2019年02月15日 

東北の大きな恵み「ホップ」(「東北復興」紙への寄稿原稿)〜私的東北論その112

 昨年11月16日に発行された「東北復興」第78号では、ビールに欠かせない原料の一つである「ホップ」について取り上げた。このブログでも度々取り上げているが、国産のホップの約96%は東北産である。

 そのことはこれまであまり知られていなかったが、岩手県遠野市や秋田県横手市のように、この「ホップ」をまちづくりに積極的に活かす地域が出てきた。国産ホップを7割を使用しているキリンビールもこの動きを支援しており、官民一体となった取り組みが進んでいる。以下はその全文である。


東北の大きな恵み「ホップ」

秋こそビールのシーズン
 今年もビールのシーズンがやってきた。…と言うと、「ビールのシーズンは夏ではないのか」という意見が出るかもしれない。もちろん、暑い時に飲むビールの美味しさを以て夏をビールのシーズンとする意見にも相応の根拠はあるだろうが、こと原料の面から見てみると、ビールのシーズンは間違いなく秋である。

 ビールの醸造にはいろいろな原料が使われるが、欠かせない原料は麦芽とホップと酵母と水である。このうち、麦芽の原料である大麦は6月くらいに収穫される。一方のホップは8月くらいに収穫される。その年取れたこれらの原料を使ってそこからビールの仕込みを始めると、早くても出来上がるのは9月である。

 オクトーバーフェストなどビールの大きなイベントがこの時期に開催されるのも、その年の新しいビールのお披露目を兼ねていることにもよる。屋外で飲むビールは殊の外美味しいが、それがその年取れた原料を使って造った出来立てのビールであれば、美味しさはひとしおである。

東北産ホップによる地域づくり
 今年4月の第71号でも紹介したが、ビールづくりに欠かせない原料のうち、ホップは国内産の約96%が東北産であり、特に、岩手県、秋田県、山形県、青森県が主な産地である。ただ、シェアは依然高いのだが、ホップ農家の高齢化や後継者不足などにより、栽培面積は年々減少しており、昭和40年代に1,200haあった栽培面積は、平成22年には189haにまで減少している。それに伴い生産量も減少し、その傾向は近年も続いていたが、東北でも最大の生産量を誇る岩手県のデータを見てみると、昨年の生産量は116tと前年の101tより約15%増となり、回復の兆しが見えることは喜ばしいことである。

 第71号ではホップを地域づくりの資源として活用する動きについても取り上げたが、そうした結果、ホップ産地を自任する地域同士の競争も起きつつあるようである。これまでホップ生産量日本一の市町村は長らく岩手県遠野市であったが、昨年これを秋田県横手市が逆転し、「生産量日本一」の地であることを前面に出してPRを行っている。

 今年は遠野のホップを通じたまちづくりに着目して、8月25、26日に開催されたホップの収穫を祝うイベントである「遠野ホップ収穫祭」、10月20日に開催されたその年取れたホップで造ったビールを楽しむイベントである「フレッシュホップフェスト in 遠野」に参加したが、いずれも大いに盛り上がっていた。特に「フレッシュホップフェスト in 遠野」は、昨年までは「遠野産業まつり」の中の一イベントとして開催されていたが、今年は単独のイベントとして別の日程で開催された。そうしたことからもこの、ホップにかける地元の人たちの思いが伝わってきた。

 その折に紹介していただいたが、遠野には昨年2名の若者がホップ栽培を志して首都圏から移住した。横手にも同様の事例があるという。地元だけでなく、遠野や横手という地域、ホップという資源の魅力に惹かれて他の地域から名乗りを上げる人が出てくるのはとてもありがたいことである。とりわけ、昨今クラフトビールが注目を集めるにつれ、その風味や香りに決定的な影響を与えるホップにも関心が注がれている。東北が誇る、華やかな香りを特徴とするホップを作ってみたい、あるいはこのホップを使って独創的なビールを造ってみたい、という人がこれからもどんどん東北に集まってくるといいなと思う。

国内産ホップだからこそできる使い方
 こうした「ホップを通じたまちづくり」にCSV活動の一環として積極的に関与しているキリンビールが主催する「IBUKI BREWER'S MEETING」が今年も10月29日にキリンビール仙台工場で開催された。「IBUKI」というのは遠野や横手などでキリンビールとの契約で栽培されているホップの品種である。同じ東北でも、青森や岩手県北でサッポロビールとの契約で栽培されているホップは「ホクトエース」という別の品種である。ただ、国内全体の生産量のうち、キリンビールはその70.0%を買い入れており、次いでサッポロビールが24.1%、アサヒビールが5.6%、サントリーが1%未満と、国内産ホップに占めるキリンビールの存在は殊の外大きいと言える。

 キリンビールは東北で取れたこの「IBUKI」ホップを100%使ったビールを、毎年秋に「キリン一番搾りとれたてホップ」として限定発売している。そこには国産ホップならではの使い方がある。ホップという作物のうち、ビールに使用するのはその雌花だが、それは放っておくとどんどんしぼんで枯れてしまう。そこで普段は乾燥させて粉末にしたものをペレットと呼ばれる塊にして使用するのだが、乾燥のために熱を用いた時点でホップに含まれる数百と言われる香りの成分のいくつかは揮発してしまう。

 そこで、東北で取れたこの「IBUKI」ホップは収穫と同時に生のまますぐに急速冷凍され粉砕されるのである。こうすることで、新鮮なホップの香りをそのまま閉じ込めることが可能となる。ビール醸造時にはこの凍結・粉砕させたホップを使用するが、そうして出来上がったビールは普通のビールと比べて、非常に香り立つビールとなる。これは、普通の一番搾りと「一番搾りとれたてホップ」とを飲み比べてみると実によくわかる。鼻に抜ける香りが全然違う。こうした収穫して即冷凍という工程が取れるのも、国内で栽培しているホップだからこそで、輸入ホップで同じようなことをやろうとしてもコストの面からとても不可能とのことである。

 国産ホップというと、これまで華やかな香りなど卓越したメリットはあるものの、輸入ホップに比べた場合の価格の高さや安定数量の確保の難しさなど、使用する点で課題とされる面があったのだが、現地でそのよさをフルに活かした加工がしやすいといったメリットに着目することで、これまでにない価値を提供することができるようになったわけである。

ホップに関係する人たちが一堂に会する場
 第47号でも書いたが、キリンビールの偉いところは、この素晴らしい「IBUKI」ホップを自分のところだけで使うことをやめ、東北を中心としたクラフトビール醸造所にも卸すことにしたことである。これは英断といってもよいと思う。同業他社を競争相手として排除するのではなく、共にビールシーンを盛り上げる「協創」相手としてコラボレーションする方向に舵を切ったと見ることもできる。

 「IBUKI BREWER'S MEETING」はこのホップを中心に、生産者、醸造者、提供者、消費者が一堂に会して、「IBUKI」ホップをめぐる取り組みについて共有すると共に、今年取れた「IBUKI」ホップを使って東北のクラフトビール醸造所が腕を競って造ったビールを東北の郷土料理と一緒に味わう、というイベントで、昨年から開催されている。

 今回参加したのは、横手の大雄ホップ農協、遠野ホップ農協、江刺ホップ組合の方々、遠野でホップを通じたまちづくりを手掛ける「BEER EXPERIENCE」、横手でホップを通じたまちづくりを手掛ける「よこてホッププロジェクト」の方々、「いわて蔵ビール」を造る岩手県一関市の世嬉の一酒造、「遠野麦酒ZUMONA」を造る岩手県遠野市の上閉伊酒造、「あくらビール」を造る秋田市のあくら、「仙南クラフトビール」を造る宮城県角田市の加工連、「やくらいビール」を造る宮城県加美町の加美町振興公社、キリンビール系のクラフトビール醸造所であるスプリングバレーブルワリー、仙台市内でクラフトビールを提供する飲食店9店、そして我々のようなビール好きの消費者50名であった。

 このようなビールに関する様々な立場の人が一堂に会する場というのも貴重な場である。ビールのイベントに行けば醸造者とは会えるし、飲食店に行けば飲食店の店主には会える。ホップ畑を訪ねていけば生産者にも会えるかもしれない。しかし、そうした関係する人たちが同時に同じ場所に集って、ビールを飲みながら互いに話ができる機会というのは、考えてみれば今までなかったことである。

 私にとっても、東北のクラフトビールの造り手の方々や仙台市内の飲食店の方々とはお蔭様で顔見知りだが、ホップを作っている方々と直接お話をして、その込められた思いに触れるというのは本当に貴重な機会であった。しかも、つくづく感じたのは、「東北のホップで造ったビールは実にうまい!」ということであった。それはもちろん、東北のホップのよさ、それを最大限に引き出す使い方、ホップの作り手、ビールの造り手の思い、それらが見事に融合した結果の賜物であろう。

 会場では、東北のクラフトビール醸造所5社のビール、スプリングバレーブルワリーのビール、そしてキリンの「とれたてホップ一番搾り」の計7種類の「IBUKI」ホップを使ったビールが味わえたが、どれもそれぞれに個性がありながら、そのどれもがまた美味しかった。こうしたビールを味わえるのは同じ東北にいる者として、本当に嬉しいことである。個人的には、東北のホップ生産量がこれからも上昇に転じて、この素晴らしいホップを使ったビールが秋の一時期だけではなくて、年中飲めるようになれば、そのビールを目当てに各地から東北を訪れるビール好きも増え、まさにホップを通じた地域づくりにも弾みがつくのではないかと期待している。

「IBUKI」ホップを使ったビールを味わう方法
 さて、この「IBUKI」ホップを使ったビールを味わう最も簡単な方法はスーパーか酒屋で「一番搾りとれたてホップ」を缶か瓶で購入することだが、この時期東北の飲食店でキリンビールを扱っているところではこのビールを樽生で提供していることも多い。缶と瓶は全国で購入できるが、樽生で飲めるのは東北だけである。これまた貴重である。

 また、東北の地ビール醸造所が造った「IBUKI」ホップを使ったビールは、全国各地のビアバーなどで飲める。東北では、青森県弘前市にある「デギュスタ」、青森県十和田市にある「奥入瀬麦酒館」、岩手県遠野市にある「遠野醸造TAPROOM」、岩手県平泉町にある「ザ・ブリュワーズ平泉」、秋田県仙北市にある「田沢湖ビールレストラン」、仙台市にある「アンバーロンド」、「クラフトマン仙台」、「クラフトビアマーケット仙台国分町店」、宮城県加美町にある「レストランぶな林」などで味わえる。「IBUKI」ホップを使ったビールは「一番搾りとれたてホップ」も含めていずれも限定醸造であり、なくなり次第終了となる。「東北の恵み」である東北産ホップを使ったビール、ぜひ今のうちに味わってみていただきたい。


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