2019年09月18日 

パネルディスカッションで伝えてきたこと(「東北復興」紙への寄稿原稿)〜私的東北論その124

  9月16日に発行された「東北復興」第88号では、前号に続いて先の第23回日本看護管理学会学術集会でお話させていただいたことをまとめてみた。

 以下がその全文である。

 なお、当日使用したスライドの内容はこのようなもの(PDF)である。

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パネルディスカッションで伝えてきたこと

 前号でも紹介した通り、8月23、24日に新潟市内で開催された「第23回日本看護管理学会学術集会」のパネルディスカッション1「大規模災害における看護管理者の役割」において、パネリストを務めさせていただいた。限られた時間ではあったが、私からは‥貽本大震災の概要、看護管理者の方々からの伝言、「経験知」は正しいか、ご埜邊浜者の皆さんに伝えたいこと、の四点についてお話してきた。その内容について、備忘録の意味も含めて以下にそれぞれ紹介していきたいと思う。

東日本大震災の概要
 東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震は、世界の観測史上4番目に大きな規模の地震であった。これまでに観測された地震の中で最大の地震は日本にも大きな津波被害をもたらした1960年のチリ地震で、そのマグニチュードは実にM9.5であった。東北地方太平洋沖地震のマグニチュードは9.0である。9.5と9.0ではそれほど違いがないように見えるが、マグニチュードは0.1大きくなるごとに地震のエネルギーは約1.4倍になるので、チリ地震は東北地方太平洋沖地震の1.4の5乗、すなわち約5.4倍ものエネルギーを持った地震ということになる。

 東日本大震災の人的被害は改めて言うまでもなく甚大で、消防庁の発表によれば、死者は震災関連死を含めて19,689九人、行方不明者もいまだ2,563人いる。毎月月命日の11日には今も消防や警察、ボランティア、それに肉親を捜す家族によって捜索が続いているが、発見に至る件数は年々減少している。震災直後の一年間で10,806人が見つかったが、次の一年間では311人、その後はずっと二桁台か一桁で、昨年3月からの1年間で見つかった人数は6名に留まっている。

看護管理者の方々からの伝言
 パネルディスカッションのテーマは「看護管理者の役割」であるが、私自身は看護管理者ではないので、お付き合いのある看護管理者の方々に、/椋丗慮海魴个討海裡固間、看護管理者として力を入れてきたことは何か、どんな思いを持っているか、⊃椋劼悗糧え、対応について全国の同じ看護管理者の方々に一番伝えたいことは何か、の2点についてお話を伺い、その概要について紹介した。その内容については、前号で紹介した通りである。震災において引き起こされた様々な事態に対応し、患者や職員の身を守り、地域の医療・看護を守り抜いてきた方々の言葉には、本当に説得力があった。私のお話した内容の中でも、ここが最も重要だったと考えている。

「経験知」は正しいか
 震災における「経験知」が貴重なものであることは間違いないが、ただし、その「経験知」が普遍的なものかどうかについては十分な検証が必要ということで、いくつかの「経験知」について、以前この連載でも検証した。今回は、…吐箸料阿砲楼き潮がある、∪臑翳震遒膨吐箸詫茲覆ぁ↓B腓な地震の時には津波が来る、38年に一度宮城県沖地震が起こる、ゥ魯供璽疋泪奪廚鯑に入れて行動する、Α崢吐箸討鵑任鵑魁廚力擦弔砲弔い銅茲蠑紊欧拭,砲弔い討蓮引き潮がなくても津波は来ること、△砲弔い討蓮∈2鵑鯲磴飽くまでもなく歴史上度々襲来していること、については東日本大震災を上回る死者を出した1896年の明治三陸地震を例に、震度の小さい地震でも津波は起こり得る、ということをお伝えした。

 い砲弔い討蓮江戸時代からの記録を調べてみると、概ね26年から42年の間隔で地震が発生しているものの、中には前の地震の翌年や3年後に発生していることもあり、決して「38年に一度」ではないこと、にも関わらず、何となく「次に大きな地震があるとしてもそれはここ以外」という感覚が被災地全体にあることについて、「災害は忘れた頃にやってくる」ではなく「災害は忘れる前にやってくる」かもしれない、ということで警鐘を鳴らさせていただいた。

 イ砲弔い討蓮弟の事例を引きながら、仙台市の震災前の津波ハザードマップが震災による被害を受けて大きく改定されたことを紹介した。その上で、ハザードマップはある条件内で想定される被害予測であり、実際にはその条件を上回る災害が起こることもあること、従ってハザードマップはその時点でのもので、今後も改訂されていくものであることを指摘して、ハザードマップは参考にはしても、決して絶対のものと考えてはいけない、ということをお伝えした。

 Δ砲弔い討蓮以前この連載でも紹介したが、「てんでんこ」とは岩手県三陸地方の言葉で「各自」「めいめい」「てんでんばらばら」という意味で、「津波てんでんこ」は「津波から逃げる時はてんでんばらばらに逃げろ」、「命てんでんこ」は「命はめいめいが守れ」という、いずれも三陸地方に伝わる教訓であることを紹介した。そして、この「津波てんでんこ」に「自分さえ助かればそれでいいのか」という批判の声があるが、「津波てんでんこ」で大事なのは非常時より平時のアクションの方であることを指摘して、いざという時にめいめいが自分のことだけを心配して逃げればいいように、普段から非常時のアクションについて話し合い、その通りに行動するように申し合わせておくことがベースにあること、それによっていざという時には家族、知人も同じように避難していると考えて、 自分の身を守ることだけに専念できる態勢になれることを指摘して、日常からの相互の信頼関係があってこその「てんでんこ」であるということをお伝えした。

看護管理者の皆さんに伝えたいこと
 私がこれまで経験したり、見聞きしたり、調べたりしたことの中で、看護管理者の皆さんにお伝えしたいこととして、仝妬現顱γ楼茲療曽気房を傾ける、BCPから地域連携BCPへ、自分の命を守ることを最優先に、ぢ慮海靴燭海箸鯏舛続けること、の四点を挙げさせていただいた。

 ,砲弔い討蓮東日本大震災と同じ規模の大地震である西暦869年の「貞観地震」の記録が「日本三大実録」にあること、そしてその内容について紹介した。「海は、数十里乃至百里にわたって広々と広がり、どこが地面と海との境だったのか分からない有様であった。原や野や道路は、すべて蒼々とした海に覆われてしまった」という表記が、今回の仙台平野を襲った状況と全く同じであること、砂質堆積物の地質調査で貞観地震による浸水範囲と今回の地震の浸水範囲とがほぼ一致することなども紹介した。

 また、仙台市若林区にある浪分神社に、江戸時代に仙台平野を襲った津波(慶長三陸地震津波)の際、この神社のある場所で波が分かれて引いた、との伝承があったものの、そのその伝承が震災前には地域に伝わっていないかったこと、今回の地震でも神社のすぐ近くまで津波が押し寄せたことを挙げて、どんな伝承も教訓も伝わらなければ意味がないことを強調した。

 もう一例、岩手県宮古市姉吉地区にある「大津波記念碑」についても取り上げた。「 高き住居は児孫の和楽 想へ惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな」との記載のあるこの碑は1933年の昭和三陸沖地震の後に建てられた。姉吉地区は明治三陸沖地震の津波で壊滅したが、その教訓が伝えられず昭和三陸地震でも甚大な被害を出している。今回の東日本大震災でも、石碑より低い場所には大津波が押し寄せたが、教えを守った全一一世帯の家屋は被害を免れており、悲劇は二度繰り返されたが、三度目は被害を最小限に食い止めたということをお伝えした。

 △砲弔い討蓮東日本大震災を受けて厚生労働省が平成24年に「災害時における医療体制の充実強化について」という医政局長通知を出してBCP(事業継続計画)の作成を各病院に要請しており、翌平成25年には「病院におけるBCPの考え方に基づいた災害対策マニュアルについて」において「BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き」も示しているものの、いまだ全病院のうち、BCPを策定している割合が25パーセントに留まっていることをまず紹介した。

 その上で、まずBCPを策定するのは必須であるものの、策定されたBCPが本当に災害時に機能するものかどうか検証が必要と指摘して、日常の医療が「一病院完結型」から「地域完結型」へと転換していることを踏まえて、災害時のBCPも他病院など関係機関との連携を前提にすべきで、地域の病院同士が互いにBCPを持ち寄って、発災時の役割分担や連携の方法を検討し、それを再度各病院のBCPに反映させてより実効あるBCPとすることで災害時の地域医療を守る「地域連携BCP」の策定を提案させていただいた。「備え」とは、ただ単にないものをつくるというものではなく、いざという時に機能するものをつくることであるということも付け加えさせていただいた。

 については、特に専門職は、発災時に自分の能力の限界を超えて完璧を目指してはいけない、ということを強調して、まず自分の命を守ることを最優先にしてほしいと呼び掛けた。そして、自分を助けることが、その先何人もの患者、地域住民を助けることにつながること、そのことを看護スタッフ一人ひとりにも繰り返し伝えてほしいことをお伝えした。

 い砲弔い討蓮∨困譴覆い海函伝え続けることによって、次の災害による被害を最小限に防ぐことができること、一人ひとりの経験を「知」として共有することで、「想定外」の領域を狭くできること、そうしたことが災害を「非日常」としてでなく、「日常」の一部として捉えることにもつながることをお伝えした。

 ただし、決してムリをしないことが重要であることも併せてお伝えした。避難と同じように、復興も一人ひとり「てんでんこ」でよいと私は考えていて、一人ひとりがムリせず続けられることが息の長い取り組みにつながっていくと考えているからである。

 最後に、「災害発生時に一人でも犠牲になる人が少なくなるよう、一人ひとりが、できることを地道に着実に、やり続けましょう」と呼び掛けて、私の話を終えた。どれだけ役に立つ話ができたかは心配なところはあるが、今後も機会があれば、引き続き伝えるべきことは伝えていきたいと考えているところである。


anagma5 at 18:32│Comments(0)clip!私的東北論 | 震災関連

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