楽しめる環境が多くあるということになり、望ましい。「楽都」を自称する都市が集まって、年に1回くらい「楽都サミット」を開催してみてはどうだろうか。

 東北の中だけでもできることはありそうである。まずは先に述べた、仙台と郡山という「楽都」同士が連携する体制をつくることが必要だが、それに加えて、東北の主だった都市間で音楽に関する取り組みについて情報交換する場があるとよいと思う。

 なぜそのように思うかと言えば、最初に述べた「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」と同様のスタイルで始まった東北の音楽イベントの中には、何回か開催されたもののその後開催されなくなってしまったものもいくつかあるからである。これは実にもったいないことである。

 何か新しいことを始めることはもちろん大変だが、新しく始めたことをその後も続けることは実はもっと大変なことである。始めたことをその後どのように続けるかについてのノウハウは、始めたことを現在も続けているところが持っている。運営体制の構築や維持、引継ぎや予算確保、プロモーションといった実務上のことからコミュニケーションの方法やモチベーションの維持といったメンタル面のことまで、長く続けているところには必ず工夫がある。それを共有することで、せっかく始めたことが一過性のものとして終わるのではなく、息の長い取り組みとして続き、そうすればその取り組みは地域に根付く。「楽都」はそうしたことの積み重ねの先にある。

 郡山の「楽都」への取り組みが戦後の復興を支えたことを考えても、音楽の持つ力を東北が前に進むために活かすことは必要であると思う。そのためには東北のあちこちに「楽都」ができるのがよいのではないだろうか。


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