東北地方太平洋沖地震
2024年03月11日
震災から13回目の３月11日の荒浜〜私的東北論その178
あの日から13回目の３月11日、今年もまずは若林区役所へ。今年も１階の入口付近に献花場が設けられて、たくさんの人が献花していた。
そこから４階に上がると、ひっそりともう一つの献花場が。弟を含め、あの日公務で亡くなった職員のための献花場である。
今年も弟の遺影が飾られ、父が寄贈した震災当時の写真がスライドショーで画面に映し出されていた。
あの日弟が通ったであろう道を通って荒浜へ。今年もたくさんの人が同じように荒浜を訪れていた。
きっとこの人たちも大事な人を亡くしたのだろうなと思うと、亡くなった人の数の多さに改めて思い至る。
震災後に建立された荒浜慈聖観音を拝む人、防潮堤の上に立って海に向かう人、本当にたくさんいた。
地震発生の14時46分に合わせて防潮堤の上から海に向かって合掌して、震災遺構となった荒浜小学校へ。あの日、高台のない仙台平野にあるこの地域では、ここ荒浜小学校に避難した人やずっと内陸に逃れた人は助かったが、それ以外の人は津波に飲まれてしまった。
震災後、「避難の丘」や津波避難タワーが整備されたので、二度と同じことは起きない、起きないでほしいと思っているが、それにしても、地震が来て海沿いにいたら即避難という意識を常に持つことが大前提である。
元日に起きた能登半島地震では、建物の倒壊や大火災に注目が集まったが、東日本大震災と同様に大津波も起きて、それで亡くなった人もいた。
津波に襲われた地域の人が取材に、「ここに津波が来るなんて思ってもみなかった」、「津波をひとごととして捉えていて、危機感が地域全体で足りなかった」と答えていた言葉に、私は実はものすごい衝撃を受けた。
13年前の私たちと変わらないまったく同じ言葉だったからである。
あの13年前、大津波にたくさんの人の命が失われ、そのことは映像として、あるいは被災者の言葉として、全国各地に届いてたはず、と思っていた。
にも関わらず、そうした言葉を聞いて、まだまだ届いてなかったのだなと実感した。
人ごとではない。
13年経って、震災の後にこの地域に生まれた子どもたちもたくさんいる。
風化などさせている場合ではない、これからもこれまで以上に、他の地域の人、この地域のこれからの人に向けて、震災のことを発信していかなければ、と思いを新たにした。
荒浜小学校では例年通り、「HOPE FOR」と書かれた、花の種の入った風船が一斉に飛ばされた。これも今や、この日のここの風物詩となりつつある。
この地を津波が襲った15時57分に合わせて、弟が見つかった南長沼で合掌した。 毎年この日はなぜか、晴れてても風が強くて体感温度が低いことが多いが、ものすごい地震の後に雪まで降り出したあの日に比べればはるかにマシである。
沼では水鳥がのんびり泳いでいて、あの日この地を襲った惨状を想像するのは難しい。
あの日弟が帰って来れなかった道を通って、再び若林区役所へ。あの日、こうして無事に戻ってきてくれたらどれだけよかったことか、と13年経った今でも思う。
有志の方が建ててくれた「不忘（わすれじ）の碑」にはたくさんの花が供えられていた。
今年も長町の「セレブレ」でホールケーキを買って帰った。あれから13年、今日も生きていることのお祝いである。
あの日、本当に多くのものが失われた。
江戸時代から続いてきた荒浜地区の集落は、たくさんの人が亡くなったことで災害危険区域となって人が住めなくなり、かつての賑わいは失われた。
しかし、なくなったものばかりではなく、新たに生まれたものもある。
荒浜には震災後、150種以上の品種を栽培する「JRフルーツパークあらはま」ができ、そこで売っていたクラフトビールを造る「希望の丘醸造所」も震災後、やはり震災で大きな被害を受けた岩沼市にできた。
その希望の丘醸造所が造る「東北魂ビール」は、震災で全国から受けた恩を美味しいビールでお返ししようと東北のクラフトビール醸造所が集まって立ち上がったプロジェクト、今日もう一つ飲んでる地元仙台の穀町ビールの「の・ビール」は、津波を被って塩害で米が作れなくなった土地に代わりに植えた大麦で造られたビールである。
こうしてみると、震災で失われたものは取り返しがつかないくらい大きかったが、震災をきっかけに生まれてきたものも間違いなくある。
震災13年を特集する報道などを見ていると、総じて復興はしたものの過疎化、人口減少、少子高齢化の問題を取り上げるものばかりである。
マクロの視点で見るとそれもそうなのであろうが、もっとミクロの目で見てみると、本当に大事なことはこの地でその後も生きる私たち一人ひとりが、楽しく活き活きと日々を生きることなのではないかと思う。
一人ひとりが活き活きとしているところには活気が生まれ、その活気が地域全体を盛り上げる原動力となるのではないかって気がする。
そのようなわけで、私も今日は例によって追悼モードであったが、また明日から楽しく日々を送ろうと思う。
2024年01月26日
改めて地震に対する備えと被災地への支援を（「東北再興」への寄稿原稿）〜私的東北論その176
１月16日発行の「東北再興」第140号では、今年元日に発生した令和６年能登半島地震について取り上げた。Ｍ7.6という地震の規模は、日本海側で発生した地震としては最大規模のものである。 津波防災研究の第一人者である東北大学災害科学国際研究所教授の今村文彦氏は、今回の能登半島地震について、朝日新聞のインタビューに応じている。要旨は以下である。
・津波の俎上まで30分〜１時間あった東日本大震災と異なり、すぐ来る「即時津波」だった。
・地震と津波が合わさった「複合災害」への備えが十分でなかった。
・群発地震の蓄積で建物も弱っていた。こうした連鎖型複合災害は今後の大きな課題。
・即時津波の知見は多くない。能登半島での検証が必要。
・即時津波の想定地域ではライフジャケットの着用を励行する。
・日本海側でも避難タワーを整備すべき場所があるのではないか。
・長期的には、迅速な避難が難しい要支援者の住まいや高齢者施設等の安全な場所への移転を促す。
・（災害前からまちづくりを話し合う）事前復興を各地で進めてほしい。
・帰省者がふるさとに集まり、行政機関が手薄な元日までは、想定できていなかった。こうした「特異日災害」の備えも、今後考えるべき。
「活断層データベース」を見ると、全国の至る所に活断層があることが分かる。陸地についてはこれだけの数の活断層があることが判明されているが、もちろん未知の活断層がある可能性もある。
そして、海域の活断層については調査の困難さもあり、陸地よりも全容の把握が進んでいない。日本中どこにいても地震のリスクは有るものと考えて、そのための備えを進めるべきである。
そして、海域の活断層については調査の困難さもあり、陸地よりも全容の把握が進んでいない。日本中どこにいても地震のリスクは有るものと考えて、そのための備えを進めるべきである。
改めて地震に対する備えと被災地への支援を
元日に襲った大地震
今年１月１日、16時10分、石川県の能登地方を震源とするM7.6、最大震度７の大地震が発生した。気象庁によって「令和６年能登半島地震」と名付けられたこの地震、発生から10日以上経った今も、まだ被害の全貌は明らかになっていないが、１月12日現在、亡くなった方が215名、安否が不明な方が38名いると発表されている。
能登半島では、2020年12月以降、群発地震が３年にわたって発生し続けていた。また、1993年にM6.6、2007年にM6.9の地震が発生している。昨年５月５日にもM6.5の地震が発生した。しかし、今回の地震は、それらの地震とは一線を画する極めて大きな地震だった。
今回の地震のM7.6という値は、阪神・淡路大震災を引き起こした1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震のM7.3より格段に大きい。数字だけ見ると7.6も7.3もあまり違いがあるように見えないが、地震の規模を表すM（マグニチュード）の数値は、0.1上がるとその規模は約1.4倍になる。0.2上がると1.4×1.4で約２倍になる。すなわち、M7.6である今回の地震は、兵庫県南部地震や熊本地震の３倍近い規模の大きな地震だったわけである。
日本海側で起こった地震の中でも、1993年の北海道南西沖地震、1983年の日本海中部地震に次ぐ規模のものである。過去に日本海側で起こった地震の中でも最大級の地震であることが分かる。
それにしても、元日の16時過ぎである。多くの方が、お正月ということで楽しい気持ちでいたに違いない。遠方にいる家族が帰省して一緒の時間を過ごしていたということも多かったはずである。そこに起きたこの大きな地震。改めて、自然災害はこちらの都合などお構いなしにやってくるものだということを実感する。
十分届いていなかった東日本大震災の教訓
今回の地震では、とにかく建物の倒壊の被害が甚大で、かつ輪島市のように大規模な火災が発生した地域もあった。そしてさらに、大きな津波が沿岸部を襲った。地震の震源が陸地に近かったために、兵庫県南部地震や熊本地震のような直下型地震の側面もありつつ、海沿いだったために津波も引き起こしたわけである。震源が陸地に近かったために、津波の到達時間も東日本大震災の時とは比べ物にならないくらい早かったようである。津波からの避難は一刻を争うということを改めて思い知らされる。
今回の地震による津波に襲われた地域の一つである能登町の白丸地区に朝日新聞の記者が入って現地の人に話を聞いた記事があったが、そこで語られている言葉に実は私は大きな衝撃を受けた。そこでは、「ここに津波が来るなんて思ってもみなかった」、「津波をひとごととして捉えていて、危機感が地域全体で足りなかった」、そうした言葉が語られていたのである。
東日本大震災で後悔してもし切れないくらいに大きな犠牲を出してしまった津波の恐ろしさについては、発災直後から今に至るまで繰り返し報じられているし、ネット上でも様々な映像を見ることもできる。津波の恐ろしさを知った東北のさまざまな人たちが津波避難の大切さについていろいろな形で発信し続けているし、及ばずながら私も仲間たちと一緒に震災の教訓を風化させずに他の地域の人やこの地域のこれからの人に対して伝えていく取り組みを続けてきた。
にもかかわらず、東日本大震災の発災直後に東北でよく聞かれたのと全く同じような言葉を今回も聞くことになろうとは。それが何よりも残念でならない。と同時に、まだまだ伝え足りていなかったということもよく分かった。やはり、未曾有の地震災害を経験した一人として、これからも引き続き、あらゆる機会を捉えて、様々な形で東日本大震災での経験から学び取った知識や情報について発信していかなければと気持ちを新たにしたところである。
度重なる地震で耐震性が低下している可能性
石川県の１月12日の発表によれば、今回の地震による住宅の被害は、全壊から一部破損まで含めて実に4,254棟にも上っている。ただ、現段階ではとりわけ被害が大きかった輪島市、珠洲市、能登町でまだ正確な数が把握できておらず、今後その数は大幅に増えるものと思われる。
今回の地震ではこうした住宅の被害を含めて、建物の被害の甚大さが際立っている。その要因として、先述の2020年以降の群発地震の影響を指摘する意見がある。度重なる地震、そしてその中にはM6.7の大きなものもあったわけだが、そうした地震によって建物の耐震性が著しく低下していたのではないか、という指摘である。
ここで注意しなければいけないのは、この指摘は、能登半島の人たちのことだけと考えるべきではない、ということである。東北においても、13年前の東北地方太平洋沖地震以来、いまだにその影響と見られる地震が続いている。その中では、Ｍ７クラスの大きな地震も実に11回を数えているのである。これらの地震によって、13年前の地震では倒壊しなかった建物も今では相応にダメージを受けていると考えた方がよさそうである。
具体的に現状で耐震性がどれくらい保たれているのかは、耐震診断を受けてみないと分からない。ただ、その費用は耐震診断協会のサイトによると、延床面積が120�屬曚匹量畋そ斬陲�40〜50万円と、決して安価ではない。多くの自治体でその費用の概ね９割程度を補助してくれる制度もあるが、ネックとなるのはその対象になるのが旧耐震基準、すなわち1978年の宮城県沖地震を契機に1981年に改正された建築基準法による基準が適用されるよりも前に建てられた住宅のみとなっているということである。
しかし、新耐震基準が適用されて1981年以降に建てられた住宅でも、既に建てられてから40年以上が経過している住宅もある。ましてや、13年前の大地震、そしてその後の度重なる地震も経験している。９割とまではいかなくても、新耐震基準で建てられた住宅についても費用負担の補助を考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
すぐに耐震診断、並びに耐震補強工事ができないという場合に、地震による建物の倒壊で命を落とす確率を少しでも下げるための方策としては、寝起きの場所を建物の２階部分とするということである。今回の地震で倒壊した住宅を見ても、１階部分が倒壊しても２階部分は倒壊した１階の上に乗ってそのまま残っているケースが多い。その分建物の下敷きとなる確率を下げることができるはずである。
啓開作業に当たる地元建設会社の存在
今回の地震では、被害が最も大きかった能登半島の先端部に向かう国道249号線が、土砂崩れや道路の損傷、路肩の崩落などで至る所で寸断され、人員の派遣や物資の輸送に大きな障害となった。今回の地震に限ったことではないが、このような場合に土砂を撤去したり路面の補修をしたりする「啓開作業」と呼ばれる作業に臨むのが地元の建設会社の人たちであることはあまり知られていない。
かの東日本大震災の時も、地元の建設会社の人たちが、自分たちも被災しながらも献身的に啓開作業に当たった。マスメディアで多く報じられるのは自衛隊員や消防隊員の動きであるが、そうした人たちが被災地に入れるように作業をしている人たちの存在も心に留めておきたいものである。
土木の最新ニュースなどを手掛ける日経コンストラクションの記者が、今回の地震で啓開作業に当たっている石川県建設業協会の真柄常任理事にインタビューした記事がネット上で読めるが、そこでは「発災日が元日でなければ、もう少し早く復旧を進められたはず」との話があった。発災が元日であったがために、復旧に必要な資材や機材を調達する会社などと連絡が取れず、重機の稼働に必要な燃料の確保も困難だったのだそうである。こうした話は、次の災害への備えを考える上で本当に参考になる。
それと、本当にその通り！と思ったのが、「報道関係者にとっては、人海戦術で活躍する自衛隊の方が見栄えは良いかもしれないが、被災した道路を初めに切り開いているのは地元建設会社だ。誰も文句を言わずに全員が頑張っている。本当に頭が下がる思いだ。その頑張りをより多くの人に知ってもらえたら、不眠不休で復旧に当たっている現場の大きな励みとなる」という言葉である。自衛隊員や消防隊員が活躍できる縁の下の力持ちとなっているのがまさに地元の建設会社の人たちなのである。
他人事じゃないという意識
本当に嬉しいと思ったこともある。この原稿を書いているのは１月12日だが、明日１月13日に、宮城県内のビール関係者による能登半島地震のチャリティイベントが、同時多発的に三箇所で開催されるのである。１つは仙台市内のクラフトビールバー「グッドビアマーケットエン」によるもの、１つは石巻市にあるクラフトビール醸造所「イシノマキホップワークス」によるもの、１つは女川町にあるクラフトビール醸造所「ガル屋ビア」によるものである。仙台市も石巻市も女川町も、いずれも13年前の地震で甚大な被害を受けた地域である。
１月１日に地震が発生し、その翌週の週末にはそうしたチャリティイベントを企画して実施するというその迅速さ、そこには13年前に嫌というほど経験して地震災害が決して他人事ではないという意識と、そしてその13年前に受けたたくさんの支援の恩返しという意識があったに違いない。同じ日に３つも重なったというのは、お互いに連絡したり調整したりすることなく、とにかく一刻でも早く、まずは自分たちでできることをやろうという気持ちで始めた、ということを如実に物語っているように思う。
これら３つのチャリティイベントとも、その日販売したビールの売上金全額を義援金として被災地に送金することを表明している。その心意気やあっぱれである。私も及ばずながらできるだけ多く協力したいと思っているところである。こうしたことも含めて、13年前に同じように大きな地震災害を体験した我々だからこそ行えることが、これからもきっとたくさんあるに違いない。
東北に住む我々としては、今回の地震を決して他人事と思わずに、自らの地震に対する備えを振り返って必要と思われる対策を講じると共に、決して他人事と思わずに、今回被災した能登半島の方々への支援もできることから始め、決して一過性に終わらせずに長く続けていければと思う。
2023年06月20日
大いに活用してほしい「みやぎの3.11」（「東北再興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その169
６月16日に発行された「東北再興」第133号では、宮城県が作成した「みやぎの3.11」について取り上げた。４年に亘り、600人超の県職員にインタビュー調査を行った結果をテーマ毎にまとめたものである。未曾有の震災に直面して、職員がその時その時でどのように対応してきたかを時系列にまとめてあり、職員の証言も豊富に盛り込まれている。 本文では「回顧編」を取り上げ、「現場編」は取り上げられなかったが、「現場編」も貴重な証言に満ちている。「埋火葬対応」の項では、あまりにも多くの方が亡くなり、火葬が追いつかないばかりか、遺体安置所も足りず、棺も足りないという状況だったことが記されている。そこで、苦渋の選択として、仮埋葬として土葬が行われたのだが、これまで経験のないことだったため、国内で土葬を行っている地域を奈良県で見つけ、奈良県庁を通じてその地域の方に土葬の手順について教えてもらい、その内容を基に急遽「土葬マニュアル」を作成した、とある。
そこでの職員のコメントが心に残る。「つらかったですね。冷たい水の中で亡くなった方を冷たい土に入れるのかと。初めの頃は毛布やブルーシートで仮埋葬された方もいらっしゃいました」。決して淡々と仕事をしていたわけではない。悩みながら、心に痛みを感じながら必死に職務を遂行した様が浮き彫りになっている。
大いに活用してほしい「みやぎの3.11」
職員の証言を取りまとめた冊子
宮城県は４月21日、冊子「みやぎの3.11」を公表した。宮城県では、2019年度から2022年度にかけて実施した「東日本大震災復興検証事業」において、震災の復旧・復興事業に携わった職員や関係者へのインタビュー調査を行ったが、その調査結果をテーマ毎に取りまとめたのがこの冊子である。刊行の目的は、「東日本大震災からの復旧・復興過程で得られた本県職員等の経験や教訓などを次代に継承するとともに、今後発生が予想される様々な災害対応等において広く活用していただくこと」としている。
冊子は、「現場編」と「回顧編」の２冊からなる。「現場編」は、４年間でおよそ600人の職員や関係者に実施したインタビューの内容を、10分野62テーマに分類・構成し、ドキュメンタリー形式にまとめたもので、A4判フルカラー、512ページにも及ぶボリュームである。一方の「回顧編」は、発災から復旧対応の時期の幹部職員12人に実施したインタビューの内容を聞き書き形式でまとめたもので、こちらはA5判モノクロ、208ページである。
冊子は、県庁内の各課・室、県内の自治体、各都道府県、国の関係省庁、図書館等の公共施設、県内の学校、関係団体など約300箇所に配布されることになっている。また、県のウェブサイト内にもポータルサイト「東日本大震災 宮城の災害対応記録」を作成して、その中でこの「現場編」の内容についても組織、分野毎に検索することができる形式で掲載される。各テーマのページでは、冊子の内容をPDF形式で閲覧できる他、インタビュー時に「後輩へのメッセージ」として収録した一テーマ当たり約３分間の映像も閲覧できるようになっている。「回顧編」も別のページで一括してPDF形式で閲覧できる。
10の分野は「初動対応」「応急対応」「災害復旧」「被災者支援」「住まいとまちの復興」「産業・生業の再生」「原子力災害からの復興・再生」「体制整備」「創造的復興」「震災伝承」で、見て分かる通り、発災から復興、その先の伝承に至るまで、時間軸的にも内容的にも幅広い内容を網羅している。
震災対応から得られた知見
実際に読んでみると、「現場編」も「回顧編」も実際に体験した者ならではの思い、その時々に生じるさまざまな課題に対応する中で得られた知見などが実に豊富に盛り込まれているのが見て取れる。
ここでは「回顧編」から印象的だった内容をごくごく一部紹介してみる（文中「…」は中略箇所）。
「震災発生から10年がたち、復興事業もハード面ではほぼ終わりに近付いておりますが、忘れてはならないことがあります。それは、宮城県が世界各国そして国内の皆さんから賜った温かい御支援です。…これらの方々との絆を大切にし、太くしていくためにも、被災地はもとより宮城県全体がしっかりと再生・発展をし続けなければいけないと思っております」
「３月11日というのは、人事の面でもまだ本当に動かす前でしたし、議会も開会中でしたので、急いでやれば形が整えられるというタイミングだったのです。これが年度末の押し迫った３月29、30日や４月第１週だと、かなり違った対応となっていたかもしれません」
「宮城県がある程度、当座の対応ができたのは、3.11の前に大きな地震を経験していたからです。平成15年に沿岸部で起きた宮城県北部連続地震も大きな地震でした。それから、平成20年に岩手・宮城内陸地震がありました。…それから新潟県中越地震では、結構な人数の職員が応援に行っている。そういう経験をいざというときに皆で共有できるような素地があったことが、大きな力になっていたかもしれません」
「中央と地方との関係も復興のスピードに影響した問題の一つだと思います。分権により地方に権限がなければ、地方では何も決められないのです。全て国からの判断を待っていては、復旧・復興の進捗が遅くなる。…そういう状況だから住民はものすごく気の毒です。…県や市町村で決めることができていれば、もっと早く復興事業の対応ができたのにという思いがあります。国は基礎自治体・広域自治体を信頼すべきです」
「災害に遭った年の冬に兵庫県に行き、防災関係の管理監という方と話をしたときに『今、日本の広域自治体、都道府県では国内に災害があった場合、兵庫県は阪神・淡路大震災の経験を基に職員をすぐ派遣できるようになっています。ノウハウや人と防災未来センター、学識などを含め、様々なことを蓄積し、アジアなど海外の災害現場にも行き、復旧・復興の経験を積んでいるからです。宮城県も大変なことになりましたが、これからの復旧・復興のプロセスを宮城県庁の血肉にして『東の兵庫県』になってもらいたい』とのお話がありました。その言葉がずっと心に残っています」
「震災の話をするととても胸が痛んでつらくなります。やはり、１万人を超える県民の方々が命を落とした責任はとても重い。…なぜ、それほどの災害を招いたのか、関係機関も含めたしっかりした総括がなければなりません。自治体の基本は県民、市町村民の命と財産を守ることです。『東日本大震災では、なぜできなかったのか』ということを一人一人がしっかり問い続けなければならないと思っています…学識者や専門家といわれる方々を含めて知を結集して、安心・安全な地域を作っていかなければならないと強く思います」
「マニュアルなどを備えておくことはもちろん大事です。しかし災害が起きたときには、その時々の状況から、自ら課題を想定し、決断し、型にはまらず、迅速に対応する『やんちゃな職員』であることが大切だと思います。もう一つ大事なことは、『東日本大震災のような大災害は、また発生する』ということを常に覚悟しながら、東日本大震災で取り組んだことなどを組織や地域で伝え続けていくことです」
「仮設住宅に関しては、サポートセンターというものがあります。…被災沿岸地では超高齢社会が現出してしまい、どうやって支え合っていくかが地域にとって重要なポイントになっています。医療の面でも、在宅医療が一つの大きな課題としてありました。このサポートセンターが『多職種が連携してケアを行い、健康維持にもコミュニティ支援にもつながる形で人材育成をしていけばどうか』、という試金石になるのです」
「危機管理の中枢である本部機能として挙げられる４Ｃ（指揮、統制、調整、コミュニケーション）のうち、特に重要な『指揮、統制』がしっかりなされていた…しかし、今後の危機管理対応は、属人的でなく組織的体系的であってほしい。被害について部分的情報しかない中での判断は、全体像を想定し、何をいつまでに決断するかが問われます。�ゝ燭錣靴い箸�は、まずは行動する。�∈念�の事態を想定して行動する。�８�逃しは駄目。この『プロアクティブ（Proactive）原則』による対応も重要だと感じています」
「東日本大震災に関する対応は本当に前例のないことばかりで、少なくともこうしなくちゃいけないというような基本的なポリシーがあって対応していたわけではありません。とにかく毎日毎日、目の前に出てくる新しい事態に対して、その時点で考えられる対応策の中からいくらかでもベターなものを選択していくしかありませんでした。…私が監督者として非常に大事にしていたのは、とにかく『被災者の目線で考えましょう』ということでした。いろいろな法的な問題など、原則的な枠組みはもちろん大事ではありますが、そういったものを頭の中から一度取り払って、被災者の目線で見たときに何が本当に必要で大事なのかということを考えなければならないと思っていました」
「まず、初動対応については、情報収集・発信のため確実な情報通信手段の確保が重要であること。重油や軽油、ガソリンなどの燃料の確保については、十分な量を確保するツールを確立しておくこと。人員・人材の確保については分野ごとに専門知識を有した人材の育成、特に防災職員の人材育成が必要であること。想定する災害に対応できる資機材の確保について検討しておくべきであること。想定する災害に対応できる食料の確保策の検討が必要であること。など、検討しておく必要があるだろうと思います」
「その日の夜の10時過ぎに、『荒浜で200から300の御遺体が見つかった』という情報が入ってきました。それが実は誤報だったということは、2021年の『震災10年』特集などで、いくつかの新聞が書いています。実際、県警が誤報を出してしまったのです。…誤報を完全にゼロにはできないかもしれないですけど、そういうことがあり得ると分かった上で、…誤報を防ぐためのヒントはいくらでもあるはずです。もうちょっとやりようがあったのではないかと、すごく思います」
以上のように、できたことだけでなくできなかったことについても包み隠さずその思いも含めて吐露している。単なる手柄話や英雄譚ではない、その時々で悩みながら行ってきたことについて、当事者ならではの等身大の語りがそこにはある。
いざという時に備えて他の地域で大いに活用を
発災当初、宮城県の職員にとって、1995年に発生した阪神・淡路大震災の記録が参考になったという証言があったそうである。2005年に刊行された、震災後の復興に携わった職員らの行動の軌跡を記録した阪神・淡路大震災10周年記念誌「翔べフェニックス〜創造的復興への軌跡」と、兵庫県が行った復興10年総括検証を基に阪神・淡路大震災の重要な教訓100項目を抽出して分かりやすくまとめた「伝える‐阪神・淡路大震災の教訓‐」の２冊がそれである。どちらも当初は書籍として刊行されたものであるが、現在は、前者はひょうご震災記念21世紀研究機構のサイトで、後者は兵庫県のサイトで、それぞれPDF形式で公開されている。これらが、宮城県の職員が震災への対応を行う際に、これから起こること、その時にどんなことをしなければならないかということをイメージするのに役立ったというのである。
今回宮城県がまとめたこの２つの冊子も、同じように活用されていくことだろう。そして、願わくば災害が起きてから慌てて参照するのではなく、平時に目を通し、それぞれの担当部署でのことに置き換えて考えるきっかけとして、備えに役立ててほしい。
宮城県以外でも、岩手県では岩手自治労連が県内の自治体職員がどのような状況で災害に対処したのかを50人以上の証言で綴る「3.11岩手〜自治体職員の証言と記録」という書籍を発刊している他、岩手県の宮古市、釜石市、陸前高田市、宮城県の気仙沼市、亘理町なども同様に職員や住民にアンケート、インタビューなどを行って得られた証言を基に記録を取りまとめる取り組みを行っている。これらも併せて参考にしたいものである。
2023年03月11日
あれから12年、一三回忌の３月11日〜私的東北論その166
今年も３月11日がやってきた。あの日から12回目の３月11日。もうと言うべきか、まだと言うべきか、干支が一回りした。12年前のこの日亡くなったたくさんの人にとっては、十三回忌でもある。毎年巡ってくるこの日。今年も弟の最期の地、荒浜に向かった。
荒浜に行く途中、弟の勤務先であった若林区役所へ。
今日は土曜日だったが献花場が設けられ、人が入れ替わり立ち代わり、献花に来ていた。私も例年通り、献花してきた。
中庭にある、職員有志の皆さんが造ってくれた「不忘の碑」。こちらにも花が手向けれてあった。どなたが供えてくれたのか、河津桜もあった。
一路荒浜へ。
荒浜の沿岸にあって津波で全壊し、内陸に移転して再建された浄土寺では、今年も追悼法要が営まれていた。十三回忌だからか、週末だったからか、例年よりもかなり多くの人が集まっていた。
海岸近くにある荒浜慈聖観音にも多くの人が集まっていた。
海岸の防潮堤の上にも例年よりたくさんの人がいた。何となくここに来てみた、という人はいないように思う。わざわざここに来たという人は12年前のこの日、大切な人をこの場所で亡くした人であるに違いない。とすると、ここで大切な人を亡くしたという人の数の何と多いことか。改めて、信じられないほどの死が、12年前にここであったことに思い至る。地震が発生した14時46分、何の合図もなく、ここにいた人が皆一斉に黙とうを捧げていた。遠くで２隻のフェリーが相次いで汽笛を鳴らしていた。
それにしても、波静かである。あの日津波が防潮堤を軽々越えてきた様子など、想像できないくらいである。
海岸を離れて南長沼へ。弟が見つかった場所である。地震発生の14時46分は、皆が黙とうを捧げる統一時刻のようなものだが、その時刻はまだ弟は生きていたので、私にとっては、この地に津波が押し寄せた15時54分の方が重要である。その時刻に合わせて、南長沼を見ながら手を合わせた。 帰ろうとして声を掛けられた。誰かと思ったら、弟の友人の今野さんであった。ここにいれば私が来るのではないか、と待っていてくれたらしい。弟が好きで乗っていた日産のブルーバードは今野さんもまた好きな車である。弟が駐車場でそのブルーバードの手入れをしていた時に、声を掛けてくれて、それで知り合ったそうである。その時はそれっきりだったが、その後ネット上でブルーバードの情報を探している時に偶然弟のブログを見つけ、それで連絡をしてくれて付き合いが始まったとのことであった。
今野さんはまた、震災の２日前に、車に乗っていて偶然これまた車に乗っていた弟に会って言葉を交わしたとのことである。私が弟に最後に会ったのは震災の１カ月以上も前で、今野さんは私の両親や区役所の人たちを除けば、一番最後に弟に会った人ということになるかもしれない。今野さんは今年弟が亡くなった38歳になったとのことで、ここから先は弟が生きられなかった時間になるのだ、と感じてくれたそうである。12年経ってもそのように忘れずに気に掛けてもらって、本当に感謝の一言である。
今年も帰りに、JR長町駅近くの「菓子工房セレブレ」でケーキを買った。今日生きてることのお祝いである。プレートには、「今日生きててありがとう！」と書いてもらった。
今日飲んだビールはこの３本。「アラハマブラン シャインマスカットIPA」は、震災後災害危険区域に指定されて人が住めなくなった仙台市若林区荒浜地区にできた荒浜フルーツパークのシャインマスカットを使って希望の丘醸造所が造ったビール。「なとり美人」と書かれたビールは、宮城ゆりあげ麦酒醸造所が造ったいちごエール。宮城ゆりあげ麦酒醸造所は、震災の時に津波で醸造所が流されてしまったが、見事復活してくれた。やくらいビールの「復興エール」は、津波を被った土地でも栽培できるようにと岡山大学が開発した塩害と湿害に強い大麦を使って造ったビール。いずれも、震災がなかったら恐らく存在しなかったビールである。
12年経っても、やはりこの日だけは、普段と同じではいられない日である。恐らく、来年も再来年も変わらずそうなのだろうなと思う。夕焼けがとてもきれいだった。
2022年10月17日
「俺がいなくなってからがはじまりだ」〜長純一先生から託されたもの（「東北再興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その161
10月16日発行の「東北再興」第125号では、６月28日に亡くなった長純一先生について書いた。特に何も付け加えることはない。以下がその全文である。
「俺がいなくなってからがはじまりだ」〜長純一先生から託されたもの
前職を擲って石巻の復興支援に尽力
10月９日、石巻市内で、「長純一さんをしのぶ会〜未来へ、いのちをつなごう〜」が開催された。長純一（ちょうじゅんいち）先生は、去る６月28日、膵臓がんのため、56歳で亡くなった。長先生は信州大学医学部を卒業した後、わが国を代表する地域医療、農村医療の拠点である佐久総合病院に入職し、僻地医療を志して山間部の診療所の所長として活躍していた。 2011年の東日本大震災の折には長野県医療団の団長として最大の被災地である宮城県石巻市に入り、被災者支援に当たった。その中で、「被災者の継続的な支援を行いたい」と考え、翌2012年に職を擲って石巻に移住し、最大規模の仮設住宅であった開成・南境仮設住宅群の一画に石巻市立病院開成仮診療所を開設してもらい、その所長となって被災者のために24時間365日体制で医療提供と健康支援に従事した。
2013年には石巻市健康部包括ケアセンター長を兼務し、高齢者だけでなく子育て世代や障害者も含む様々な市民を対象とする「次世代型地域包括ケアシステム」を構築することによって石巻の復興まちづくりを成し遂げることを提唱し、その実現のために尽力した。この「次世代型地域包括ケアシステム」は「石巻モデル」として全国に知れ渡り、視察が相次いだ。現在、国が提唱している「地域共生社会」にもその趣旨は多く取り入れられている。
2019年には開成・南境仮設住宅群の撤去で診療所も閉鎖したことに伴い、石巻市立病院包括ケアセンター長と同雄勝診療所長に就任したが、2021年にはその職を辞して石巻市長選挙に立候補、次いで宮城県知事選挙にも立候補して選挙戦を戦った。
その後、復興住宅の多い地区にあるクリニックの院長を務めていたが、今年６月始めに末期の膵臓がんであることが分かり、ご自身の誕生日である６月21日に動画配信でそのことを公表し、１時間余りにわたって思いを語った。そのわずか１週間後の６月28日に逝去されたのであった。
語られなかった最後のメッセージ
動画配信のお知らせがあったのは６月19日のこと。先述した通り、前年に石巻市長選挙と宮城県知事選挙に出馬したということもあり、今後の活動に関する内容だろうとばかり思っていた。配信される６月21日のその時間帯は、毎月第３火曜日に開催している「せんカフェ」と重なっていたので、リアルタイムでは視聴できず、翌日動画を視聴したが、まさかそのような内容だとは思わず、言葉を失った。
東日本大震災で最も大きな被害を受けた宮城県石巻市に震災後、我が身を顧みずに単身移り住み、それ以来ずっと、地域の復興と被災者の心身のダメージに寄り添う在宅医療と次世代型地域包括ケアシステムの実現とに奔走してこられた先生に、よりによってなぜそのような病魔が、と思わずにはいられなかった。
そして思った。その動画配信は、地域の人や支援者の方など不特定多数の人に向けたものだったが、私が仕事で担当している雑誌の読者のような、地域と向き合って仕事をしている医療や介護の専門職の方々に向けても何かメッセージをいただけないだろうか、と。ご体調のこともあるしどうしようか迷いに迷った挙げ句に恐る恐る先生にご相談したところ、受けてくださった。感謝の言葉しかなかった。
ちょうど雑誌の読者を対象に、「この人の話が聴きたい！」と称して、オンラインでいろいろな方をお招きしてお話をお聴きするトークイベントを定期的に開催していたので、その場を使って急遽先生からメッセージを伝えていただくことにした。とにかく一人でも多くの人に聴いてもらいたかったので、今回は読者であるなしに関わらず、関心がある人は誰でも参加可とした。
開催日は先生と相談して６月29日に決まった。そう、このトークイベントは、その前日に先生が急逝されたことにより、残念ながら実現することはなかった。
前向きな愚痴
亡くなった６月28日のお昼前、先生からオンラインでメッセージをいただいた。「明日の件ですが、病状的に無理となりました」とのことだった。私はこの「病状的に無理」を、お気楽にも「明日は」無理になったものと解釈して、「承知いたしました。お身体のことを第一になさってください。ご体調が上向きましたら改めてご相談いたします」などと返信してしまった。それからすぐ後の午後３時28分に、先生は亡くなってしまった。先生はきっと、明日とかでなく皆さんの前で話すこと自体がもう無理となりました、とおっしゃりたかったのだと遅まきながら気づいた。先生の精一杯のメッセージを、何と軽く受け止めてしまったのかと、後悔しきりである。
先生とはFacebookでもつながっていた。私は常日頃、あちこちでいろんなものを飲み食いしたことばかり書いているが、先生には果たしてそんな時間があったのだろうか、とも考える。少なくとも、先生の投稿にはそうした内容のことは見当たらないし、常に眼の前の支えるべき人のことが１番でご自分は２番目以降、というように見えた先生にとっては、ご自分の楽しみや息抜きはいつも、ずっとずっと後に回され続けたのではないか、とも感じた。
とは言え、お酒なども全然飲まなかったというわけではない。「仙台・宮城・東北3.14」という会があって、コロナ前は時々集まって飲み会をしていたが、長先生もそこに参加されて、ご一緒したことも何度もあった。そこで先生はいつも、志している内容が具現化できないことへの愚痴をクドクドと語っておられた。しかしそれは、決して後ろ向きな愚痴ではなかった。目指すものを阻む壁が何なのか、どこにあるのかを特定し、それを飛び越えればいいのか、迂回すればいいのか、壁自体を破壊すればいいのかを特定するための、極めて前向きなプロセスであった。ここ２年あまりはコロナ禍のせいで全く集まれずじまいであったが、できることならもう一度、先生のその前向きな愚痴をお聴きしたかった。
得られたものがあった市長選と知事選
先生はそうして熟考した結果、政策を決定する側に身を置かないと目指す理想は得られないと判断して、石巻市長選、さらには宮城県知事選と転戦したのだと思う。どちらも結果から見れば「敗戦」であったが、単にそれだけにとどまらずに得られたものが、間違いなくあった。
石巻市長選の時は、先生が石巻に来られて以来提唱し、取り組んでおられ、石巻の名を全国に轟かせた「次世代型地域包括ケアシステム」の話を、先生以外のどなたも公約に掲げないことに私は強烈な違和感を覚えたが、先生がそれを前面に打ち出して戦ってくださったことで、現市長もそれを受け継がざるを得なくなった。
宮城県知事選の時は、過去最多得票を実現して県政のフリーハンドを得ようとした現職知事に敢然と立ち向かい、前回選挙の対立候補の票をはるかに上回る票を獲得して見事その狙いを阻止し、現知事に「何でもやれるわけじゃないぞと、おだづなよと、そういう厳しいご意見もこの中には含まれていると思っております」と言わしめた成果を得た。知事選に出ることになった際に先生から、「医療・福祉・子育て中心に訴えたい、何かアドバイスいただけないか」、と光栄にもメッセージいただき、政治には素人ながら、大事だと思うところをあれこれお伝えしたことも、今となっては大切な思い出である。
先生は亡くなる１時間ほど前に、ご自身のFacebookに、事実婚だったお相手と正式に籍を入れたこと、その妻となった方とお二人の間に生まれた娘さんのことを、「お支えいただきますよう、よろしくお願い申し上げます」と書き綴っておられた。今にして思えば、これが外に向けての最期の言葉となったわけである。
先生は私のたった３年上なだけの56歳、きっとまだまだやりたいことがたくさんあっただろうし、まだ小さい娘さんを遺していかなければいけなかったわけでもあるし、さぞやご無念だったことだろうと思う。
いいものは決して死なない
亡くなった２日後の６月30日、長先生の弔問に伺った。長先生は本当に安らかな表情で、眠っておられるようだった。妻の明子さんによると、最期、「俺の後はみんなが受け継いでくれるから、俺がいなくなってからが始まりだ」と言っていたそうで、それを聞いて改めて、「いいものは決して死なないのだ！」と思った。
この人の世で、本当にいいものは個人の死を乗り越えて、時代を超えて受け継がれてきている。長先生の思いも、これからもずっと、先生と関わりのあったたくさんの人たちによって、全国のあちこちで受け継がれていくのだと思う。
特に東北は、長先生がこの地に来てくださるきっかけとなった震災からの立ち上がりを目指す地域である。他の地域よりも特に先生の思いをしっかり受け継いでいかないといけないだろう。
先生がずっと大事にしてこられた地域への思い、そこにいる一人ひとりの人を支えること、みんなが笑顔で暮らせる手助けをすること、とても先生のようにはできないが、そのうちのほんのちょっとでも、自分のできることで先生の志、受け継いでいければと思う。
最期まで意志を貫いた人生
私が長先生と知り合ったのは、先生が震災の後に石巻に来てくださった後のことで、それ以前のことはあまり存じ上げなかった。今回の「しのぶ会」で、先生がかつておられた佐久総合病院から統括院長の渡辺先生や小海分院長の由井先生も登壇されて、長野時代の長先生のお話が聴けてとても有意義だった。地域医療のメッカとしての佐久総合病院を築き、長先生が師と仰いだ佐久総合病院の故若月俊一先生が佐久でやってきたことが、時と所を変えて、石巻で長先生がやってきたことだったのだと確認できた。
「しのぶ会」と並行して「長純一さんの足跡」と題した展示も行われ、様々な資料で長先生の子どもの頃から亡くなるまでの歩みを紹介していた。印象に残ったのは、中学３年生の時の文集にあった、「自分には『怠け癖』があるので自分で自分を誇れる人間になるために『意志を貫く』という課題を自分に課したい」、との文章であった。その時に書いたことを、先生は最期の最期までしっかり貫き通したように思う。
「しのぶ会」には、県内外から本当にたくさんの人が参加していた。きっと、その人たちそれぞれが、それぞれ自分の持ち場で、長先生の思いを受け継いで、それぞれにやれることをやっていくんだと思う。
我々は、微力かもしれないが、でも決して無力ではない。繰り返しになるが、長先生は亡くなっても先生の思いは決して無くならない、そういうことだと思う。
なお、６月21日に配信された長先生のメッセージは今も、「長純一さんより非常に大切なお知らせがあります。」のタイトルでYouTubeで視聴できる。先生の最後のメッセージ、ぜひご覧いただきたい。
2022年05月18日
「想定外をいかになくすか」（「東北再興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その156
５月16日発行の「東北再興」第120号では、「津波浸水想定」について取り上げた。最悪の場合、かの東日本大震災をも上回る津波が押し寄せるとした想定をどう受け止め、どう活かすかは、単に災害に対する備えというだけにとどまらない意味を持っている。
以下がその全文である。
「津波浸水想定」とは
今回も地震の話である。５月10日に宮城県が「津波浸水想定」を公表した。「津波浸水想定」というのは、東日本大震災を受けて2011年12月に施行された「津波防災地域づくりに関する法律」の中で定められているものである。
この法律は、将来起こりうる最大クラスの津波災害の防止・軽減のため、全国で活用可能な制度を創設することを目的に制定された。その中で都道府県は、津波による災害の発生のおそれがある沿岸の陸域と海域に関する地形、地質、土地利用の状況その他の事項に関する基礎調査を実施し、都道府県知事はその基礎調査の結果を踏まえてこの「津波浸水想定」、すなわち津波があった場合に想定される浸水の区域と水深を設定して公表することが義務付けられている。そしてこの「津波浸水想定」は「最大クラスの津波」を想定して設定されることになっている。なお、青森県は昨年５月に、岩手県は今年３月に、福島県は2019年３月にそれぞれ公表しているので、これで東北の太平洋岸の四県の津波浸水想定が出揃ったことになる。ちなみに、秋田県は2020年11月、山形県は2016年３月に公表しているので、今回の宮城県の公表は、東北六県の中で最も遅かったことになる。
驚くべきその中身
公表された「津波浸水想定」は各方面に驚きを持って受け止められた。その想定は、かの東日本大震災での被害をさらに上回るものだったからである。
今回の宮城県の津波浸水想定では、予想される浸水面積は、県内のほとんどの地点で東日本大震災時を上回る結果となった。具体的に挙げれば、松島町の東日本大震災時の浸水面積は湾内の島々が天然の防波堤となったこともあって２平方kmにとどまったが、今回の津波浸水想定では６平方kmと実に３倍の値となったのを始め、多賀城市は東日本大震災時の浸水面積が６平方kmだったのが今回の津波浸水想定では11.2平方km、女川町では３平方kmだったのが6.2平方kmと、それぞれ２倍前後の数値に、気仙沼市では東日本大震災時の浸水面積が18平方kmだったのに対して、今回の想定では25.6平方km、南三陸町では同じく10平方kmだったのが13.8平方kmと、それぞれ約1.4倍に、石巻市は73平方kmだったのが84.9平方kmと、東日本大震災時よりもさらに12平方km近くも浸水する想定となった。
津波の高さも気仙沼市で22.2m、南三陸町で21.2m、女川町で20.7mと、南三陸沿岸で軒並み20mを超える高さの津波が押し寄せるとの想定がなされた。仙台湾沿岸ではこれよりは低いものの山元町の14.9mを筆頭にこちらも10mを超える想定がされている。仙台市は10.3mの想定である。
津波到達時間も東日本大震災時よりも早い。石巻市から気仙沼市までの南三陸沿岸地域では、第１波到達時間が21〜25分、最大波の到達時間も41〜60分と、東日本大震災時よりもかなり早い。
悪条件が重なった際の想定だが
今回の津波浸水想定が東日本大震災時をも上回るものとなったのは、その前提条件が「最大クラスの津波が悪条件下で発生した場合」であるからである。具体的には、�｜録免�生とともに地盤が沈下（地震モデルによる地盤沈下量を考慮）、��津波発生時の潮位が満潮（朔望平均満潮位）、�Ｄ吐箸�越流すると防潮堤が破壊される（防潮堤を津波が越えた場合即時に破壊する）、の３点を「悪条件」としている。
それでこのように東日本大震災時を上回る津波浸水想定となったのである。いわばこれが最悪の場合ということであるが、そういうこともあり得るのだということを頭に入れておくことは、東日本大震災を経験した我々にとってはとても大事なことである。
なぜならば、我々は定期的に発生していた宮城県沖地震をはるかに上回る規模で起きたあの11年前の地震こそ「最悪」の地震だと、何となく思い込んでいる節があるからである。確かに未曾有の災害であった。しかし、あれ以上がないとは誰にも断言できない。あの地震の津波をも上回る津波が来ることもあり得るのだと認識しておくことは、次にあの規模の災害に遭遇した際に「想定外」をなくすために必要不可欠である。
仙台市は震災後、沿岸部に津波避難の丘や津波避難タワーを整備した。これらの高さは概ね10mである。これはまさに東日本大震災の折にこの地を襲った津波の高さに基づいて決められたものである。しかし、先述の通り、今回の津波浸水想定で仙台市に到達する津波の高さはそれを超える10.3mと算出された。今にして思えば、あの震災時の津波を上回る津波が来るかもしれないとの想定の下に、より余裕を持った高さに設定すべきであったわけである。
さらに上もあり得る
さらに言えば、悪条件が重なった場合にこれだけの津波が押し寄せるということだが、それではこれが想定され得る限り最大の津波か、と言うと、そうとも断言できない。こうした想定を100％信じ込んでしまうところに想定外は起こる。 前回紹介した通り、今後起きることが予想される地震は、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震と同じ震源域の地震の他に、それより北の三陸・日高沖の日本海溝沿いの地震、さらに北の十勝・根室沖の千島海溝沿いの地震がある。今回の津波浸水想定は、各地域においてこれら３つの地震による津波のうち、津波の高さが最も大きい津波を「最大クラスの津波」として設定している。
しかしである。もしこれら３つのうち２つ、あるいは３つ同時に地震が起きたらどうなるか、ということも想定しておかなければならないだろう。東南海トラフ地震ではまさにこうした連動型の地震の発生も想定されている。その「東北版」が起こらないとは誰にも言い切れない。
今回の津波浸水想定は東日本大震災をも上回った。しかし、それが上限と決めつけるべきでない。でないと、結局はまた東日本大震災の時と同じ轍を踏むことになる。「想定外」という言葉がまたしても持ち出されてしまう結果となりかねないのである。
どう活かすか
今回の津波浸水想定をどう活かすべきだろうか。津波浸水想定は、津波の被害が想定される地域の人を脅かすためにあるものではない。もちろん、こうした想定を公表することで防災・減災に対する意識を高めてもらうということは期待できるが、それだけではない。
津波浸水想定の公表と違って義務ではないが、この津波浸水想定を踏まえて市町村は、「津波防災地域づくりを総合的に推進するための計画」（推進計画）を作成することができる。推進計画では、様々な主体が実施するハード・ソフトの施策を総合的に組み合わせ、地域の実情に応じて津波防災地域づくりをどのように進めていくのかが描かれるとされている。また、都道府県知事は、津波による人的災害を防止するためとして、警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域を「津波災害警戒区域」として、そのうち津波災害から住民の生命・身体を保護するために一定の開発行為及び建築等を制限すべき土地の区域を「津波災害特別警戒区域」として指定することができる。
要は、今回の津波浸水想定を踏まえて自分たちの地域を今後どうつくり、どう津波の被害を減らし、人命を守っていくかという、防災を核に据えた地域づくりの話になっていくのである。11年前の悲劇を二度と繰り返さないために知恵を絞って対策を練る、その対策を「絵に描いた餅」にしないための方策も講じる、今回の津波浸水想定はそのためにこそ活用すべきものなのである。
2022年04月19日
改めて地震に対する備えについて（「東北再興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その155
４月16日に刊行された「東北再興」第119号では、「改めて地震に対する備えについて」と題して、前号第118号が出たその夜に起きた福島県沖の地震を踏まえて、再度地震被災に対する準備について書いた。
あれから11年経ったが、地震への備えは常に必要である。それはもう、日常のごく一部として組み込まれなくてはならないものである。
以下が全文である。
改めて地震に対する備えについて
文部科学省に設置されている地震調査研究推進本部の地震調査委員会は、この地震について、東北地方太平洋沖地震の余震域で発生した、としている（該当PDF）。余震域内の１年あたりの地震の発生数は、依然として東北地方太平洋沖地震前より多い状態が続いていて、現状程度の地震活動は当分の間続くと考えられるとのことである。事実、この余震域とされる海底では、昨年２月13日にも福島県沖でＭ7.3の地震が、翌月３月20日には宮城県沖でＭ6.9の地震、５月１日にもＭ6.8の地震が発生している。
いまだ備えなければならない余震
前号で紹介した、「仙台防災未来フォーラム」での東北大学災害科学国際研究所の東日本大震災メモリアルシンポジウム「海溝型地震研究の発展と将来への備え」の中の松澤暢氏の基調講演での要点を再度紹介してみる。
・余震活動は継続しており数10年に亘って続く可能性がある。その中ではまだ起きていない最大Ｍ８クラスの余震が起こってもおかしくない。
・今回の震源域に隣接する北、東、南の領域で今後大きな地震が起こる可能性がある。
・次の宮城県沖地震の発生が早まり、前の地震から20年以内に起こる確率が60％というシミュレーション結果もある。
・震災後始まった東北の太平洋沿岸地域の隆起は今後少なくても100年は続くと見ている。
・東北北部と北海道には概ね400年に一度巨大な津波が押し寄せた証拠がある。前回から既に380年が経過しており、差し迫った危機。
地震の規模を示すＭは、0.1上がるとそのエネルギーは約1.4倍になる。0.2上がると約２倍である。ということは、Ｍ８クラスの余震は、今回の地震よりも８倍もの規模の地震ということになる。余震という言葉でイメージされるような弱い地震では決してないどころか、他に類を見ない大きな地震であることが分かる。しかも、それがスマトラ島沖地震とは違って、東北地方沿岸ではまだ起きていないのである。余震活動が今後数十年に亘って続く可能性があるということは、このいまだ起きていない巨大地震に対する備えを、当然十分すぎるくらいに行っておく必要があるということである。
発生が確実視される超巨大地震
加えて、別の地震に対する備えも必要である。とりわけ要注意なのが、上記にも挙げられている東北北部と北海道の地震である。東北地方太平洋沖地震は日本海溝沿いで発生した超巨大地震だが、その北の岩手県沖以北の日本海溝沿いの地震と、北海道の千島海溝沿いの地震が警戒されている。このうち、千島海溝沿いの超巨大地震は、予想される地震の規模はＭ8.8以上とされ、平均発生間隔は340〜380年、前回発生したのは17世紀で、そこから既に平均発生間隔と同等の時間が経過している。先述の地震調査委員会の算出した地震発生確率は、10年以内が２〜10％、30年以内が７〜40％、50年以内だと10〜60％となっている。近い将来、起こることが確実視されている地震なのである。
この日本海溝北部の地震と千島海溝沿いの地震については、内閣府の中央防災会議の防災対策実行会議の下に設けられた「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ」が震度分布や津波高などを推計している。それによると、それぞれ東北地方太平洋沖地震と同等の最大クラスのＭ９クラスの地震が発生した場合、日本海溝沿いの地震では岩手県宮古市に約30ｍ、千島海溝沿いの地震では北海道えりも町沿岸で約28ｍの高さの津波が押し寄せる、とされている。人的被害は、日本海溝沿いの地震で死者が約６千から19万９千人、千島海溝沿いの地震で約２万２千人から10万人となっている。
国任せにせず一人ひとりで対策を
やるべきことは数多いが、近い将来間違いなく来ると分かっている地震に対して、国や自治体任せにすることなく、一人ひとりが当事者意識を持ってできる対策を講じていくことが結局のところ、いざという時の被害を最小限にする原動力となると思うのである。
あれから11年経ったが、地震への備えは常に必要である。それはもう、日常のごく一部として組み込まれなくてはならないものである。
以下が全文である。
改めて地震に対する備えについて
前号発行日に起きた地震
前回の記事の最後にこう書いた。
「もし次の宮城県沖地震が前の地震から20年以内に来るのだとすると、あれから11年経ってるのであと９年以内に起こるかもしれない、ということである。余震でＭ８という、とても余震などと言えないような規模の地震が起こるかもしれないということもある。風化などと言っている暇はない。11年前のあの地震を既に終わった過去のことと捉えてはならず、またあの地震が遠ざかるほど、次の地震が近づいてきているものと考えて、ゆめゆめ油断してはならないのである」と。
この前回の「東北再興」紙が発行された３月16日のまさにその夜11時36分、福島県沖を震源とするＭ（マグニチュード）7.4の地震が発生した。宮城県白石市付近を走行していた東北新幹線の仙台行きの最終の新幹線は、転覆は免れたものの脱線した。周辺の橋脚なども大きく損傷し、東北新幹線の仙台と福島の間の復旧は４月14日まで待たなくてはならなかった。実際、この周辺地域は、あの11年前の東北地方太平洋沖地震での揺れを超える揺れを観測している。
文部科学省に設置されている地震調査研究推進本部の地震調査委員会は、この地震について、東北地方太平洋沖地震の余震域で発生した、としている（該当PDF）。余震域内の１年あたりの地震の発生数は、依然として東北地方太平洋沖地震前より多い状態が続いていて、現状程度の地震活動は当分の間続くと考えられるとのことである。事実、この余震域とされる海底では、昨年２月13日にも福島県沖でＭ7.3の地震が、翌月３月20日には宮城県沖でＭ6.9の地震、５月１日にもＭ6.8の地震が発生している。
いまだ備えなければならない余震
前号で紹介した、「仙台防災未来フォーラム」での東北大学災害科学国際研究所の東日本大震災メモリアルシンポジウム「海溝型地震研究の発展と将来への備え」の中の松澤暢氏の基調講演での要点を再度紹介してみる。
・余震活動は継続しており数10年に亘って続く可能性がある。その中ではまだ起きていない最大Ｍ８クラスの余震が起こってもおかしくない。
・今回の震源域に隣接する北、東、南の領域で今後大きな地震が起こる可能性がある。
・次の宮城県沖地震の発生が早まり、前の地震から20年以内に起こる確率が60％というシミュレーション結果もある。
・震災後始まった東北の太平洋沿岸地域の隆起は今後少なくても100年は続くと見ている。
・東北北部と北海道には概ね400年に一度巨大な津波が押し寄せた証拠がある。前回から既に380年が経過しており、差し迫った危機。
まさにその通り、いまだ終わらない余震が昨年、今年と続いていることを、これらの地震は如実に示している。しかも、である。これらよりもさらに強い地震が起こる可能性すらあるのである。
最大余震は概ね、本震のＭより１少ない規模だとされる。実際、東北地方太平洋沖地震よりも大きなＭ9.1を記録した2004年のインドネシアのスマトラ島沖地震では、翌2005年、2007年、2012年にＭ８クラスの巨大地震を相次いで観測している。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震のＭも９なので、最大の余震はＭ８クラスということになる。Ｍ９の本震より１少ないと言っても、Ｍ８は間違いなく巨大地震である。
地震の規模を示すＭは、0.1上がるとそのエネルギーは約1.4倍になる。0.2上がると約２倍である。ということは、Ｍ８クラスの余震は、今回の地震よりも８倍もの規模の地震ということになる。余震という言葉でイメージされるような弱い地震では決してないどころか、他に類を見ない大きな地震であることが分かる。しかも、それがスマトラ島沖地震とは違って、東北地方沿岸ではまだ起きていないのである。余震活動が今後数十年に亘って続く可能性があるということは、このいまだ起きていない巨大地震に対する備えを、当然十分すぎるくらいに行っておく必要があるということである。
発生が確実視される超巨大地震
加えて、別の地震に対する備えも必要である。とりわけ要注意なのが、上記にも挙げられている東北北部と北海道の地震である。東北地方太平洋沖地震は日本海溝沿いで発生した超巨大地震だが、その北の岩手県沖以北の日本海溝沿いの地震と、北海道の千島海溝沿いの地震が警戒されている。このうち、千島海溝沿いの超巨大地震は、予想される地震の規模はＭ8.8以上とされ、平均発生間隔は340〜380年、前回発生したのは17世紀で、そこから既に平均発生間隔と同等の時間が経過している。先述の地震調査委員会の算出した地震発生確率は、10年以内が２〜10％、30年以内が７〜40％、50年以内だと10〜60％となっている。近い将来、起こることが確実視されている地震なのである。この日本海溝北部の地震と千島海溝沿いの地震については、内閣府の中央防災会議の防災対策実行会議の下に設けられた「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ」が震度分布や津波高などを推計している。それによると、それぞれ東北地方太平洋沖地震と同等の最大クラスのＭ９クラスの地震が発生した場合、日本海溝沿いの地震では岩手県宮古市に約30ｍ、千島海溝沿いの地震では北海道えりも町沿岸で約28ｍの高さの津波が押し寄せる、とされている。人的被害は、日本海溝沿いの地震で死者が約６千から19万９千人、千島海溝沿いの地震で約２万２千人から10万人となっている。
最小と最大でかなり幅があるのは、地震が発生する季節や時間帯などによって、被害に大きく差が出ると予測されるためである。特に、冬季の場合、屋根に積もった雪の重みによって全壊する家屋が増えて死者が増える、積雪のために避難に時間がかかることで津波に巻き込まれる死者が増える、避難しても長時間屋外の寒さにさらされるために死者が増えるということが見込まれる。東北地方太平洋沖地震は午後の早い時間帯に発生したが、地震が深夜に発生した場合にも避難までに時間が掛かり、それによってやはり津波に巻き込まれる死者が増えると想定されるのである。
国任せにせず一人ひとりで対策を
ただし、同ワーキンググループによれば、適切な対策を講じればこうした被害を減少させることができ、どちらの地震でも死者を約８割減らすことが可能だとしている。具体的には、�…吐箸�らの人命の確保、��各般にわたる甚大な被害への対応、�９�域にわたる被害への対応、�ぢ从�を推進するための事項、に分けて対策を提言している。
それによれば、�，砲弔い討枠鯑駭�・避難施設等の整備、避難時における防寒対策、防災教育・防災訓練の充実、要配慮者への支援、集団移転等の検討、�△砲弔い討老�物の耐震化、出火・延焼防止対策、ライフライン・インフラ施設の耐震化等、��については広域的な支援体制の構築、救助・物資運搬等の人員・装備・備蓄の確保、事業継続計画（ＢＣＰ）の策定・充実、�い砲弔い討亘漂勸媼韻旅發っ楼莠匆颪旅獣曄�後発地震発生の注意を促す情報発信と地震への備えの再確認、科学的知見の蓄積とデジタル技術の活用、を挙げている。
これらの対策については、自治体や地域全体で取り組まなければならないものも数多いが、一方で一人ひとりが進めていくべきものもある。まず、夜間や寒冷時に避難しなければならないことを想定した避難用持ち出し袋の準備で、その中には当然懐中電灯や防寒用のアルミブランケットなども入っていなければいけない。低体温症に対する知識も身に付けておく必要がある。家屋の耐震化も個人で対応しなければならない。家の中では家具の固定、電気に関する火災の発生を防ぐ感電ブレーカーの設置も必要である。高い津波が来ても大丈夫な避難場所、そこまでの避難ルートの特定、特に避難ルート上に地震発生に伴って危険が発生することがないかどうかの見極めなど、検討すべき項目は数多い。非常時に家族等と連絡が取れる手段はあるか、災害用伝言ダイヤル、伝言板サービスなどは使えるか、スマホが情報収集、連絡手段の核になるだろうが、電源の確保をどうするかも大きな課題である。何より、海に近い場所にいる場合、地震が発生して津波の危険があれば直ちに避難するという意識をしっかり持つこと、土砂災害や地盤災害、液状化など、津波以外に想定されるリスクがないか検討すること、その上で必要なことについては隣近所と共有しておくことも大切である。
やるべきことは数多いが、近い将来間違いなく来ると分かっている地震に対して、国や自治体任せにすることなく、一人ひとりが当事者意識を持ってできる対策を講じていくことが結局のところ、いざという時の被害を最小限にする原動力となると思うのである。
2022年04月12日
2022年の３月11日（「東北再興」紙への寄稿原稿版）〜私的東北論その154
３月16日に発行された「東北再興」第118号では、「2022年の３月11日」と題した記事を書いた。タイトルで分かる通り、このブログで３月11日に公開した文章と基本的に同じものだが、「東北再興」紙の方では最後に以下の文章を付け加えた。このブログでも何度か取り上げている、仙台市の「仙台防災未来フォーラム」の話と、地震に対する備えを呼び掛ける文章である。
まさにこの「東北再興」が発行された３月16日の23時36分に、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震が発生し、青森県から茨城県の沿岸で最大30cmの津波も観測された。昨年も２月13日に福島県沖を震源とするマグニチュード7.3の地震が、３月20日には宮城県沖を震源とするマグニチュード6.9の地震が発生している。先月の文章の繰り返しになるが、ゆめゆめ油断してはならないのである。
追加部分は以下の通りである。
その意味では仙台市が主催している「仙台防災未来フォーラム」はとてもよい取り組みであると思う。震災後に始まって今回で８回目。毎年足を運んでいるが、防災について改めて考えるいい機会となっている。子どもたち向けにステージショーなどを通じて楽しく防災を学べる企画も多く、有意義である。
私にとって今回は、東北大学災害科学国際研究所の東日本大震災メモリアルシンポジウム「海溝型地震研究の発展と将来への備え」の中の松澤暢氏の基調講演が参考になった。
以下のような話があった。
・余震活動は継続しており数十年に亘って続く可能性がある。その中ではまだ起きていない最大Ｍ８クラスの余震が起こってもおかしくない。
・今回の震源域に隣接する北、東、南の領域で今後大きな地震が起こる可能性がある。
・次の宮城県沖地震の発生が早まり、前の地震から20年以内に起こる確率が60％というシミュレーション結果もある。
・震災後始まった東北の太平洋沿岸地域の隆起は今後少なくても100年は続くと見ている。
・東北北部と北海道には概ね400年に一度巨大な津波が押し寄せた証拠がある。前回から既に380年が経過しており、差し迫った危機。
もし次の宮城県沖地震が前の地震から20年以内に来るのだとすると、あれから11年経ってるのであと９年以内に起こるかもしれない、ということである。余震でＭ８という、とても余震などと言えないような規模の地震が起こるかもしれないということもある。
風化などと言っている暇はない。11年前のあの地震を既に終わった過去のことと捉えてはならず、またあの地震が遠ざかるほど、次の地震が近づいてきているものと考えて、ゆめゆめ油断してはならないのである。
2022年03月11日
2022年の３月11日〜私的東北論その153
11回目の３月11日も、例年通り午後休みを取って、若林区役所から荒浜まで、あの日弟が通ったであろう道を辿ってみた。
その前に、今日はいつもお昼にカレーを食べる金曜日、ということで、いつもの「こぐま食堂」でいつも通りカレーをお腹いっぱいいただいた。いつものように「また来ます」って言ってお店を出たが、また来れるかどうかなんて、本当は確約できないよな、なんて考えるのも今日ならではのことである。
毎年若林区役所の入口を入ってすぐのところに献花場が設けられてきたが、10年が経ったからなのか、今年は近くの若林区文化センターの１階に献花場が設けられた。10年経ったと言えば、今年は追悼式典を取りやめる自治体もだいぶあったが、仙台市では昨年同様、この若林区文化センターの２階を会場に追悼式が開催された。
ただし、新型コロナの感染が続いていることから、式辞などは行わず、招待者が献花するのみの形となった。
つまり、招待状を持ってない人は１階で献花、招待状を持っている人は２階で献花、ということで、どちらもやることが変わらないなら一緒にすればいいのでは、とも思ったが、これはこれで混雑を避ける意味合いもあったのかもしれない。
招待状を持ってない私は１階で献花した。
若林区役所が建っているところはかつて移転した養種園（現・仙台市農業園芸センター）があったところで、区役所の南側は公園として整備されているが、その一角には区役所の有志の方々がつくってくれた「3.11不忘（わすれじ）の碑」がある。今日はたくさんの花が供えられてあった。
献花場が区役所の外に移ったので、区役所に入っても今日が東日本大震災発災の日ということを思わせるものは一見何もない。ただ、４階に上がると、あまり目立たない「追悼（献花）会場」がある。
ここは若林区役所で震災の折に亡くなった弟ともう一人の職員のための献花場である。
今年も設けてもらえたのはありがたいことである。
外に出ると、１台の公用車が区役所を出ていくところだった。
あの日、弟もこうして出ていったのかと思いを馳せた。
区役所を出て、一路荒浜に向かった。
毎年、冷たい西風が吹き付けるのが常だったのだが、今年は東風だった。
冬の風ではなく、春の風である。
そう言えば、いつもより少し暖かい気がした。
のどかである。
何事もなかったようである。
いや、あの日だって、14時46分までは何の変哲もない一日だったのである。
何気ない日常なんて、あっという間に吹き飛んでしまうことがある、それをいやと言うほど思い知らされたのがあの日だった。
元あった場所から２キロほど内陸に移転して再建した、荒浜地区唯一のお寺である浄土寺では、今年も慰霊法要が行われるようであった。元の場所にあった弟の名前も刻まれている慰霊碑も、こちらに移されていて、その慰霊碑の前で慰霊法要が行われるようであったが、開始が14時30分とのことだったので、参加すると地震発生の14時46分をここで迎えることになる。
地震発生の時刻は海岸で迎えたかったので、少し離れたところから慰霊碑に手を合わせて浄土寺を出た。
昨年完成した震災遺構荒浜小学校の南側の「避難の丘」の周辺もだいぶ整備され、にぎわいの拠点となる「JRフルーツパーク仙台あらはま」もオープンした。震災によって荒浜地区は災害危険区域に指定され、基本的に人は住めなくなったが、違う形で人が集う場所になるべく、様々な土地利用が検討され、少しずつ実行に移されている。
荒浜には仙台市で唯一の海水浴場である深沼海水浴場があったが、11年経った今も再開されていない。この深沼海水浴場の近くにある荒浜慈聖観音には焼香場が設けられ、たくさんの人が訪れていた。
たぶん、この地で大切な人を亡くした人たちなのだろう。
防潮堤に上ってみる。ここにもたくさんの人がいる。
防潮堤から眺める海は波静かである。
14時46分、海に向かって手を合わせた。
防潮堤は震災後かさ上げされて高くなったとは言え、高さ7.2ｍである。
あの日の津波は高さ10ｍを超えていたので、あの日と同じ津波が来たらこの防潮堤はやすやす乗り越えられる。
絶えず逃げる意識を持っておかないといけない。
あの日の津波で、沿岸の松林の松はほとんどが倒されてしまった。しかし、その後植樹された松はすくすくと育っている。
場所によっては既に人の背丈よりも高く伸びている。
わずかに残った松と並ぶようになるにはあとどれくらいの歳月が必要なのだろう。
震災遺構荒浜小学校は、見渡す限りの平地であるこの地域で唯一、あの日地域の人が津波から逃れられた場所だった。その周辺では今年も、「HOPE FOR project」の人たちが今年も14時46分が過ぎて海岸から帰途に就く人に風船を配っていた。
荒浜小学校やその近くの七郷小学校の卒業生が中心となって立ち上がった団体で、震災発生の翌年から毎年この日にはここでこの風船リリースなど、様々な企画を行っている。
15時15分に今年もたくさんの風船が空に舞い上がった。
この地に津波が押し寄せたのは15時54分。その時刻に合わせて、弟が見つかった南長沼でまた手を合わせた。
北に帰る前の白鳥が羽を休めていた。
その後は、再び若林区役所へ。あの日、弟が辿れなかった道である。
仙台市ではその後、津波避難の呼び掛けにドローンを導入することとなり、準備が進められてきた。
津波警報が発令されると、スピーカーを搭載したドローンが飛び立ち、あらかじめ定められたルートを人の手を介さず自動運行して避難呼び掛けを行うというものである。
世界初の取り組みとのことである。
これであの日のような津波が来てももう、弟のような殉職者を出さないで済むことになる。
ただ、それだけでその時その場にいる人が避難してくれる保証はない。
津波の危険が少しでもある時はすぐ逃げるという意識を常に持っていられるための取り組みも併せて続けていくことが必要である。
家に帰る途中、ケーキを買った。今日生きていることのお祝いである。
お祝いと言うと私の中ではホールのデコレーションケーキ一択なのだが、多くのケーキ屋さんではホールケーキは要予約で、突然行っても買えない。
長町駅近くの「菓子工房セレブレ」は様々なホールケーキが予約なしでも買えるのでありがたい。
イメージ通りのデコレーションケーキをゲットできた。
メッセージを入れてくれるということだったので、「今日生きてておめでとう」と書いてもらった。
家に帰ってから、今日は「東北魂ビール」を開栓した。東北のビール醸造所の心意気が生んだビールである。
あの日受けた支援に対して美味しいビールを造って恩返ししよう、一緒に研鑽してもっと美味しいビールを造って自分たちの地域を盛り上げていこうと、2013年に岩手・一関市のいわて蔵ビール、秋田市の秋田あくらビール、福島市のみちのく福島路ビールの３社が集まって共同でビールを醸造したのを皮切りに、これまでに15回様々なビールを造ってきた。
参加醸造所数も年々増えてきたが、ここ２年はコロナ禍のため、関係者が一堂に会して一緒にビールを造るということができず、共通のレシピでそれぞれの醸造所で同じビールを造ったり、あるお題が出されてそれに合うビールを造ったりしていた。
今年は８社が参加し、今年のお題「東北産イブキホップとネルソンソービンを使用したラガーもしくはケルシュ」に沿ったビールが出揃った。
こうして東北の美味しいビールを今年も飲めることはありがたい限りである。
ツマミは今年も小さい頃弟とよく一緒に食べたホテイのやきとり缶である。ホテイは静岡の会社だが、このやきとり缶は宮城の気仙沼で作られている。
あれから11年経った。
このところ「風化」ということが言われるようになった。
私としては風化している実感はまだないが、心配なのは次の世代への伝達である。
あの時生まれたばかりだった子が今は11歳ということである。
この先どんどんあの震災を知らない世代が増えていく。
そうした震災を知らない世代に、私たちが遭遇したあの過酷な体験をいかに当事者意識を持ってもらえるように伝えていくかが、私たちに課せられた大きな課題である。
それが十分伝えられなかった時に、震災は風化していくのだろう。
そうならないように、私はこれからも折に触れて震災の話をしっかり書いたり話したりしていこうと思う。
2021年04月19日
10年目の3.11に寄せて（「ブナの森新聞」への寄稿原稿）〜私的東北論その141
実は昨年から、「ブナの森新聞」で連載を受け持っている。山形市にあるブナの森調剤薬局の鈴木康久さんが手掛けている年４回発行の無料配布の新聞である。 医療に関するその時々の話題や薬に関する知識について分かりやすく伝えるとともに、様々な書き手が様々な話題で記事を書いており、バラエティに富んだ内容である。私が書いている連載のタイトルは、大方の予想通りだろうが「ビール好きのための東北地ビールめぐり」というもので、あまり医療や薬の話とは相容れないテーマだが、とりあえず東北六県全部紹介するまでは続けることになろうかと思う（３回書いたのに紹介したのはまだ山形だけである…）。
その「ブナの森新聞」の４月１日発行の「令和３年春号（第14号）」では、鈴木さんから「番外編ということで、東日本大震災のことを夜考虫。の活動なども含めて書いていただけないか」との相談があった。そこで書いたのが以下の文章である。
なお、都道府県ごとに過去にどのような地震があって今後どのような地震が想定されているかについては、政府の地震調査研究推進本部のサイトの情報が分かりやすい。
なお、都道府県ごとに過去にどのような地震があって今後どのような地震が想定されているかについては、政府の地震調査研究推進本部のサイトの情報が分かりやすい。
10年目の3.11に寄せて
地震から10年
2011年３月11日に東北地方太平洋沖地震が起きてから丸10年となりました。この地震によって引き起こされた災害は東日本大震災と名付けられましたが、10年経ってもこの災害からの復興はいまだ道半ばと言わざるを得ません。広い範囲が浸水した仙台
この地震では大津波による被害がとりわけ甚大でした。こと津波の高さに関しては、リアス海岸で狭い湾口に津波が押し寄せた三陸沿岸で目立って高かったのですが、津波の浸水面積に関しては、津波を遮るものがなにもない平野部で特に大きくなりました。仙台の浸水面積は、同じく仙台湾に面した石巻に次ぐ52平方kmで、これはほぼ岩手県全体の浸水面積に匹敵します。
間違った「常識」
震災前、仙台では、「津波が来るのは三陸沿岸、仙台平野には津波は来ない」、と思われていました。宮城県沖では平均するとおよそ38年に一度、宮城県沖地震が起きて被害が出ていますが、これまでの宮城県沖地震では大きな津波が起きておらず、それがこうした思い込みにつながっていたのです。
歴史を紐解くと
しかし、ひとたび歴史を紐解けば、仙台平野にも過去、繰り返し津波が押し寄せていたことがよく分かります。今回の地震がきっかけで注目されたのが西暦869年の貞観地震による大津波です。今回の大津波はその再来とも指摘されました。確かに、地質調査の結果から、貞観地震による大津波の浸水域と今回の大津波の浸水域がほぼ一致することが明らかになっています。「日本三代実録」という書物にその時の津波の様子がリアルに記されています。
政宗の「多重防御」
加えて言えば、それ以降も仙台平野には繰り返し津波が押し寄せていました。西暦1611年の慶長三陸地震による大津波でも、仙台平野は大きな被害を受けていました。仙台藩初代藩主の伊達政宗が仙台に入ったのはこの10年前のことでしたが、この地震を受けて政宗は、沿岸にあった奥州街道を内陸に移し、海岸一帯に潮除須賀松林（しおよけすかまつりん）と呼ばれる松の植林をし、後に貞山堀と呼ばれる運河を掘るなど、今で言う「多重防御」の仕組みを作りました。こうした歴史がいつの間にか忘れ去られ、「仙台平野には津波は来ない」という誤った認識が広まっていたわけです。
「浪分神社」の伝承
仙台の海岸から内陸に５kmくらい離れたところに「浪分（なみわけ）神社」という神社があります。この神社が立っている場所は、慶長三陸地震の折に津波が到達したと言われていて、海神が現れてこの地に押し寄せた津波を南北に二分して鎮めたという「波分大明神」の伝承が残ります。しかし、そうした伝承があったことが注目されたのは震災の後のことで、その前までは近くに住む人の間でもそのような話は知られていませんでした。どんな伝承も教訓も伝わらなければ意味がありません。
海溝型地震と直下型地震
東北以外の地域で震災の話をすると、「ここは地震が少なくて」というような反応が返ってくることが時折あります。確かに東北は地震の多い地域ですが、４つものプレートがひしめき合うこの日本列島にあって、過去に地震による被害を受けなかった地域はまず存在しません。津波を引き起こす海溝型地震と呼ばれる地震の他に、阪神淡路大震災を引き起こしたような直下型地震もあります。直下型地震を引き起こす活断層についてはかなり調査が進んでいますが、それでもまだ見つかっていないものもあります。東北で言えば、2008年の岩手・宮城内陸地震が直下型地震でしたが、これは未知の活断層が引き起こしたものでした。
歴史上の災害について調べる
このように見てくると、自然災害の観点から自分たちの地域の歴史を紐解いてみることの重要性がクローズアップされてきます。地震が少ないと思われている地域で過去に本当に大きな被害を引き起こした地震がなかったか、その他の自然災害はなかったのかを調べてみることは、今後起こりうる災害への対応を考える際に大いに役に立ちます。
ハザードマップは「安心材料」にしない
また、自分たちの住んでいる地域のハザードマップを確認しておくことも必須です。津波の危険はなかったとしても、土砂崩れ、河川の氾濫、液状化など、別の危険がある可能性もあります。そして重要なことはハザードマップの内容を「安心材料」としてはいけない、ということです。震災前の仙台のハザードマップでは、津波で浸水する範囲が今回の震災で実際に浸水した範囲よりもかなり狭く見積もられていました。そのことからも分かるように、こうしたマップを根拠に「ここまでは津波は来ない」と考えてはいけない、ということです。仙台のハザードマップも震災後大幅に見直されましたが、そのようにハザードマップは改訂されていくものであり、万全のものではないと考えるべきです。
「記憶の記録プロジェクト『田』」での取り組み
今回の震災で体験したことやそこから得た知識などを忘れることなく他地域の人やこの地域のこれからの人に伝えていくことはあの震災を体験し、生き永らえた私たちにとっては責務と考えています。そのようなことから私も、そうした取り組みを少しばかりではありますが続けています。「夜考虫。（やこうちゅう）」という、仙台周辺の医療・介護関係の多職種で構成される任意団体の中に、東日本大震災に関する情報を掘り起こし、災害時対応について参考にしていただくために発信していく「記憶の記録プロジェクト『田』」があります。私もそのメンバーの一人で、これまでに合わせて112人の方にお話をお聞きすることができました。2014年にプロジェクトが立ち上がりましたが、そこから2018年までの５年間の活動をまとめた報告書と2019年の報告書は、https://ootomo.page.link/eNh4 からダウンロードしていただくことができます。ぜひご一読ください。
2021年03月11日
10回目の3.11〜私的東北論その136
2011年３月11日に東北地方太平洋沖地震が発生して、今日で10年となった。早いものである。あれから10年ということで、今年はマスメディア等で震災関連の話題が取り上げられることが、昨年などよりも多い印象がある。それはそれで、震災のことを振り返り、そこから得た教訓を忘れないために有意義であると思う。
ただ、よく聞く「節目の10年」という言葉、この地にいてあの災害で大変な思いをした人の口からはほとんど出ていないように思う。大切な人を失ったり、大切な故郷を心ならずも離れたり、あの震災で大変な思いをした人にとって、10年で数字としてキリがいいからそれで節目だと思うとか、気持ちに一区切りつくとか、そういうことは少ないのではないか。何年経ったって、悲しいものは悲しいし、辛いことは辛いし、悔しいことは悔しいのである。
ただ、よく聞く「節目の10年」という言葉、この地にいてあの災害で大変な思いをした人の口からはほとんど出ていないように思う。大切な人を失ったり、大切な故郷を心ならずも離れたり、あの震災で大変な思いをした人にとって、10年で数字としてキリがいいからそれで節目だと思うとか、気持ちに一区切りつくとか、そういうことは少ないのではないか。何年経ったって、悲しいものは悲しいし、辛いことは辛いし、悔しいことは悔しいのである。
一方、復興、それもハード面については、明らかに10年を目途として進められてきた。復興道路、復興支援道路は今年中に完成するし、仮設住宅も今年中に全てなくなる見通しである。ハード面の整備が一段落した後も、ソフト面、被災地での心のケアなどの予算は残るようで、それは10年で完了するハードとは違って理にかなったことである。
私は今年も、弟の最期の地、仙台市若林区荒浜に出掛けた。３月11日のこの日は、午後に仕事を休んで荒浜に向かう。震災の翌年からずっとそうである。
出発の地は今年も弟が勤務していた若林区役所である。区役所には今年も献花場が設けられていた。１階にある献花場で献花をするのも毎年のことである。そうしたら、区役所の入口で、たまたま両親と顔を合わせた。両親も毎年荒浜に足を運ぶので、そちらで会うことは多いが、ここで会うのは初めてのことである。
初めて知ったのだが、１階の献花場とは別に、４階にはあの日公務中に亡くなった弟ともう一人の職員のための献花場が設けられているのだという。いや、そういうことはもっと早く教えてほしい。そのようなわけで、両親に案内してもらって初めてそちらの方にも献花した。弟の写真も飾られていた。
モニターには父親が寄贈した震災当時の写真がスライドショー形式で映し出されていた。「記憶を永く伝えるために」と書かれたリーフレットも作成してくれていた。ありがたいことである。今年も、区役所を出て、あの日避難の呼び掛けに広報車で出掛けていった弟が通ったであろう道を通って荒浜に向かった。毎年のことだが、今年も海が近づくほど、風は強く、冷たい。それでも、地震の後雪まで降り出した10年前のあの日に比べればはるかにましである。
あの日津波を遮った仙台東部道路の近くに、津波で流された荒浜地区唯一のお寺、浄土寺が移転した。毎年この日に浄土寺では荒浜で亡くなった人のための慰霊法要が営まれるが、それはかつてお寺があった場所で営まれていた。昨年、荒浜地区で亡くなった人の名前が書かれた慰霊碑が新寺院の敷地に移され、今年からはそちらで慰霊法要が行われることになった。ここでまた両親と合流。もちろん、私も両親もこのお寺の檀家ではないが、慰霊碑には弟の名前も刻んでいただいていて、その縁で毎年荒浜地区の方々と一緒に参加させていただいている。
途中、慰霊碑に刻まれた一人ひとりの名前を読み上げて追善菩提を祈る場面があったが、そこでなんと多くの人がこの地で命を失ったのかまざまざと実感する。ここで名前を読み上げられている人全てが、あの日突然、自分の人生に強制的に幕を降ろさせられたのである。ここ荒浜で亡くなった人の数は192人。東日本大震災全体ではおよそその100倍の死者・行方不明者数である。改めてこの震災が奪っていったもののあまりの大きさに思い至る。浄土寺のご住職は何とこの３月11日が誕生日だそうだ。今年で72歳とのことだが、80までは長生きして、毎年この日には慰霊法要をやるので、またぜひおいでいただきたい、近くに来たらこの慰霊碑にも手を合わせてほしい、とのことだった。何度か口にしていた「一日一生」という言葉がとても印象に残った。一日を一生のつもりで生きよ、ということなのだろう。明日が当たり前のように来ると思ってはいけない。事実、震災で亡くなった人たちには明日は来なかったのだから。
慰霊法要の後、両親と別れて私は荒浜の海岸を目指す。この地を襲った大津波が仙台東部道路で堰き止められたことから、荒浜のより近くを通る県道もかさ上げされて堤防の代わりとし、多重防御の一翼を担うことになった。その高さは６ｍ。ただ、この県道のすぐ近くにある、現在震災遺構として公開されている荒浜小学校を襲った津波の高さは10ｍ。あの日と同じ高さの津波が来たらここを通っている車は津波に巻き込まれてしまう。津波を伴う地震が発生した場合にはすぐこの道路を下りて内陸側に避難することが必要である。
その荒浜小学校では、Hope for projectが今年も花の種の入った風船を配っていた。もらった風船の写真を撮っていたら、リリースが遅れてしまった。一つだけ遅れて飛んで行っているのが私がリリースした風船である。どこに落ちて花を咲かせるのだろうか。
海岸には荒浜慈聖観音が立っていて、そちらで手を合わせる人も多くいる。手を合わせている人一人ひとりがきっと大事な誰かを失っているのだろう。
震災前より高くなった防潮堤に上って、今年も海を眺めた。風が強くて時々白波は立っているが、穏やかな海である。あの日、この防潮堤を易々と越えていった津波を想像するのは難しい。
昨年来た時には建設の途中だった、荒浜小学校の南側の「避難の丘」が完成していた。仙台の沿岸地域の中で最大規模を誇る避難の丘で、いざという時には5,000人余りが避難できるという。荒浜地区は震災後、災害危険区域に指定されたため、人は住めなくなったが、その跡地の利活用で、観光農園など人が集まる施設ができる予定となっているので、その想定される最大の人数が避難できるよう、避難の丘や避難タワーなどが整備された。
この地を大津波が襲ったのは14時46分の地震発生から１時間ちょっと経過した15時54分。私にとっては、弟が区役所にいてまだ生きていた地震発生時刻より、弟がこの地で命を失った15時54分の方が重要な時刻である。この時刻には、弟の遺体が発見された地区内の南長沼に行って手を合わせる。水鳥の群れが水面をすいすい泳いでいく。あの日の惨状が嘘のようなのどかな光景である。
来た道を戻って再び区役所へ。あの日、弟が通ることができなかった道である。自転車に乗りながら、あの日あの場所にこの自転車があればな、などとも思う。海上を進む津波は時速数100kmというとんでもないスピードだが、陸地では時速30km程度にまで速度が落ちる。私が乗っている自転車はちょっと頑張れば時速30kmは出る。一旦渋滞に巻き込まれると身動きが取れなくなる車より、自転車の方が避難に有効なのではないか、というのはあの日以来ずっと思っていることである。あの日戻ってこれなかった弟に代わって区役所に戻り、昨年有志の方々が建ててくれた「3.11不忘（わすれじ）の碑」に手を合わせた。
家に帰る途中にホールケーキを買った。あの日から10年生きてこられたことのお祝いの意味を込めて。ただ、プレートに何か書いてもらうのはちょっと気が引けたので、１と０のキャンドルだけ購入した。 「節目の10年」報道では、10年間の復興のあり方の検証も多くあり、様々な課題が指摘されていた。それはそうだろう。未曽有の災害に直面して、お手本もない中でやってきた結果が100％完璧なものになるはずもない。それはそれで今後に活かしていくことが必要だが、一方で震災後にできた新しい人と人とのつながり、様々な思いに基づいた新たな取り組み、そうしたものがもたらしたものの価値は間違いなく存在している。そうしたものにもしっかり目を向けていきたい。
私の好きなビールを例に挙げれば、東北の地ビール醸造所でつくる「東北魂ビールプロジェクト」がある。10年前、 震災で全国からいただいた支援への恩返しに、品質の高いビールで恩返ししよう、そのために皆で力を合わせてビールの品質を高めようということでプロジェクトは立ち上がった。そして、お互いの経験知や技術を出し合って、一緒に美味しいビールを造っている。いわばライバル同士がそれぞれの「企業秘密」をオープンにして一緒にビールを造るなど、普通あまり考えられないことだが、震災を機にそれを続けているのである。毎年どこかの醸造所に参加する醸造所皆が集まって一緒に独創的なビールを醸造していたが、今年はこの新型コロナ禍で集まることができなかったために、「地域のお米とホップを使用したビールを提供すること」を条件として、今回参加した東北の11の醸造所がそれぞれ特別なビールを醸造することになった。その結果、今回参加した11の醸造所それぞれが力の入ったビールを造ってくれた。これらのビールは仮に震災がなかったとしたらこの世には存在しなかったビールである。 震災からこの方、日本中、世界中から様々な支援をいただいた。そのお蔭で10年経った今もこうして生きていられる。今日はまずは何よりもそのことに感謝する日としたい。
2020年03月12日
あの日から９年〜私的東北論その128
あの日から９年。
別にこの日だけが震災のことを振り返る日というわけでもないのだが、毎年この日だけはやはりいつもと同じ心持ちではいられない気がする。
心にさざ波が立っているような、居ても立っても居られないような感じなのが自分でも分かる。
そのようなわけで、毎年この日は午後仕事を休んで、弟の最期の地、仙台市の沿岸、荒浜地区へ出掛けていっているが、今年も足を運んできた。
荒浜への出発地は、毎年同じ若林区役所である。
今年も献花場が設置されていた。
入ろうとしたら、知り合いとすれ違った。とっさに「献花しに」と伝えたが、「献花」って言葉、普段言い慣れてないので、発音がおかしくて「ケンカしに」って聞こえてたらどうしようかと、ちょっと思った。
当初予定していた勾当台公園市民広場での中継放送も中止となった。
「せんだい3.11メモリアル交流館」も３月いっぱいの休館が決まっており、当初予定していた献花場の設置は取りやめとなった。
あの日弟がたどったであろう道を通って一路荒浜へ。
事前の雨予報が外れて、例年通り風は強かったものの、晴れのいい天気になった。
この日を除いて普段、荒浜に足を運ぶことはほとんどないので、１年前との違いもよく分かる。
街中から荒浜に向かう県道荒浜原町線には、津波から避難する方向を示した標識ができていた。
あの日、大津波は、遮るもののない仙台平野に容赦なく襲い掛かった。
海岸線から実に３km以上も内陸まで押し寄せ、全てを押し流し、盛土構造の仙台東部道路に至ってようやく堰き止められた。この時の教訓から、海岸に沿って走る県道塩釜亘理線は、同様の防潮堤機能を持たせるために高さ６ｍかさ上げされることになっていたが、その工事も終わり、昨年10月から「東部復興道路」として供用されている。
今日も車が頻繁に行き来していた。
「東部復興道路」を越えて荒浜地区に入る。
この地域唯一の寺院だった浄土寺の跡地では、今年も慰霊法要が営まれ、今は災害危険区域となってしまったこの地域にかつて住んでいた方々がたくさん訪れて手を合わせていた。
寺院自体は既に４年前に仙台東部道路近くの内陸に移転し、新本堂も完成している。来年からはそちらの新寺院の方で法要が営まれるとのことである。
この荒浜小学校に加えて昨年８月、この地域にもう一つ震災遺構が誕生した。
「仙台市荒浜地区住宅基礎」と名付けられたこの新しい震災遺構は、大津波で基礎だけが残った住宅跡６戸と津波による浸食地形が保存され、エリア内は見学用通路が整備されている。
写真や証言を掲載した説明看板も設置されており、大津波の恐るべき破壊力と共に、かつてここにあった人々の暮らしの営みの痕跡も伝えてくれている。
荒浜地区の海岸は、かつて深沼海水浴場として知られていた場所だが、いまだ海水浴場は再開していない。この日も風が強かったせいもあって波も高かったが、当然ながらあの日のように防潮堤を越えてくるようなことはない。
防潮堤から仙台市街の方向を見てみると、建物が立ち並ぶ中心地と大津波によってなにもかもなくなったこの地域とがあまりに対照的に映る。
荒浜小学校以外にはどこにも逃げ場がなかったあの日の反省から、「東部復興道路」の西側には津波避難タワーが、海に近い東側には「避難の丘」が整備されている。
荒浜小学校の南側にできる予定の一番規模の大きな避難の丘は未完成だったが、荒浜小学校の北側に完成した「海岸公園」の一角には、高さ約10ｍの「避難の丘」ができていた。
仙台平野はこの地震で今回同様広い範囲が浸水したと見られ、それを受けて政宗はこの「潮除須賀松林」を整備し、沿岸に貞山堀を掘り、今で言う「多重防護」の備えをつくった。
同時に、奥州街道を内陸寄りに移し、城下町も海岸から離れた内陸寄りに構えたとされる。
荒浜地区を始め仙台市の沿岸では、もう一度防災林を復活させようと、植樹作業が続いている。
再び植えられた黒松も着々と育っているのが分かる。
弟が見つかった南長沼で今年も手を合わせた。私にとっては弟が間違いなく生きていた、地震発生時刻14時46分よりも、この地に大津波が押し寄せた15時54分の方が重要である。
帰ろうとしたら入れ替わりにやってきた人がいた。
きっとこの人もこの地で大切な誰かを失ったのに違いない。
荒浜を離れ、再び若林区役所へ。あの日ここまで戻ってこれなかった弟を悼んで有志の方々が中庭につくってくれた「3.11不忘の碑」には、たくさんの花が手向けてあった。
子どもの頃、よく弟と食べたやきとりの缶詰、今日は特大サイズのものを取り寄せてみた。
内容総量、実に1750ｇ、通常サイズが１缶85ｇなので、その20缶分を超える分量である。
１Ｌ缶のビールが小さく見える。
１缶はいつもあっという間になくなってしまうので、20缶分くらい楽勝と思ったが、思いのほか食べ応えがあった。
あまり知られていないことだが、やきとりの缶詰の中で元祖であり、最も有名と思われるこの缶詰、実は気仙沼で造られている。
それはそれとして抱えつつ、また明日から日々、気の向くまま、足の向くまま、生きていこうと思う。
別にこの日だけが震災のことを振り返る日というわけでもないのだが、毎年この日だけはやはりいつもと同じ心持ちではいられない気がする。
心にさざ波が立っているような、居ても立っても居られないような感じなのが自分でも分かる。
そのようなわけで、毎年この日は午後仕事を休んで、弟の最期の地、仙台市の沿岸、荒浜地区へ出掛けていっているが、今年も足を運んできた。
荒浜への出発地は、毎年同じ若林区役所である。
今年も献花場が設置されていた。
入ろうとしたら、知り合いとすれ違った。今年は新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、震災関連の行事が軒並み中止か規模縮小を余儀なくされている。
仙台市内でも、今年は宮城の体育館で開催予定だった「東日本大震災仙台市追悼式」は規模を縮小して、献花のみの開催となった。当初予定していた勾当台公園市民広場での中継放送も中止となった。
「せんだい3.11メモリアル交流館」も３月いっぱいの休館が決まっており、当初予定していた献花場の設置は取りやめとなった。
あの日弟がたどったであろう道を通って一路荒浜へ。
事前の雨予報が外れて、例年通り風は強かったものの、晴れのいい天気になった。この日を除いて普段、荒浜に足を運ぶことはほとんどないので、１年前との違いもよく分かる。
街中から荒浜に向かう県道荒浜原町線には、津波から避難する方向を示した標識ができていた。
あの日、大津波は、遮るもののない仙台平野に容赦なく襲い掛かった。海岸線から実に３km以上も内陸まで押し寄せ、全てを押し流し、盛土構造の仙台東部道路に至ってようやく堰き止められた。
今日も車が頻繁に行き来していた。
「東部復興道路」を越えて荒浜地区に入る。
この地域唯一の寺院だった浄土寺の跡地では、今年も慰霊法要が営まれ、今は災害危険区域となってしまったこの地域にかつて住んでいた方々がたくさん訪れて手を合わせていた。
寺院自体は既に４年前に仙台東部道路近くの内陸に移転し、新本堂も完成している。この地域の人たちがあの日避難して助かった仙台市立荒浜小学校の校舎は、震災遺構として大津波に襲われたままの当時の状況を伝えてくれている。
校舎は館内の修繕工事のために１月14日から３月３日まで休館となっていたが、修繕工事が終わった後も３月末まで休館が延長されることとなった。
この荒浜小学校に加えて昨年８月、この地域にもう一つ震災遺構が誕生した。「仙台市荒浜地区住宅基礎」と名付けられたこの新しい震災遺構は、大津波で基礎だけが残った住宅跡６戸と津波による浸食地形が保存され、エリア内は見学用通路が整備されている。
写真や証言を掲載した説明看板も設置されており、大津波の恐るべき破壊力と共に、かつてここにあった人々の暮らしの営みの痕跡も伝えてくれている。
荒浜地区の海岸は、かつて深沼海水浴場として知られていた場所だが、いまだ海水浴場は再開していない。この日も風が強かったせいもあって波も高かったが、当然ながらあの日のように防潮堤を越えてくるようなことはない。
防潮堤から仙台市街の方向を見てみると、建物が立ち並ぶ中心地と大津波によってなにもかもなくなったこの地域とがあまりに対照的に映る。
荒浜小学校以外にはどこにも逃げ場がなかったあの日の反省から、「東部復興道路」の西側には津波避難タワーが、海に近い東側には「避難の丘」が整備されている。
荒浜小学校の南側にできる予定の一番規模の大きな避難の丘は未完成だったが、荒浜小学校の北側に完成した「海岸公園」の一角には、高さ約10ｍの「避難の丘」ができていた。あの日の大津波で、江戸時代、仙台藩祖伊達政宗が命じて植林された「潮除須賀松林（しおよけすかまつりん）」はほとんど根こそぎ倒され、流されてしまった。
政宗は慶長６年（1601年）に仙台入りしたが、その10年後の慶長16年（1611年）に慶長三陸地震に遭遇している。仙台平野はこの地震で今回同様広い範囲が浸水したと見られ、それを受けて政宗はこの「潮除須賀松林」を整備し、沿岸に貞山堀を掘り、今で言う「多重防護」の備えをつくった。
同時に、奥州街道を内陸寄りに移し、城下町も海岸から離れた内陸寄りに構えたとされる。
荒浜地区を始め仙台市の沿岸では、もう一度防災林を復活させようと、植樹作業が続いている。再び植えられた黒松も着々と育っているのが分かる。
弟が見つかった南長沼で今年も手を合わせた。帰ろうとしたら入れ替わりにやってきた人がいた。
きっとこの人もこの地で大切な誰かを失ったのに違いない。
荒浜を離れ、再び若林区役所へ。普段飲み歩いていることの多い私だが、この日だけは何があろうと大人しく家に帰る。
子どもの頃、よく弟と食べたやきとりの缶詰、今日は特大サイズのものを取り寄せてみた。内容総量、実に1750ｇ、通常サイズが１缶85ｇなので、その20缶分を超える分量である。
１Ｌ缶のビールが小さく見える。
１缶はいつもあっという間になくなってしまうので、20缶分くらい楽勝と思ったが、思いのほか食べ応えがあった。当たり前である（笑）。
あまり知られていないことだが、やきとりの缶詰の中で元祖であり、最も有名と思われるこの缶詰、実は気仙沼で造られている。ともあれ、このようなバカなことができるのも、生きていればこそのことである。
何年経っても、あの日の痛みが消えることはないのだろう。それはそれとして抱えつつ、また明日から日々、気の向くまま、足の向くまま、生きていこうと思う。
2019年09月18日
パネルディスカッションで伝えてきたこと（「東北復興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その124
以下がその全文である。
なお、当日使用したスライドの内容はこのようなもの（PDF）である。
パネルディスカッションで伝えてきたこと
前号でも紹介した通り、８月23、24日に新潟市内で開催された「第23回日本看護管理学会学術集会」のパネルディスカッション１「大規模災害における看護管理者の役割」において、パネリストを務めさせていただいた。限られた時間ではあったが、私からは�‥貽�本大震災の概要、��看護管理者の方々からの伝言、��「経験知」は正しいか、�ご埜邊浜�者の皆さんに伝えたいこと、の四点についてお話してきた。その内容について、備忘録の意味も含めて以下にそれぞれ紹介していきたいと思う。
東日本大震災の概要
東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震は、世界の観測史上４番目に大きな規模の地震であった。これまでに観測された地震の中で最大の地震は日本にも大きな津波被害をもたらした1960年のチリ地震で、そのマグニチュードは実にＭ9.5であった。東北地方太平洋沖地震のマグニチュードは9.0である。9.5と9.0ではそれほど違いがないように見えるが、マグニチュードは0.1大きくなるごとに地震のエネルギーは約1.4倍になるので、チリ地震は東北地方太平洋沖地震の1.4の５乗、すなわち約5.4倍ものエネルギーを持った地震ということになる。
東日本大震災の人的被害は改めて言うまでもなく甚大で、消防庁の発表によれば、死者は震災関連死を含めて19,689九人、行方不明者もいまだ2,563人いる。毎月月命日の11日には今も消防や警察、ボランティア、それに肉親を捜す家族によって捜索が続いているが、発見に至る件数は年々減少している。震災直後の一年間で10,806人が見つかったが、次の一年間では311人、その後はずっと二桁台か一桁で、昨年３月からの１年間で見つかった人数は６名に留まっている。
看護管理者の方々からの伝言
パネルディスカッションのテーマは「看護管理者の役割」であるが、私自身は看護管理者ではないので、お付き合いのある看護管理者の方々に、�／椋丗慮海魴个討海裡固�間、看護管理者として力を入れてきたことは何か、どんな思いを持っているか、�⊃椋劼悗糧�え、対応について全国の同じ看護管理者の方々に一番伝えたいことは何か、の２点についてお話を伺い、その概要について紹介した。その内容については、前号で紹介した通りである。震災において引き起こされた様々な事態に対応し、患者や職員の身を守り、地域の医療・看護を守り抜いてきた方々の言葉には、本当に説得力があった。私のお話した内容の中でも、ここが最も重要だったと考えている。
「経験知」は正しいか
震災における「経験知」が貴重なものであることは間違いないが、ただし、その「経験知」が普遍的なものかどうかについては十分な検証が必要ということで、いくつかの「経験知」について、以前この連載でも検証した。今回は、�…吐箸料阿砲楼�き潮がある、�∪臑翳震遒膨吐箸詫茲覆ぁ↓Ｂ腓�な地震の時には津波が来る、��38年に一度宮城県沖地震が起こる、�ゥ魯供璽疋泪奪廚鯑�に入れて行動する、�Α崢吐箸討鵑任鵑魁廚力擦弔砲弔い銅茲蠑紊欧拭��，砲弔い討蓮�引き潮がなくても津波は来ること、�△砲弔い討蓮∈２鵑鯲磴飽�くまでもなく歴史上度々襲来していること、��については東日本大震災を上回る死者を出した1896年の明治三陸地震を例に、震度の小さい地震でも津波は起こり得る、ということをお伝えした。
�い砲弔い討蓮�江戸時代からの記録を調べてみると、概ね26年から42年の間隔で地震が発生しているものの、中には前の地震の翌年や３年後に発生していることもあり、決して「38年に一度」ではないこと、にも関わらず、何となく「次に大きな地震があるとしてもそれはここ以外」という感覚が被災地全体にあることについて、「災害は忘れた頃にやってくる」ではなく「災害は忘れる前にやってくる」かもしれない、ということで警鐘を鳴らさせていただいた。
�イ砲弔い討蓮�弟の事例を引きながら、仙台市の震災前の津波ハザードマップが震災による被害を受けて大きく改定されたことを紹介した。その上で、ハザードマップはある条件内で想定される被害予測であり、実際にはその条件を上回る災害が起こることもあること、従ってハザードマップはその時点でのもので、今後も改訂されていくものであることを指摘して、ハザードマップは参考にはしても、決して絶対のものと考えてはいけない、ということをお伝えした。
�Δ砲弔い討蓮�以前この連載でも紹介したが、「てんでんこ」とは岩手県三陸地方の言葉で「各自」「めいめい」「てんでんばらばら」という意味で、「津波てんでんこ」は「津波から逃げる時はてんでんばらばらに逃げろ」、「命てんでんこ」は「命はめいめいが守れ」という、いずれも三陸地方に伝わる教訓であることを紹介した。そして、この「津波てんでんこ」に「自分さえ助かればそれでいいのか」という批判の声があるが、「津波てんでんこ」で大事なのは非常時より平時のアクションの方であることを指摘して、いざという時にめいめいが自分のことだけを心配して逃げればいいように、普段から非常時のアクションについて話し合い、その通りに行動するように申し合わせておくことがベースにあること、それによっていざという時には家族、知人も同じように避難していると考えて、 自分の身を守ることだけに専念できる態勢になれることを指摘して、日常からの相互の信頼関係があってこその「てんでんこ」であるということをお伝えした。
看護管理者の皆さんに伝えたいこと
私がこれまで経験したり、見聞きしたり、調べたりしたことの中で、看護管理者の皆さんにお伝えしたいこととして、�仝妬現顱γ楼茲療曽気房�を傾ける、��BCPから地域連携BCPへ、��自分の命を守ることを最優先に、�ぢ慮海靴燭海箸鯏舛�続けること、の四点を挙げさせていただいた。
�，砲弔い討蓮�東日本大震災と同じ規模の大地震である西暦869年の「貞観地震」の記録が「日本三大実録」にあること、そしてその内容について紹介した。「海は、数十里乃至百里にわたって広々と広がり、どこが地面と海との境だったのか分からない有様であった。原や野や道路は、すべて蒼々とした海に覆われてしまった」という表記が、今回の仙台平野を襲った状況と全く同じであること、砂質堆積物の地質調査で貞観地震による浸水範囲と今回の地震の浸水範囲とがほぼ一致することなども紹介した。
また、仙台市若林区にある浪分神社に、江戸時代に仙台平野を襲った津波（慶長三陸地震津波）の際、この神社のある場所で波が分かれて引いた、との伝承があったものの、その伝承が震災前には地域に伝わっていないかったこと、今回の地震でも神社のすぐ近くまで津波が押し寄せたことを挙げて、どんな伝承も教訓も伝わらなければ意味がないことを強調した。
もう一例、岩手県宮古市姉吉地区にある「大津波記念碑」についても取り上げた。「高き住居は児孫の和楽 想へ惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな」との記載のあるこの碑は1933年の昭和三陸沖地震の後に建てられた。姉吉地区は明治三陸沖地震の津波で壊滅したが、その教訓が伝えられず昭和三陸地震でも甚大な被害を出している。今回の東日本大震災でも、石碑より低い場所には大津波が押し寄せたが、教えを守った全11世帯の家屋は被害を免れており、悲劇は二度繰り返されたが、三度目は被害を最小限に食い止めたということをお伝えした。
�△砲弔い討蓮�東日本大震災を受けて厚生労働省が平成24年に「災害時における医療体制の充実強化について」という医政局長通知を出してBCP（事業継続計画）の作成を各病院に要請しており、翌平成25年には「病院におけるBCPの考え方に基づいた災害対策マニュアルについて」において「BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き」も示しているものの、いまだ全病院のうち、BCPを策定している割合が25パーセントに留まっていることをまず紹介した。
その上で、まずBCPを策定するのは必須であるものの、策定されたBCPが本当に災害時に機能するものかどうか検証が必要と指摘して、日常の医療が「一病院完結型」から「地域完結型」へと転換していることを踏まえて、災害時のBCPも他病院など関係機関との連携を前提にすべきで、地域の病院同士が互いにBCPを持ち寄って、発災時の役割分担や連携の方法を検討し、それを再度各病院のBCPに反映させてより実効あるBCPとすることで災害時の地域医療を守る「地域連携BCP」の策定を提案させていただいた。「備え」とは、ただ単にないものをつくるというものではなく、いざという時に機能するものをつくることであるということも付け加えさせていただいた。
��については、特に専門職は、発災時に自分の能力の限界を超えて完璧を目指してはいけない、ということを強調して、まず自分の命を守ることを最優先にしてほしいと呼び掛けた。そして、自分を助けることが、その先何人もの患者、地域住民を助けることにつながること、そのことを看護スタッフ一人ひとりにも繰り返し伝えてほしいことをお伝えした。
�い砲弔い討蓮∨困譴覆い海函�伝え続けることによって、次の災害による被害を最小限に防ぐことができること、一人ひとりの経験を「知」として共有することで、「想定外」の領域を狭くできること、そうしたことが災害を「非日常」としてでなく、「日常」の一部として捉えることにもつながることをお伝えした。
ただし、決してムリをしないことが重要であることも併せてお伝えした。避難と同じように、復興も一人ひとり「てんでんこ」でよいと私は考えていて、一人ひとりがムリせず続けられることが息の長い取り組みにつながっていくと考えているからである。
最後に、「災害発生時に一人でも犠牲になる人が少なくなるよう、一人ひとりが、できることを地道に着実に、やり続けましょう」と呼び掛けて、私の話を終えた。どれだけ役に立つ話ができたかは心配なところはあるが、今後も機会があれば、引き続き伝えるべきことは伝えていきたいと考えているところである。
2019年09月10日
被災地の看護管理者からの伝言（「東北復興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その123
８月16日に発行された「東北復興」第87号では、４人の看護管理者の方に改めて語っていただいた東日本大震災についてのお話を紹介した。元々は、去る８月23日、24日に新潟市内で開催された第23回日本看護管理学会学術集会のパネルディスカッションで話をする際に紹介するつもりでお話をお聞きしてきたものだが、震災に関する貴重な証言でもあるので、文字として残しておこうと思ったものである。
以下がその全文であるが、初出時から体裁を変更している。
被災地の看護管理者からの伝言
東日本大震災の発災から８年５カ月が経った。この間、医療や介護の専門職がどのようなことを考え、どのような行動を取ったかといったことについては、マスメディア等でもあまり多く報じられてこなかった感がある。しかし、実際には、地域住民や患者、利用者のために獅子奮迅の働きをしていたのである。
今回、第23回日本看護管理学会学術集会のパネルディスカッション１「大規模災害における看護管理者の役割」にパネラーの一人としてお招きいただいたことを機に、以前からお付き合いのある看護管理者の方々に、改めて震災の発災から今に至る経過の中で、看護管理者として力を入れて取り組んできたことや、全国の同じ看護管理者に特に伝えたいことについてお話を伺った。その大枠について、ここに紹介しておきたい。
福島第一原発至近の病院にいて
西山幸江さんは福島県の浜通り、福島第一原発が立地していた双葉町にある双葉厚生病院で看護部長をしていた。地震の後、津波は辛うじて病院の手前で止まったものの、福島第一原発の全電源喪失という予想だにしなかった事態を受けて、避難指示が出された。重症者も含めて病院の全入院患者と職員が、避難を余儀なくされた。指示命令系統が混乱する中、過酷な避難を強いられて、亡くなった患者も何人も出たことが痛恨の極みだったと語ってくれた。西山さんは双葉厚生病院が閉鎖された後、系列の中通り南部にある塙厚生病院の看護部長、白河厚生総合病院の看護部長を歴任し、現在は福島市内にある福島第一病院の看護部長としてご活躍中である。その西山さんのお話である。
�［呂鯑�れてきたこと、思い
・原発事故には理不尽さと見えない恐怖を感じた。重要なのは平時の対応。震災前は、原子力は安全だと聞かされていて、災害対策に関心があまりなく、常日頃やっていなかったが、日頃の備えがやはり重要と痛感した。日々の活動の結果が災害時に出る。
・仕事では震災を機にいろいろな経験をさせてもらった。何もなかったらこうしたことは経験できなかった。
・でも、仕事を離れるといまだに心に傷がある。震災の話は嫌という気持ちがいつもある。震災のことを思い出すと心が切れて、泣きそうになる。今も戻れない故郷の双葉町には、今ここにないものがたくさんあった。なくすことの影響がこれだけあることを痛感する。心が満たされていないのを感じる。ずっとこの思いは死ぬまでもっていくのだと思う。
��伝えたいこと
・災害対応は年間を通してやるべきこととして、医療安全や感染対策と同じように常に日常に組み込まれないといけない。「火事場の馬鹿力」は一瞬のことであり、その後の持続力が大事。・つくづく思うのは人間関係の大事さ。地域の人と仲良くしておくことが災害時にも活きる。日頃やったことの答えが災害時に出る。
巨大津波に見舞われて
長かおるさんは宮城県の沿岸、女川町にある女川町立病院で看護師長をしていた。女川町立病院は海沿いの高台、標高16メートルの場所にあったが、巨大津波はそこにも容赦なく押し寄せ、病院の一階部分が水没した。当初は患者に加え、避難してきた地域住民への対応に追われた。震災後、町から移管されて地域医療振興協会が指定管理者となった女川町地域医療センターで看護介護部長として今もご活躍中である。その長さんのお話である。
�［呂鯑�れてきたこと、思い
・震災時に多職種の支援チームで始まった状況確認のためのミーティングが、今も「女川町地域包括ケアネットワーク会議」として続いている。震災の体験が今も活きている。
・患者・利用者の安全を守るには、スタッフが元気なことが前提。そのためにスタッフの思いを聞き取る機会をつくることが有効だった。
・あの震災を乗り越えたからこそ今がある。震災を経験して、自分の力ではどうにもできないことが起こり得ると腹を括った。その経験知は伝えていきたい。
��伝えたいこと
・「自分の命は自分で守る」を身につけるべき。専門職として、自身が要救護者にはならないように意識したい。
・発災時には病院は「安心の場所」として、避難者もやってくる。災害対策を立てる時はそのことを踏まえた覚悟も必要。一方で、スタッフも被災者であることを忘れずに。
・備蓄は分散させること。その中で、自分たちの分は自分たちで日常的に確保しておく。
・連携ネットワークは平常時から構築しておかないと、いざという時に機能しない。
横井智美さんは、同じ女川町で当時、町立病院に隣接した女川町老人保健施設の看護師長として勤務していた。発災時、施設には44名の入所者と８名の通所リハビリテーションの利用者がいた。避難マニュアルでは施設の一階に避難することとされていたが、大津波警報が出されたことで三階屋上に避難することを決断して難を逃れた。現在は女川町地域医療センターで外来看護師長を務めている。その横井さんのお話である。
�［呂鯑�れてきたこと、思い
・震災前には「震度４以上で参集」という基準があったが、参集の途中で生命の危険に遭遇した職員がいた。まずは自分の命と家族の命を守ることが先決と、優先順位を改めた。
・発災後は、協力し合って、応援が来るのを信じて、しのぐ、つなぐという思いだった。
・ネットワークは平時からつくらなければ、いざという時につながらない。
・いつでも管理者がいるとは限らない。いる人たちでリーダーシップを発揮して対応できるように日頃からしておかないといけない。いつでも備える気持ちが必要。
��伝えたいこと
・自分たちが体験したことは皆さんの命をつなぐヒントになるかもしれない。次世代につないでいかないと、という意識を持っている。
・「自分だけは大丈夫」という思いは禁物。人は自分の都合のよい考え方をするものと思っておく。マニュアル通りでなく、臨機応変に自分を守る行動をしてほしい。
・被災時に自分たちの状況を発信するすべがなかった。情報を伝えるすべを確保しておきたい。
風評被害を乗り越えて
鈴木のり子さんは福島県の浜通り南部、東北第二の都市いわき市にある、いわき市立総合磐城共立病院で看護師長をしていた。震災時、いわき市は福島第一原発と同じ浜通りにあるということで、風評被害から物資が届かなくなり、医薬品や医療材料などが極端に不足する中、病院一丸となって懸命に地域医療を守った。老朽化が進んだ病院から患者を避難させ、安全が確認できてからまた院内に戻すなどの対応にも追われた。震災後、副看護部長、副院長兼看護部長を歴任して、現在は昨年12月に移転新築していわき市医療センターという名称となった新しい病院で患者サポートセンターの副センター長としてご活躍中である。その鈴木さんのお話である。
�［呂鯑�れてきたこと、思い
・マニュアルをもっと実用的なものにしなくては、と痛感した。ただ、震災時は動転しながらも年２回やっていた防災訓練に準じて動けた。
・震災後は防災訓練も「ブラインド訓練」にした。震災後、ＤＭＡＴを編成、他地域に応援に行ける体制をつくった。看護部としても災害支援看護師を多く育成し、災害対策委員を置いた。
・自主避難して戻ってきた人、避難せずに残った人、お互いに苦しかった。お互いの気持ちを聞きながら、時間は掛かっても理解し、認め合うことに努めた。悲しみや苦しみは乗り越え、教訓は忘れないという思いで。
��伝えたいこと
・専門職として、命を落としてはいけない。
・災害は他人事ではない。備えだけは忘れないでほしい。その思いは今後もつないでいきたい。
・なぜ看護師になったか、なんのために看護しているのか、看護・医療に対する価値観、倫理感、看護観を意識的に自分の中に育んでいってほしい。いざという時に迷ったり後悔したりしないように。最後は自分で判断できるように。
・震災前は地域との連携が弱かった。困ったときはどう助け合うのか、地域を回って、お互いの状況を話し合い、確認し合った。顔が見える、困ったときに困ったと言える関係の構築が必要。お互い様で、有事に備えよう。
・自分の施設の備えの総点検をしてほしい。
「備え」をもう一度見直して
これら看護管理者の方々の言葉は、自ら体験したことに基づいたものであるだけに、説得力がある。どこにいても、災害の発生を免れることは困難である以上、日頃からの備えが重要であることが、これら四人の看護管理者のお話からも窺える。
「備え」というのは、ただ単にそれまでないものをつくればいいというものではない。いざという時に機能するものをつくって、初めて「備え」と言えるのである。
東日本大震災の発災から八年が経過して、その体験の風化が指摘される。一方で、東南海トラフ地震を始めとして、近い将来に予測されている地震災害も複数あり、その備えのために、やはり東日本大震災における経験知は有用である。これからも、機会ある毎に、そうした震災体験による経験知を他の地域の人、この地域のこれからの人に向けて、積極的に発信していきたいと考えている。
2019年07月25日
東日本大震災から８年３カ月、宮城県沖地震から41年（「東北復興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その121
６月16日に発行された「東北復興」第85号では、先の震災で犠牲となった弟の慰霊碑がかつての勤務先であった若林区役所の敷地内にできたことを紹介しつつ、発生から41年が経った宮城県沖地震についても振り返った。
東日本大震災の発災から既に８年３カ月、次の地震への備えを決して怠らないようにしないといけない時期になっている。ブロック塀については、昨年の大阪北部地震で改めてその危険性が浮き彫りになった。仙台市では、「生垣づくり助成事業」を行っている。この取り組みをもう少し積極的に進めて、設置から30年以上経ったブロック塀は全て生垣に転換させる方向で働き掛けるのがよいのではないだろうか。「杜の都」の景観としても相応しい。
以下が「東北復興」紙に寄稿した全文である。
東日本大震災から８年３カ月、宮城県沖地震から41年
「3.11不忘の碑」
東日本大震災の発災から８年３カ月の６月11日、「3.11不忘の碑（わすれじのひ）」の除幕式が行われた。震災当時、弟が勤務していた若林区役所の方々や友人の方が「3.11慰霊碑設置準備会」を結成して、およそ100人の方がお金を出して、区役所の敷地内に設置する許可も得て、この日、晴れてお披露目となったものである。 除幕式には、震災当時市長だった奥山恵美子さんを始め、当時若林区長だった山田文雄さん、設置準備会の会長も務めた清水俊明前区長、現区長の白川由利枝さん、そして弟の当時の上司・同僚の方々や、弟が一緒に仕事をしていたまちづくり協議会の方々が参加してくださった。
あの日弟は、地震発生の後、沿岸部荒浜地区の住民に避難を呼び掛けに同じ課の先輩と市の広報車で出掛け、そのまま帰らぬ人となった。
挨拶に立った清水さんは、「２人を失った痛みは８年３カ月が経っても消えない」と言い、白川さんは毎年職員を前に訓示を行う際に必ず震災で殉職した仲間がいたことを話すという取り組みを紹介しながら、「大事な仲間を震災で失った事実を伝え続けることが私たちの責任」と言ってくれた。
宮城県沖地震から41年
翌６月12日は、宮城県の「みやぎ県民防災の日」、仙台市の「市民防災の日」で、県内各地で総合防災訓練が行われた。41年前の1978年のこの日、宮城県沖を震源とするM7.4の地震が発生し、28名の犠牲者を出した。私は当時８歳だったが、この地震のことはよく覚えている。夕方、母親はちょうどPTAの会合か何かがあって出掛けていて、留守番中の私と弟がテレビアニメを見ていたところ、突然大きな揺れが来て、揺れの最中に停電になったのかテレビは切れ、弟の頭上にあった花瓶が落ちてきたので、慌てて弟の手を引いてあまりものが置かれていない別の部屋に逃げて揺れが収まるのを待った。電気はつかないし、どんどん暗くなってくるしで、母親が帰ってくるまでの時間がとても長かったように感じた。
この地震では、仙台市で住宅の全半壊が4,385戸、一部損壊が86,010戸に上るなど、甚大な被害が生じた。この地震がきっかけとなって３年後に従来の建築基準法が改正された。その主眼は建築物の耐震基準が強化で、「震度５強程度の中規模地震では軽微な損傷、震度６強から７程度の大規模地震でも倒壊は免れる」という耐震基準が設定された。
また、この地震の死者28名のうち、実に18名が倒壊したブロック塀の下敷きとなって亡くなっている。これら倒壊したブロック塀には鉄筋が入っておらず、単にブロックが積み上げられていただけのものであったため、この地震の後、やはり規制が強化され、太さ10ミリ以上の所定のJIS規格を満たす鉄筋を、横方向は400ミリ間隔、縦方向は400から800ミリ（主壁の高さや控壁の有無、鉄筋の太さなどによって異なる）で配することが義務づけられた。
しかし、昨年６月に発生した大阪北部地震では、高槻市で小学校のブロック塀が倒壊し、登校途中の小学生が犠牲となるという痛ましい被害が発生した。宮城県沖地震から40年が経過してなお、その教訓が活かされていない現状があることは非常に残念なことである。ただ、高槻市ではこの事態を受けて、公共施設のブロック塀を2028年までに全て撤去する方針を決めた。これは英断と言ってよいと思う。
一方の宮城県内でも他人事ではない現状が明らかになっている。危険なブロック塀はむしろ増加しているというのである。要は、鉄筋が入っていても、年月の経過と共にその鉄筋が劣化してくる他、先の東日本大震災で強度が低下しているブロック塀も多数あるというのである。元々ブロック塀の耐用年数はおよそ30年とされる。41年前の悲劇を繰り返さないためには、30年サイクルで建て替えるか、それが無理なら高槻市のように撤去を進めていくことが必要である。
「繰り返されない」ためのアクション
「3.11不忘の碑」に刻まれている文言の中には、「若林区役所の職員として地域のために共に働き、そして津波から一人でも多くの住民を守るために命をかけられたことを忘れずに、また、あってはならないこの悲しみが二度と繰り返されないことを強く願い、この碑を建立します」とある。
弟のことを忘れずに、８年３カ月を経てこうした碑を建ててくれたことは兄として率直にありがたいことである。そして、「二度と繰り返されないことを強く願」ってこの碑が建てられたことにも共感できる。
もちろん、二度と繰り返されないことを「強く願う」だけでなく、そのための具体的なアクションが必要であることは言うまでもない。その点でも、仙台市は既に様々なアクションを起こしている。「国連防災世界会議」の誘致と「仙台防災枠組2015-2030」の採択、スイスの防災ダボス会議と連携した２年に一度の「世界防災フォーラム」の開催、毎年３月の「仙台防災未来フォーラム」の開催、「防災環境都市・仙台」を合言葉とした防災環境都市づくりへの取り組みなど、震災の教訓を忘れず、考え、発信・実践していくための取り組みが様々に進められている。
そうした公の取り組みだけではない。仙台市職員による自主勉強会「Team Sendai（チーム仙台）」は、東日本大震災における体験の記録と伝承に取り組んでいる。その手法も多彩で、震災の対応に当たった本人から話を聞く「語り部の会」を開いたり、そうして聞き取った体験談を震災後に入庁した職員に朗読させてその教訓を共有したり、市職員が震災で判断に迷った体験を災害時の行動を選択させる防災カードゲーム「クロスロード」の仙台編を作成する際に取り入れたり、とあの手この手で震災における体験を残し、伝える活動を行っているのである。こうした取り組みが職員の間で自主的に現在に至るまで続けられていることも特筆に値すると言える。
自分の命を守ることを最優先に
今、私が危機感を覚えていることがある。東日本大震災ほどの巨大な地震に遭遇したからか、次に大きな地震が起こるにしても、それはここではないどこか他の地域で起こるに違いない、というように思っている人が結構多くいるように感じられることである。これは極めて危険な考え方である。油断と言ってもいい。地震調査研究推進本部の地震調査委員会が公表した「長期評価による地震発生確率値」によれば、宮城県沖でM7.0から7.5程度の地震が起こる確率は今後30年以内で実に90パーセント程度とされているのである。M8.6から9.0のいわば今回の東日本大震災に近い規模の巨大地震の起こる確率も30年以内に30パーセント程度ある。
宮城県沖地震の平均発生間隔は38年である。しかし、これはあくまでも平均値であって、ちょっと調べれば分かることだが、前の地震と次の地震の間が５、６年しか空いていないこともあった。先の震災から既に８年３カ月である。既にいつ次の地震が起こってもおかしくない時期に差し掛かっているのである。決して他人事ではない。再びこの地に地震が起こることは間違いのないことなのである。ゆめゆめ備えを怠ってはならない。
慰霊碑の除幕式の後、区長の白川さんとしばしお話したが、その中で印象的なエピソードがあった。区役所での防災訓練の際、職員は様々なミッションを課せられる。そのミッションを決められた時間内に完了できませんでした、と報告してくる職員に対して、白川さんは「完全に終えられなくてもいいから、とにかく時間内に帰ってくることを最優先して」と強くアドバイスしている、というのである。これは非常に、この上なく重要なことである。弟と先輩は、あの日、住民の避難が完了しなかったがために、あの場所に留まって、最後まで避難を呼び掛け続けて津波に飲まれたのである。責任感の強い職員ほど、課せられた任務を最後まで完璧にこなそうとするに違いない。しかし、そのために自分の身まで犠牲にしてはならないのである。
同行した私の母親も、白川さんに「職員の皆さんはまず自分の命を守ることを最優先してほしい。生きていればこそ、その後も長く住民の助けとなれるのだから」と強調していた。我が母ながら実にいいことを言う。まさにその通りである。
「3.11不忘の碑」は、若林区役所の南側にある庭園の一角に設置されている。区役所に足を運んだ際には、ちらっとでも見てみていただければ幸いである。
2019年06月28日
８回目の３月11日（「東北復興」紙への寄稿原稿）〜私的東北論その119
「東北復興」紙の第82号が３月16日に刊行された。毎年この３月に出る号には震災関連の記事を寄稿しているが、そうすると３月11日くらいになってから入稿することもしばしばである。それでも16日の刊行に間に合わせてくださる砂越編集長には頭が上がらない。
今回も「８回目の３月11日」と題して、３月10日に開催された「仙台防災未来フォーラム」の話題と、翌11日の仙台市若林区荒浜の様子を紹介した。このうち、荒浜の様子については、このブログの３月11日付の記事とほぼ同じ内容であるので、前半の「仙台防災未来フォーラム」の話題についてのみ、ここに再掲する。
８回目の３月11日
仙台防災未来フォーラムの意義 震災から丸８年となる前日の３月10日、仙台国際センターで「仙台防災未来フォーラム2019」が開催された。４年前に国連世界防災会議が仙台で開催され、「仙台防災枠組」が採択されたが、それを契機にその翌年から年に一度、東日本大震災の経験や教訓を今後の防災につなげるために開催されている仙台市主催のイベントである。
今回は防災に携わる74団体が出展し、市民など4,000人超の参加があったそうで、震災から８年が経とうとしているこの時期でもそれだけの参加があるというのはいいことだと思う。今年は「しまじろうスペシャルステージ」など子ども向けの企画もいくつかあって、親子連れもたくさん参加していた。震災から８年が経過して、震災後に生まれた、震災を体験していない子どもたちが年々増えている中、このような子ども向け企画を充実させていくのは防災教育の上でとてもいい試みであると思う。
しまじろう、グッジョブ！である。
震災復興をどう考えるか
東北大学災害科学国際研究所主催の連携シンポジウム「震災８年シンポジウム〜東日本大震災教訓の共有と継承を考える〜」では、2004年のインド洋大津波被災地、インドネシアのアチェの復興も参考にしながら東北の復興を考えるという興味深い企画であった。アチェはまさに震災復興の先輩であり、私もかつて自分のブログでそのことを書いたことがある。
シンポジウムでは、仙台の復興公営住宅での社会的孤立と、アチェの個人の力ではなく家族の力を活かした再建が対比されていました。一方で、日本はそうした家族や地域のしがらみから離れて一人でも生きていける社会を追求してきた結果として現在があるという実情があり、であればだからこそできることを考え、よい点を伸ばすべきとの意見もあった。
各シンポジストの言葉で印象に残った言葉は以下のようなものであった。
西芳実氏（京都大学東南アジア地域研究研究所准教授）
・大文字の復興（共通の目標）と小文字の復興（個別の目標）がある。
・復興だけを考えるのではなく、被災前からの課題に着目し、災害に限定せず災害後を考えることが必要。
本江正茂氏（東北大学大学院工学研究科准教授）
・復興に深刻になりすぎない方がいい。語るトーンを優しく、違う角度からも見てみる。面白がってやる。
マリ・エリザベス氏（東北大学災害科学国際研究所情報管理・社会連携部門准教授）
・復興と防災を一緒に考えるべき。復興には終わりはない。笠原豊氏（東北放送報道部ディレクター）
・冷静に考え、検証する段階に来ている。その部分でメディアと研究者の連携は重要。 他のセッションのうち、AiNest（アイネスト）主催の「健康寿命を延ばして災害弱者を減らすまちづくり」では、地域の防災力を高めるに、自分で判断・行動できる「災害弱者にならない事前対応」が望まれるとして、高齢者の健康寿命を延伸し、災害弱者を減らすまちづくりの事例が紹介された。
東北大学工学研究科フィールドデザインセンターとＮＴＴサービスエボリューション研究所による「ステルス防災：防災・減災の行動を日常にインストールする」では、普段後手に回りがちな防災を、日常の負担を軽減、あるいは日常の中に織り込まれたような形で提供される試みについて提案された。そのネーミングと共に興味深い取り組みであった。
東北福祉大学主催の「障がいと地域防災−情報提供・支援のあり方とは−」では、障がい者が積極的に周囲と関係性を構築することによって、災害発生時に支援される側から支援する側に回る可能性について言及されたことが印象的であった。
（※以下の内容は本ブログ2019年３月11日の記事を参照）
2019年05月16日
「記憶の記録プロジェクト『田』」の５年間の活動〜私的東北論その118
主に仙塩地区の医療介護福祉職の人たちによる任意の集まりである「夜考虫。」の中に、医療介護福祉関係の方々の震災に関する記憶を記録して発信するプロジェクトである「記憶の記録プロジェクト『田』」がある。私も４人いるそのメンバーの一人として活動を続けてきたが、早いもので2014年の活動開始から丸５年となった。これまで毎年、年度末に活動報告書を作成してきたが、今回は５年の区切りということで、これまでの５年間の活動報告書をまとめ、加筆などもしてみた。こうして振り返ってみると、本当にたくさんの人にお話を聞かせていただいたことを改めて実感する。その情報を埋もれさせることなく広く世に発信していくことが、聞かせていただいた者の責務だと思うので、今後も機会ある毎に震災に関する情報を伝え続けていくつもりである。
まずは一区切りとしてこの５年間の活動報告書を公表すると共に、追ってこれまでお話を聞かせていただいた方々にも個別にお送りする予定である。これからの５年間に向けて今年も、できる範囲でではあるが、活動を続けていこうと思う。
なお、活動報告書は上の画像をクリックしていただくか、ここをクリックしていただくと表示される（はずである）。
2019年03月11日
震災から８年〜私的東北論その115
あの日から８年である。
８回目の３月11日は、朝から強い風と雨。
この８年で雨の日は初めてだろう。
あの日、地震に追い打ちをかけるように雪まで降ってきたことを思い出す。
８年経っても、この日だけはいつもと違う心持ちになる。
心の中が何となくざわついているような、何か胸に引っかかるものがあるような、何とも落ち着かない気分である。
その傾向は地震発生時刻の14時46分に向けて強くなるような気がするので、とても平気な顔して仕事を続ける気にもなれず、毎年この日は午後休みを取って、弟の最期の場所、仙台市の沿岸、荒浜に足を運んでいる。
今年もまず、弟がいた若林区役所を訪れる。
献花場は、昨年から近くの若林区文化センターに移されたので、そちらに行って献花する。
会場では仙台市の追悼式も開催されようとしているところだったが、出る気にはならず、今年もあの日弟が通ったであろう道を自転車で一路荒浜に向かった。
今年は雨風が強かったためか、例年より随分人は少なかったが、それでも旧浄土寺の慰霊碑の前や荒浜慈聖観音の前では、一心に手を合わせる人の姿があった。
大津波でほとんどが倒れてしまった松林、少しずつ新たに植林が進んでいた。
何十年後か、またこの海沿いに見事な林が復活することだろう。
防潮堤に登って見下ろすこの日の海は、強い風を受けて大きな波が打ち寄せていたが、はるか向こうで波しぶきが立っているだけで、あの日この防潮堤を易々と超えていった大津波とは比べるべくもない。
この地に大津波が押し寄せた15時54分に合わせて、今年も弟の遺体が見つかった南長沼に赴いて手を合わせる。
これで何がどうなるということでもないが、今や自分の中では毎年の恒例行事である。
帰りに、霞目にある「浪分神社」に寄る。
江戸時代にこの地を襲った大津波が、ここで南北に分かれたと伝えられている。
つまり、過去の津波到達地点を示す神社であり、実際今回の地震でもこの神社の近くまで津波が押し寄せたが、この神社の津波に関わる伝承は残念ながら広く伝わってはいなかったそうである。
どんな教訓も、伝わらなければ意味がない。
今回の地震の教訓も、伝える努力を続けなければいけないと改めて思った。
などと振り返りながら、家に帰ってお気に入りのビールを飲む。
震災以来、この日はどんなイベントがあろうと、誰からお誘いがあろうと、家に帰ってあの日を思い起こしながら飲んでいる。
つまみは必ず、子どもの頃、弟とおやつに食べてたやきとりの缶詰である。
二人とも特に皮のついたところが大好きで、でもケンカせずに仲良く分け合って食べてたことを覚えている。
今年は昔二人の憧れだった大きな缶が手に入らなかったので、小さい缶を４段重ねである。
こうして飲み食いできるのも、生きていればこそ。今日生きていられることに感謝しつつ、もしまた明日が来てくれたなら、またいつもの一日を送りたいと思う。
2018年03月11日
私的東北論その106〜震災から７年の仙台・荒浜
今年も３月11日がやってきた。震災発生から７年。今年も新聞各紙が一面で伝え、NHK、民放各社とも特別番組を企画するなど、忘れずに取り上げてくれるのはありがたいことである。仙台の街中にいると、震災の爪跡を見つけることはもうほとんどないが、それでもやはりこの日だけは毎年、普段とは違った心持ちになる。
今年も出発点は若林区役所である。今日は日曜日ということで閉庁日だったが、献花台は今年も設けられ、人がひっきりなしにやってきていた。ここでこうして手を合わせている人、一人ひとりにきっと失われた大切な命があったのだと思うと、改めてこの震災の大きさに思い至る。
若林区役所を出て一路東に向かい、沿岸の荒浜を目指す。震災直後、「海岸で200〜300人の遺体が見つかる」などとショッキングに報じられた地区である。あの報道は実は誤報だったが、かなり後まで繰り返し報じられ続けた。
あの日、津波からの避難を地区住民に呼び掛けるべく、弟が公用車に乗って辿ったであろう道を走る。今日は南東の風が強く、自転車がなかなか前に進まない。冬の時期、いつもは北西の強くて冷たい風が吹く。南東の風は春の風のはずだが、全く暖かさは感じない。冬の冷たさのままの風である。
荒浜に行く途中、仙台市地下鉄東西線の東の終点、荒井駅に寄り道する。ここには２年前の２月、「せんだい3.11メモリアル交流館」が開設された。交流スぺ―ス、展示室などからなる施設で、震災やこの地域に関する各種情報を発信していくことを目的につくられた。昨年６月には来場者が10万人に達したとのことである。
荒浜に向かう道は今年も渋滞していた。荒浜地区一帯は震災後、災害危険区域となり、人が住むことのできない地域となった。他の地域への移住を余儀なくされた元住民の人たちがこの日は皆、ここに集まってくる。今年も地区唯一の寺院、浄土寺ではこの地区で亡くなった人のための追悼法要が営まれた。また、海岸近くに立つ「荒浜慈聖観音」には今年も焼香所が設けられ、たくさんの人が焼香していた。
防潮堤に登って海を見下ろす人、海岸に下りて海を見る人もたくさんいた。今日は風が強く、消波ブロックに打ち付ける波はいつもより高かった。しかし、あの日ここに押し寄せた大津波はこのようなものではなかった。震災前よりも高さが増した7.2ｍの高さの防潮堤すら超える、平野部を襲った津波としては世界最大級という、およそ10ｍの高さの津波。上空から撮影された映像はあるが、地上にいてあの日、その大津波がどのように見えたのか、ここでこうして海を見ていても想像することすら難しい。
そして、午後２時46分。地震発生の時刻である。サイレンが鳴ったり、放送があったりしたわけではないが、手元の時計を見て海に向かって手を合わせた。他の人も皆、同じように手を合わせていた。
地区にある仙台市立荒浜小学校。地区が災害危険区域に指定されたことで閉校となったが、震災遺構として保存されることになり、昨年４月から校舎内が開放されている。校舎の１階は被災当時の状態がそのまま残されている。２階にあるひしゃげたフェンスもそのままで津波の大きさと破壊力が想像できる。地震発生からここに避難した住民が救助されるまでの経過、荒浜地区の歴史や文化などがパネルなどで紹介されている。昨年末までの８カ月でおよそ６万人がここを訪れたとのことである。
仙台平野の一部で延々と平地が広がるこの地域には、津波発生時に避難できる高台が存在しない。あの日大津波に遭遇した住民が避難できる場所はこの荒浜小学校のみであった。小学校の児童、地域住民ら約320名がここに避難して難を逃れたが、一方で192名が津波に飲まれて亡くなった。仙台市の沿岸はどこもこの荒浜地区のように高台が存在しない。そこで仙台市では津波避難施設を沿岸に13カ所整備した。いざという時にはそこに避難することができるようになった。この荒浜小学校も、津波避難施設を兼ねている。
今年も荒浜小学校では、荒浜を拠点に「繋がりが失われた街に、もう一度笑顔や思いを共有するプロジェクト」である「HOPE FOR PROJECT」が、花の種を入れた風船を空に飛ばすイベントを行っていた。震災から７年が経って、このイベントもすっかり３月11日の荒浜の風物詩として定着した感がある。
私にとっては、午後２時46分よりも午後３時54分の方が重要である。午後３時54分は、この地区に大津波が押し寄せた時刻である。この時刻については、弟と同様にこの地区で避難呼び掛けをしていた若林消防署荒浜航空分署の署員の方の証言で明らかになっている。この時刻に合わせて、南長沼に行ってみる。この地区の方々の遺体の大部分は、自衛隊や消防、警察による懸命の捜索の結果、ここで見つかった。決して２、300人もの遺体が震災当日に海岸で見つかったというような状況ではなかったのである。
だいぶ埋め立てられて以前より小さくなってしまったが、それでもまだ水鳥が羽を休めるくらいのスペースはある。沼越しに望む海岸沿い、防風林として植えられていた松は、いまだ櫛の歯が欠けたような状態のままである。様々な団体が植林を続けているが、再生にはまだまだ時間が必要である。
人口100万人を抱える大都市がこれだけの大津波に襲われた事例は、世界的に見ても稀だと思われる。この未曽有の災害から得た知見を発信することは、日本のみならず世界の都市防災にとっても大いに有意義なことである。その意味では、「せんだい3.11メモリアル交流館」や荒浜小学校を多くの人が訪れていることは、そうした情報発信がある程度うまくいっている一例と言えるのではないだろうか。９日には３回目となる「仙台防災未来フォーラム」も開催された。
よく言われる「風化」をさせないために、こうした不断の情報発信に勝る方策はないと考える。もちろん、それは自治体やメディアがやればよいというのではなく、震災を経験した我々一人ひとりが考えていくべきことである。
今年も出発点は若林区役所である。今日は日曜日ということで閉庁日だったが、献花台は今年も設けられ、人がひっきりなしにやってきていた。ここでこうして手を合わせている人、一人ひとりにきっと失われた大切な命があったのだと思うと、改めてこの震災の大きさに思い至る。
若林区役所を出て一路東に向かい、沿岸の荒浜を目指す。震災直後、「海岸で200〜300人の遺体が見つかる」などとショッキングに報じられた地区である。あの報道は実は誤報だったが、かなり後まで繰り返し報じられ続けた。
あの日、津波からの避難を地区住民に呼び掛けるべく、弟が公用車に乗って辿ったであろう道を走る。今日は南東の風が強く、自転車がなかなか前に進まない。冬の時期、いつもは北西の強くて冷たい風が吹く。南東の風は春の風のはずだが、全く暖かさは感じない。冬の冷たさのままの風である。
荒浜に行く途中、仙台市地下鉄東西線の東の終点、荒井駅に寄り道する。ここには２年前の２月、「せんだい3.11メモリアル交流館」が開設された。交流スぺ―ス、展示室などからなる施設で、震災やこの地域に関する各種情報を発信していくことを目的につくられた。昨年６月には来場者が10万人に達したとのことである。
荒浜に向かう道は今年も渋滞していた。荒浜地区一帯は震災後、災害危険区域となり、人が住むことのできない地域となった。他の地域への移住を余儀なくされた元住民の人たちがこの日は皆、ここに集まってくる。今年も地区唯一の寺院、浄土寺ではこの地区で亡くなった人のための追悼法要が営まれた。また、海岸近くに立つ「荒浜慈聖観音」には今年も焼香所が設けられ、たくさんの人が焼香していた。
防潮堤に登って海を見下ろす人、海岸に下りて海を見る人もたくさんいた。今日は風が強く、消波ブロックに打ち付ける波はいつもより高かった。しかし、あの日ここに押し寄せた大津波はこのようなものではなかった。震災前よりも高さが増した7.2ｍの高さの防潮堤すら超える、平野部を襲った津波としては世界最大級という、およそ10ｍの高さの津波。上空から撮影された映像はあるが、地上にいてあの日、その大津波がどのように見えたのか、ここでこうして海を見ていても想像することすら難しい。
そして、午後２時46分。地震発生の時刻である。サイレンが鳴ったり、放送があったりしたわけではないが、手元の時計を見て海に向かって手を合わせた。他の人も皆、同じように手を合わせていた。
地区にある仙台市立荒浜小学校。地区が災害危険区域に指定されたことで閉校となったが、震災遺構として保存されることになり、昨年４月から校舎内が開放されている。校舎の１階は被災当時の状態がそのまま残されている。２階にあるひしゃげたフェンスもそのままで津波の大きさと破壊力が想像できる。地震発生からここに避難した住民が救助されるまでの経過、荒浜地区の歴史や文化などがパネルなどで紹介されている。昨年末までの８カ月でおよそ６万人がここを訪れたとのことである。
仙台平野の一部で延々と平地が広がるこの地域には、津波発生時に避難できる高台が存在しない。あの日大津波に遭遇した住民が避難できる場所はこの荒浜小学校のみであった。小学校の児童、地域住民ら約320名がここに避難して難を逃れたが、一方で192名が津波に飲まれて亡くなった。仙台市の沿岸はどこもこの荒浜地区のように高台が存在しない。そこで仙台市では津波避難施設を沿岸に13カ所整備した。いざという時にはそこに避難することができるようになった。この荒浜小学校も、津波避難施設を兼ねている。
今年も荒浜小学校では、荒浜を拠点に「繋がりが失われた街に、もう一度笑顔や思いを共有するプロジェクト」である「HOPE FOR PROJECT」が、花の種を入れた風船を空に飛ばすイベントを行っていた。震災から７年が経って、このイベントもすっかり３月11日の荒浜の風物詩として定着した感がある。
私にとっては、午後２時46分よりも午後３時54分の方が重要である。午後３時54分は、この地区に大津波が押し寄せた時刻である。この時刻については、弟と同様にこの地区で避難呼び掛けをしていた若林消防署荒浜航空分署の署員の方の証言で明らかになっている。この時刻に合わせて、南長沼に行ってみる。この地区の方々の遺体の大部分は、自衛隊や消防、警察による懸命の捜索の結果、ここで見つかった。決して２、300人もの遺体が震災当日に海岸で見つかったというような状況ではなかったのである。
だいぶ埋め立てられて以前より小さくなってしまったが、それでもまだ水鳥が羽を休めるくらいのスペースはある。沼越しに望む海岸沿い、防風林として植えられていた松は、いまだ櫛の歯が欠けたような状態のままである。様々な団体が植林を続けているが、再生にはまだまだ時間が必要である。
人口100万人を抱える大都市がこれだけの大津波に襲われた事例は、世界的に見ても稀だと思われる。この未曽有の災害から得た知見を発信することは、日本のみならず世界の都市防災にとっても大いに有意義なことである。その意味では、「せんだい3.11メモリアル交流館」や荒浜小学校を多くの人が訪れていることは、そうした情報発信がある程度うまくいっている一例と言えるのではないだろうか。９日には３回目となる「仙台防災未来フォーラム」も開催された。
よく言われる「風化」をさせないために、こうした不断の情報発信に勝る方策はないと考える。もちろん、それは自治体やメディアがやればよいというのではなく、震災を経験した我々一人ひとりが考えていくべきことである。
2017年08月02日
私的東北論その97〜「東北でよかった」（「東北復興」紙への寄稿原稿）
「東北復興」紙、今年の５月16日に刊行された分で60号に達した。月刊なので足掛け５年ちょうどである。この間、ひと月も休まずに同紙を刊行し続けた砂越豊氏には心から敬意を評したい。５年を一区切りとして完結させる考えもあったようであるが、東北の復興が今に至っても道半ばであることもあって、さらに続ける決意を固められた。
バックナンバーを見てみると、その時々で課題となっていたことが的確に取り上げられている。その意味で、同紙は東北の復興に関しての貴重な記録の一つである。今後の展開にも期待したい。
さて、その記念すべき５周年、60回目の原稿は例のアレについてであった。以下がその全文である。
「東北でよかった」
バックナンバーを見てみると、その時々で課題となっていたことが的確に取り上げられている。その意味で、同紙は東北の復興に関しての貴重な記録の一つである。今後の展開にも期待したい。
さて、その記念すべき５周年、60回目の原稿は例のアレについてであった。以下がその全文である。
「東北でよかった」
「あっちの方だったからよかった」
今村雅弘氏が復興大臣を辞任した。自身が所属する派閥のパーティーでの講演の中で、「また社会資本等の毀損も、いろんな勘定の仕方がございますが、25兆円という数字もあります。これはまだ東北でですね、あっちの方だったから良かった。これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大なですね、甚大な被害があったというふうに思っております」と発言したことがきっかけとなった。
恐らく、被災地が東北だったからこれくらいの被害額で済んだのであって、これが首都圏だったらこんなものでは済まないはずだ、ということを言いたかったのだろう。ただ、それにしても、「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」はいかにも余計である。災害が起きたのがどこだったからよかった、どこだったらよくないということはない。どこであっても、災害が起きてよかったということはない。
そして、もう一つ、「あっちの方」という言葉である。むしろ、この言葉の方に今村氏の東北に対するスタンスが表れているのではないかと思った。東北は「あっちの方」、つまり「こっち」じゃない。どこか遠いところ。自分のいる場所とは違うところ。東北に対するそのような今村氏の認識が感じられる。
今村氏は、「総理からの御指示や内閣の基本方針を踏まえ、現場主義を徹底し、被災者に寄り添い、司令塔の役割を果たしつつ、被災地の復興に全力を尽くしてまいる決意であります」と就任時の記者会見で述べている。「被災者に寄り添って」と言うが、自分だけ被災者と違うところに身を置いていて、どうやって寄り添うつもりだったのだろう。
前復興大臣が東北の復興に対して、全く無関心であったとは思わない。福島の企業を訪問した時にもらったアニメ柄のネクタイを、「風評対策を含めて、とにかく地元のいろいろ企業を元気にしようという思いで」締めてきたと語っているし、辞任の前日には岩手の三陸鉄道の「三鉄オーナー」にもなっている。ちなみにこれは、岩手県へのふるさと納税「ふるさと岩手応援寄付」で三陸鉄道への支援のために10万円以上寄付した人のことで、「オーナー」は今村氏が５人目であった。JR九州出身の同氏らしい復興支援と言えた。
ただ、残念ながら、ご自分の発する言葉に対する感度がそれほど高くない方だったのかもしれない。講演後の記者とのやり取りでも、この発言の何が悪かったのか全く分かっていない様子であった。そこの感度は、今村氏の発言についてその後にすぐさま謝罪した安倍首相とは対照的であった。安倍首相は、「まず冒頭ですね、安倍内閣の今村復興大臣の講演の中におきまして、東北の方々を傷つける、極めて不適切な発言がございましたので、総理大臣としてまずもって、冒頭におわびをさせていただきたいと思う次第でございます」と述べた。恐らくその時点で、「この発言はかばい切れない」と思ったのだろう。
「東北でよかった」の劇的転換
さて、そのような今村氏の「東北でよかった」発言とその後の辞表提出を受けて、私はfacebookに、「生まれ、育って、今も生活している場所が『東北でよかった』と、心底私は思ってます。前復興大臣も一度住んでみたらいいと思う。ホントいいところなんだから。(^▽^)」と投稿した。日が変わって４月26日の０時59分のことだった。普段、飲み食いした店の話や参加した会合の模様を発信するのがほとんどの私の投稿の中では、異例な感じの投稿だったが、お蔭様でいつもの倍以上の「いいね！」やたくさんのコメントをいただいた。
私の友人も同様に、「僕は生まれたのが『東北で良かった』。音楽を学んだのも『東北で良かった』。僕の街もステキな街だし、死ぬまで東北に住んでいたいゼ。東北の田舎の人たちだから助け合えたし乗り越えられた。東北『が』良かったって言い間違えたんじゃないかな？まあ、関東の爺様の言うことにいちいち腹は立てない。この機会に、みんな東北一度は来て見て。」と投稿していた。
一夜明けて、私のそのfacebookの投稿へのコメントで、ツイッターのハッシュタグで「#東北でよかった」がすごいことになっていることを教えてもらった。見てみるとそこには予想だにしなかった投稿が並んでいた。東北の美しい景色や美味しい食べ物の画像、心に残るエピソードなどが、「#東北でよかった」のハッシュタグと共に大量に投稿されていたのである。
どうやら、最初のうちはやはりこの「#東北でよかった」のハッシュタグは、今村氏の発言を批判、非難するものばかりであったらしい。ところがその後、この「#東北でよかった」が、まさに「東北でよかった」という意味で投稿されるように変わり、その意味での投稿が圧倒的な数に上ったのである。なんという鮮やかかつ素敵な切り返しだろう。様々な画像に添えられていたメッセージも印象的なものが多かった。
「#東北でよかった 生まれた場所が」
「#東北でよかった ボクらのふるさとが」
「綺麗な景色 優しい人達 旨い飯…(酒…) 生まれた場所が #東北でよかった」
「私の大好きな、愛すべき地方が #東北でよかった」
「2008年から、震災を経て、2014年まで住んだ宮城・仙台は、私にとって第二の故郷。心から #東北で良かった」
「故郷を離れても忘れない。あの町で育ってよかった。#東北でよかった」
「生まれも育ちも、良かったと思える場所だよ。ご飯が美味しい、素朴な人々、のどかな景色。これだけで東北でよかった、なんだよ いいとこだよ、東北」
「震災後、東北に5回旅行しました。福島、宮城、山形、青森の地元の人たちはいつもあたたかくみんな親切で、東北に遊びに行って良かったなあと思っています。まだ訪れていない所へも旅しようと思います」
「初めて鉄道目的の旅行で、迷った時、優しいおばあちゃんに教えてもらいました。 あの時のことは忘れられない」
「かなしみも よろこびも すべてつつんでくれる #東北でよかった」
「みんな！ #東北でよかった ってのは、こういうことを言うんだってことを教えてやろうぜ！」
「失言で終わらせないのは確かにいいな。というわけで、去年の仙台七夕。夏は東北各地で祭りが開催されます。おいでよ東北」
「このハッシュタグがいい意味で使われてトレンドに上がっているのが東北民としては嬉しい。」
「これぞ東北の心意気」
「生まれた場所が #東北でよかった こんなにも強い仲間がいる。おいでよしてる仲間がいる」
「#東北でよかった のタグが素敵な写真でいっぱいで、本当に東北は良いなと思いました」
「ひどい言葉を言われても、ひどい言葉で返さないで、何言ってんの、私たちの住む地の素晴らしさを知ってよって、みんなが笑う、そんな東北でよかった」
東北に住む人、東北に縁のある人、東北に心を寄せてくれている人によるこれらの投稿、本当に素晴らしいとしか言いようがない。
さて、そのような今村氏の「東北でよかった」発言とその後の辞表提出を受けて、私はfacebookに、「生まれ、育って、今も生活している場所が『東北でよかった』と、心底私は思ってます。前復興大臣も一度住んでみたらいいと思う。ホントいいところなんだから。(^▽^)」と投稿した。日が変わって４月26日の０時59分のことだった。普段、飲み食いした店の話や参加した会合の模様を発信するのがほとんどの私の投稿の中では、異例な感じの投稿だったが、お蔭様でいつもの倍以上の「いいね！」やたくさんのコメントをいただいた。
私の友人も同様に、「僕は生まれたのが『東北で良かった』。音楽を学んだのも『東北で良かった』。僕の街もステキな街だし、死ぬまで東北に住んでいたいゼ。東北の田舎の人たちだから助け合えたし乗り越えられた。東北『が』良かったって言い間違えたんじゃないかな？まあ、関東の爺様の言うことにいちいち腹は立てない。この機会に、みんな東北一度は来て見て。」と投稿していた。
一夜明けて、私のそのfacebookの投稿へのコメントで、ツイッターのハッシュタグで「#東北でよかった」がすごいことになっていることを教えてもらった。見てみるとそこには予想だにしなかった投稿が並んでいた。東北の美しい景色や美味しい食べ物の画像、心に残るエピソードなどが、「#東北でよかった」のハッシュタグと共に大量に投稿されていたのである。
どうやら、最初のうちはやはりこの「#東北でよかった」のハッシュタグは、今村氏の発言を批判、非難するものばかりであったらしい。ところがその後、この「#東北でよかった」が、まさに「東北でよかった」という意味で投稿されるように変わり、その意味での投稿が圧倒的な数に上ったのである。なんという鮮やかかつ素敵な切り返しだろう。様々な画像に添えられていたメッセージも印象的なものが多かった。
「#東北でよかった 生まれた場所が」
「#東北でよかった ボクらのふるさとが」
「綺麗な景色 優しい人達 旨い飯…(酒…) 生まれた場所が #東北でよかった」
「私の大好きな、愛すべき地方が #東北でよかった」
「2008年から、震災を経て、2014年まで住んだ宮城・仙台は、私にとって第二の故郷。心から #東北で良かった」
「故郷を離れても忘れない。あの町で育ってよかった。#東北でよかった」
「生まれも育ちも、良かったと思える場所だよ。ご飯が美味しい、素朴な人々、のどかな景色。これだけで東北でよかった、なんだよ いいとこだよ、東北」
「震災後、東北に5回旅行しました。福島、宮城、山形、青森の地元の人たちはいつもあたたかくみんな親切で、東北に遊びに行って良かったなあと思っています。まだ訪れていない所へも旅しようと思います」
「初めて鉄道目的の旅行で、迷った時、優しいおばあちゃんに教えてもらいました。 あの時のことは忘れられない」
「かなしみも よろこびも すべてつつんでくれる #東北でよかった」
「みんな！ #東北でよかった ってのは、こういうことを言うんだってことを教えてやろうぜ！」
「失言で終わらせないのは確かにいいな。というわけで、去年の仙台七夕。夏は東北各地で祭りが開催されます。おいでよ東北」
「このハッシュタグがいい意味で使われてトレンドに上がっているのが東北民としては嬉しい。」
「これぞ東北の心意気」
「生まれた場所が #東北でよかった こんなにも強い仲間がいる。おいでよしてる仲間がいる」
「#東北でよかった のタグが素敵な写真でいっぱいで、本当に東北は良いなと思いました」
「ひどい言葉を言われても、ひどい言葉で返さないで、何言ってんの、私たちの住む地の素晴らしさを知ってよって、みんなが笑う、そんな東北でよかった」
東北に住む人、東北に縁のある人、東北に心を寄せてくれている人によるこれらの投稿、本当に素晴らしいとしか言いようがない。
復興大臣が今村氏でよかった
そしてまた、これらの東北に関係する人たちによる投稿を見た人たちからも、好意的なコメントがものすごい数投稿されていた。曰く、
「なんて強くて綺麗なタグ…」
「このタグ、なんとなく見てみたら『東北本当にいいところだよ！東北に生まれて良かった！東北に行って良かった！』的なツイートで溢れてたから世界は本当に美しいなおい！ってなった」
「こういう失言を明るく変えていく流れ好きです」
「愛にあふれたタグになっていた」
「すてきな使い方になっていて涙が出た」
「さっそく #東北で良かった という言葉の『良い東北を広げよう』としてるツイートを発見し、心打たれました…」
「みんな東北のハッシュタグが素敵な方に使ってていいなって思った」
「タグが素敵すぎる」
「不適切発言を裏返すこのタグには感動。震災を経験したからこその団結力」
「震災にも負けない人たちを見ることができた」
「このハッシュタグのお陰でほっこりした」
「美しい国。『よかった』って言葉はこう使うのだね。とても素敵な意味に変わってる、このハッシュタグ」
「ステキなタグになって本当に嬉しい 私 関西人だけど、さんさやはねこを踊った事があるんだわ」
「あぁなんて素敵なタグなんでしょう」
「なんだろうこのタグ…目から水滴が…」
「このタグ泣くよ… 東北は行ったことないけど絶対行きたい土地の一つ」
「変な意味を持ったタグを乗っ取ってオラが町自慢の幸せなタグに変えてしまう東北人の図々しさ大好き」
「失言が、＃をつけたことで郷土愛に変わった。失言する人がいる一方で、その失言を『東北の魅力を発信するハッシュタグ』にして、東北を盛り上げよう、応援しようとする人もいる。そんな国でよかった。こんなに泣けるハッシュタグは初めて」
このように、「東北でよかった」という言葉が、発せられた時の意味を離れて、一夜のうちに本来の意味を取り戻したことに対する驚きと称賛の声が溢れていた。
この「東北でよかった」、同時多発的に起こっているのが興味深い。私のfacebook投稿はこれらツイッターの投稿とは関係なく行ったものだし、友人のも恐らくそうだ。ツイッターだけではなく、インスタグラムでも同様に「#東北でよかった」のハッシュタグでの画像がものすごい数投稿されている。「東北でよかった」と思っている人がそれだけ多数いて、今村氏の発言が引き金となって、ネットに溢れ出たということだろう。
「東北でよかった」が「東北においでよ」につながっている投稿の多さも特筆に値する。私の投稿も友人の投稿も東北に来てみることを勧めているし、多くのツイッターの投稿も東北の素晴らしい景色や美味しそうな料理の画像を投稿して「東北においでよ」と投稿しているものが多い。
このように「東北でよかった」のハッシュタグで東北に来ることを勧めている東北人に対して、既に「おいでよ族」という称号（？）も与えられている。こんなツイートがあった。
「『東北で良かった』についた悲しいイメージを払拭するかのように、『#東北でよかった 』とタグ付けしてTLに流れる東北の生命力の強さを現す光景…… さすが、おいでよ族の民たち」
このツイートに対して、
「そう。我らはおいでよ族の民」
と返している人もいた。
この「おいでよ」という投稿の多さこそ、東北に住んでいる実に多くの人が、自分たちの住んでいる土地に対して愛着を持っていること、誇りを持っていること、心底いいところだと思っていることの何よりの現れであると思う。それが夥しい数の「東北ってこんなにいいところなんだよ、とにかく一度おいでよ」という投稿になっているのである。
最後に。今村氏のあの発言がなかったら、これら東北を巡る数多くの素晴らしい投稿もなかったわけである。誰も言わないが、私はあえて言おう。復興大臣が今村氏でよかった、と。
そしてまた、これらの東北に関係する人たちによる投稿を見た人たちからも、好意的なコメントがものすごい数投稿されていた。曰く、
「なんて強くて綺麗なタグ…」
「このタグ、なんとなく見てみたら『東北本当にいいところだよ！東北に生まれて良かった！東北に行って良かった！』的なツイートで溢れてたから世界は本当に美しいなおい！ってなった」
「こういう失言を明るく変えていく流れ好きです」
「愛にあふれたタグになっていた」
「すてきな使い方になっていて涙が出た」
「さっそく #東北で良かった という言葉の『良い東北を広げよう』としてるツイートを発見し、心打たれました…」
「みんな東北のハッシュタグが素敵な方に使ってていいなって思った」
「タグが素敵すぎる」
「不適切発言を裏返すこのタグには感動。震災を経験したからこその団結力」
「震災にも負けない人たちを見ることができた」
「このハッシュタグのお陰でほっこりした」
「美しい国。『よかった』って言葉はこう使うのだね。とても素敵な意味に変わってる、このハッシュタグ」
「ステキなタグになって本当に嬉しい 私 関西人だけど、さんさやはねこを踊った事があるんだわ」
「あぁなんて素敵なタグなんでしょう」
「なんだろうこのタグ…目から水滴が…」
「このタグ泣くよ… 東北は行ったことないけど絶対行きたい土地の一つ」
「変な意味を持ったタグを乗っ取ってオラが町自慢の幸せなタグに変えてしまう東北人の図々しさ大好き」
「失言が、＃をつけたことで郷土愛に変わった。失言する人がいる一方で、その失言を『東北の魅力を発信するハッシュタグ』にして、東北を盛り上げよう、応援しようとする人もいる。そんな国でよかった。こんなに泣けるハッシュタグは初めて」
このように、「東北でよかった」という言葉が、発せられた時の意味を離れて、一夜のうちに本来の意味を取り戻したことに対する驚きと称賛の声が溢れていた。
この「東北でよかった」、同時多発的に起こっているのが興味深い。私のfacebook投稿はこれらツイッターの投稿とは関係なく行ったものだし、友人のも恐らくそうだ。ツイッターだけではなく、インスタグラムでも同様に「#東北でよかった」のハッシュタグでの画像がものすごい数投稿されている。「東北でよかった」と思っている人がそれだけ多数いて、今村氏の発言が引き金となって、ネットに溢れ出たということだろう。
「東北でよかった」が「東北においでよ」につながっている投稿の多さも特筆に値する。私の投稿も友人の投稿も東北に来てみることを勧めているし、多くのツイッターの投稿も東北の素晴らしい景色や美味しそうな料理の画像を投稿して「東北においでよ」と投稿しているものが多い。
このように「東北でよかった」のハッシュタグで東北に来ることを勧めている東北人に対して、既に「おいでよ族」という称号（？）も与えられている。こんなツイートがあった。
「『東北で良かった』についた悲しいイメージを払拭するかのように、『#東北でよかった 』とタグ付けしてTLに流れる東北の生命力の強さを現す光景…… さすが、おいでよ族の民たち」
このツイートに対して、
「そう。我らはおいでよ族の民」
と返している人もいた。
この「おいでよ」という投稿の多さこそ、東北に住んでいる実に多くの人が、自分たちの住んでいる土地に対して愛着を持っていること、誇りを持っていること、心底いいところだと思っていることの何よりの現れであると思う。それが夥しい数の「東北ってこんなにいいところなんだよ、とにかく一度おいでよ」という投稿になっているのである。
最後に。今村氏のあの発言がなかったら、これら東北を巡る数多くの素晴らしい投稿もなかったわけである。誰も言わないが、私はあえて言おう。復興大臣が今村氏でよかった、と。
