2017年08月02日 

私的東北論その97〜「東北でよかった」(「東北復興」紙への寄稿原稿)

 「東北復興」紙、今年の5月16日に刊行された分で60号に達した。月刊なので足掛け5年ちょうどである。この間、ひと月も休まずに同紙を刊行し続けた砂越豊氏には心から敬意を評したい。5年を一区切りとして完結させる考えもあったようであるが、東北の復興が今に至っても道半ばであることもあって、さらに続ける決意を固められた。
 バックナンバーを見てみると、その時々で課題となっていたことが的確に取り上げられている。その意味で、同紙は東北の復興に関しての貴重な記録の一つである。今後の展開にも期待したい。
 さて、その記念すべき5周年、60回目の原稿は例のアレについてであった。以下がその全文である。


「東北でよかった」

「あっちの方だったからよかった」

 今村雅弘氏が復興大臣を辞任した。自身が所属する派閥のパーティーでの講演の中で、「また社会資本等の毀損も、いろんな勘定の仕方がございますが、25兆円という数字もあります。これはまだ東北でですね、あっちの方だったから良かった。これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大なですね、甚大な被害があったというふうに思っております」と発言したことがきっかけとなった。

 恐らく、被災地が東北だったからこれくらいの被害額で済んだのであって、これが首都圏だったらこんなものでは済まないはずだ、ということを言いたかったのだろう。ただ、それにしても、「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」はいかにも余計である。災害が起きたのがどこだったからよかった、どこだったらよくないということはない。どこであっても、災害が起きてよかったということはない。

 そして、もう一つ、「あっちの方」という言葉である。むしろ、この言葉の方に今村氏の東北に対するスタンスが表れているのではないかと思った。東北は「あっちの方」、つまり「こっち」じゃない。どこか遠いところ。自分のいる場所とは違うところ。東北に対するそのような今村氏の認識が感じられる。

 今村氏は、「総理からの御指示や内閣の基本方針を踏まえ、現場主義を徹底し、被災者に寄り添い、司令塔の役割を果たしつつ、被災地の復興に全力を尽くしてまいる決意であります」と就任時の記者会見で述べている。「被災者に寄り添って」と言うが、自分だけ被災者と違うところに身を置いていて、どうやって寄り添うつもりだったのだろう。

 前復興大臣が東北の復興に対して、全く無関心であったとは思わない。福島の企業を訪問した時にもらったアニメ柄のネクタイを、「風評対策を含めて、とにかく地元のいろいろ企業を元気にしようという思いで」締めてきたと語っているし、辞任の前日には岩手の三陸鉄道の「三鉄オーナー」にもなっている。ちなみにこれは、岩手県へのふるさと納税「ふるさと岩手応援寄付」で三陸鉄道への支援のために10万円以上寄付した人のことで、「オーナー」は今村氏が5人目であった。JR九州出身の同氏らしい復興支援と言えた。

 ただ、残念ながら、ご自分の発する言葉に対する感度がそれほど高くない方だったのかもしれない。講演後の記者とのやり取りでも、この発言の何が悪かったのか全く分かっていない様子であった。そこの感度は、今村氏の発言についてその後にすぐさま謝罪した安倍首相とは対照的であった。安倍首相は、「まず冒頭ですね、安倍内閣の今村復興大臣の講演の中におきまして、東北の方々を傷つける、極めて不適切な発言がございましたので、総理大臣としてまずもって、冒頭におわびをさせていただきたいと思う次第でございます」と述べた。恐らくその時点で、「この発言はかばい切れない」と思ったのだろう。


「東北でよかった」の劇的転換
 さて、そのような今村氏の「東北でよかった」発言とその後の辞表提出を受けて、私はfacebookに、「生まれ、育って、今も生活している場所が『東北でよかった』と、心底私は思ってます。前復興大臣も一度住んでみたらいいと思う。ホントいいところなんだから。(^▽^)」と投稿した。日が変わって4月26日の0時59分のことだった。普段、飲み食いした店の話や参加した会合の模様を発信するのがほとんどの私の投稿の中では、異例な感じの投稿だったが、お蔭様でいつもの倍以上の「いいね!」やたくさんのコメントをいただいた。

 私の友人も同様に、「僕は生まれたのが『東北で良かった』。音楽を学んだのも『東北で良かった』。僕の街もステキな街だし、死ぬまで東北に住んでいたいゼ。東北の田舎の人たちだから助け合えたし乗り越えられた。東北『が』良かったって言い間違えたんじゃないかな?まあ、関東の爺様の言うことにいちいち腹は立てない。この機会に、みんな東北一度は来て見て。」と投稿していた。

 一夜明けて、私のそのfacebookの投稿へのコメントで、ツイッターのハッシュタグで「#東北でよかった」がすごいことになっていることを教えてもらった。見てみるとそこには予想だにしなかった投稿が並んでいた。東北の美しい景色や美味しい食べ物の画像、心に残るエピソードなどが、「#東北でよかった」のハッシュタグと共に大量に投稿されていたのである。

 どうやら、最初のうちはやはりこの「#東北でよかった」のハッシュタグは、今村氏の発言を批判、非難するものばかりであったらしい。ところがその後、この「#東北でよかった」が、まさに「東北でよかった」という意味で投稿されるように変わり、その意味での投稿が圧倒的な数に上ったのである。なんという鮮やかかつ素敵な切り返しだろう。様々な画像に添えられていたメッセージも印象的なものが多かった。

「#東北でよかった 生まれた場所が」
「#東北でよかった ボクらのふるさとが」
「綺麗な景色 優しい人達 旨い飯…(酒…) 生まれた場所が #東北でよかった」
「私の大好きな、愛すべき地方が #東北でよかった」
「2008年から、震災を経て、2014年まで住んだ宮城・仙台は、私にとって第二の故郷。心から #東北で良かった」
「故郷を離れても忘れない。あの町で育ってよかった。#東北でよかった」
「生まれも育ちも、良かったと思える場所だよ。ご飯が美味しい、素朴な人々、のどかな景色。これだけで東北でよかった、なんだよ いいとこだよ、東北」
「震災後、東北に5回旅行しました。福島、宮城、山形、青森の地元の人たちはいつもあたたかくみんな親切で、東北に遊びに行って良かったなあと思っています。まだ訪れていない所へも旅しようと思います」
「初めて鉄道目的の旅行で、迷った時、優しいおばあちゃんに教えてもらいました。 あの時のことは忘れられない」
「かなしみも よろこびも すべてつつんでくれる #東北でよかった」
「みんな! #東北でよかった ってのは、こういうことを言うんだってことを教えてやろうぜ!」
「失言で終わらせないのは確かにいいな。というわけで、去年の仙台七夕。夏は東北各地で祭りが開催されます。おいでよ東北」
「このハッシュタグがいい意味で使われてトレンドに上がっているのが東北民としては嬉しい。」
「これぞ東北の心意気」
「生まれた場所が #東北でよかった こんなにも強い仲間がいる。おいでよしてる仲間がいる」
「#東北でよかった のタグが素敵な写真でいっぱいで、本当に東北は良いなと思いました」
「ひどい言葉を言われても、ひどい言葉で返さないで、何言ってんの、私たちの住む地の素晴らしさを知ってよって、みんなが笑う、そんな東北でよかった」

 東北に住む人、東北に縁のある人、東北に心を寄せてくれている人によるこれらの投稿、本当に素晴らしいとしか言いようがない。


復興大臣が今村氏でよかった
 そしてまた、これらの東北に関係する人たちによる投稿を見た人たちからも、好意的なコメントがものすごい数投稿されていた。曰く、

「なんて強くて綺麗なタグ…」
「このタグ、なんとなく見てみたら『東北本当にいいところだよ!東北に生まれて良かった!東北に行って良かった!』的なツイートで溢れてたから世界は本当に美しいなおい!ってなった」
「こういう失言を明るく変えていく流れ好きです」
「愛にあふれたタグになっていた」
「すてきな使い方になっていて涙が出た」
「さっそく #東北で良かった  という言葉の『良い東北を広げよう』としてるツイートを発見し、心打たれました…」
「みんな東北のハッシュタグが素敵な方に使ってていいなって思った」
「タグが素敵すぎる」
「不適切発言を裏返すこのタグには感動。震災を経験したからこその団結力」
「震災にも負けない人たちを見ることができた」
「このハッシュタグのお陰でほっこりした」
「美しい国。『よかった』って言葉はこう使うのだね。とても素敵な意味に変わってる、このハッシュタグ」
「ステキなタグになって本当に嬉しい 私  関西人だけど、さんさやはねこを踊った事があるんだわ」
「あぁなんて素敵なタグなんでしょう」
「なんだろうこのタグ…目から水滴が…」
「このタグ泣くよ… 東北は行ったことないけど絶対行きたい土地の一つ」
「変な意味を持ったタグを乗っ取ってオラが町自慢の幸せなタグに変えてしまう東北人の図々しさ大好き」
「失言が、#をつけたことで郷土愛に変わった。失言する人がいる一方で、その失言を『東北の魅力を発信するハッシュタグ』にして、東北を盛り上げよう、応援しようとする人もいる。そんな国でよかった。こんなに泣けるハッシュタグは初めて」

このように、「東北でよかった」という言葉が、発せられた時の意味を離れて、一夜のうちに本来の意味を取り戻したことに対する驚きと称賛の声が溢れていた。

 この「東北でよかった」、同時多発的に起こっているのが興味深い。私のfacebook投稿はこれらツイッターの投稿とは関係なく行ったものだし、友人のも恐らくそうだ。ツイッターだけではなく、インスタグラムでも同様に「#東北でよかった」のハッシュタグでの画像がものすごい数投稿されている。「東北でよかった」と思っている人がそれだけ多数いて、今村氏の発言が引き金となって、ネットに溢れ出たということだろう。

 「東北でよかった」が「東北においでよ」につながっている投稿の多さも特筆に値する。私の投稿も友人の投稿も東北に来てみることを勧めているし、多くのツイッターの投稿も東北の素晴らしい景色や美味しそうな料理の画像を投稿して「東北においでよ」と投稿しているものが多い。

 このように「東北でよかった」のハッシュタグで東北に来ることを勧めている東北人に対して、既に「おいでよ族」という称号(?)も与えられている。こんなツイートがあった。

「『東北で良かった』についた悲しいイメージを払拭するかのように、『#東北でよかった 』とタグ付けしてTLに流れる東北の生命力の強さを現す光景…… さすが、おいでよ族の民たち」

このツイートに対して、

「そう。我らはおいでよ族の民」

と返している人もいた。

 この「おいでよ」という投稿の多さこそ、東北に住んでいる実に多くの人が、自分たちの住んでいる土地に対して愛着を持っていること、誇りを持っていること、心底いいところだと思っていることの何よりの現れであると思う。それが夥しい数の「東北ってこんなにいいところなんだよ、とにかく一度おいでよ」という投稿になっているのである。

 最後に。今村氏のあの発言がなかったら、これら東北を巡る数多くの素晴らしい投稿もなかったわけである。誰も言わないが、私はあえて言おう。復興大臣が今村氏でよかった、と。


anagma5 at 23:44│Comments(2)clip!私的東北論 | 震災関連

この記事へのコメント

1. Posted by リトル   2017年08月20日 20:53
ですねっ。東北でよかったとかひどい。
2. Posted by 大友浩平   2018年01月02日 01:19
リトルさん、コメントありがとうございます。
ホントに不用意な一言だったと思いますが、それを逆手に取っての東北アピールは素晴らしかったですね。

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