会津若松市  

2013年09月27日

東北の歴史のミステリーその30〜なぜ会津は「仏都」になりえたのか

 大河ドラマで会津を舞台とした「八重の桜」が放映されている。その中では、明治維新前後に会津を襲った悲劇が克明に描かれているが、そうしたあまりに過酷な体験を経た後でも、会津は実に会津である。会津を訪れると、街の中の至る所で、東北の他のどこの地域にも似ていない、会津の佇まいを感じることができる。そしてそれは、会津の人たちがその地にそれまで受け継がれてきたものをいかに大切にしているかの現れであると言える。

 この会津らしさ、一般的にはまさにその明治維新の折に浮き彫りになった、江戸時代を通して受け継がれてきた会津藩の気風によるものと思われている。ところがどうもそうした会津の独自性は、実はもっと古くからあったもののように見える。そのことを特に平安時代の会津に焦点を当てて考えてみたい。

 東北で「仏都」と呼ぶのにふさわしい地域として岩手の平泉、並びにその周辺の北上川流域を挙げることに反対する人はほとんどいないと思われる。では、それに次ぐ地域はどこかと東北全域を見ていくと、会津はその最有力候補であることが分かる。東は猪苗代町から西は会津坂下町まで、国宝、重要文化財の仏像が今も多く残っている。JR東日本も、そうした「仏都」としての会津を前面に出した観光パンフレットを作成したりしている。

 どうして、平泉から遠く離れた会津が、このように平泉に次ぐ仏教が興隆した地域となりえたのだろうか、というのが私の最初の疑問だった。位置関係から考えて、奥州藤原氏の影響とはなかなか考えにくい。もし平泉から遠く離れた会津が、平泉の影響で多数の寺院が作られたというのなら、会津よりももっと平泉に近い地域にはさらに多くの寺院があってしかるべきである。奥州藤原氏の影響でないとすれば、その規模から考えて、奥州藤原氏に匹敵する実力者が会津にいたのだろうか、とも考えたが、そのような話は聞いたことがない。では、これらの貴重な仏像を有する寺院が多く集まる会津の成り立ちをどう考えたらよいのだろうか。

130908-100921 磐梯町に日寺跡という国指定の史跡がある。発掘調査の成果を踏まえて最近、中門と金堂が相次いで復元されて話題を呼んだ。今も休日や観光シーズンには多くの人が訪れている。この慧日寺、かつては会津地域一帯に大きな影響力を持った寺院であったらしい。元は平安時代初め、徳一の開基と伝えられる。徳一は法相宗の僧侶で、最澄や空海と仏教の教義を巡って論争を展開したことで知られる。ちなみに、徳一開基と伝えられる寺院は、北関東から福島、山形南部まで広く分布している。

 慧日寺はそうした徳一開基と伝えられる寺院の中でも特に規模が大きかったようで、東国の拠点寺院として、最盛期には寺僧300、僧兵数千、寺領18万石、子院3,800を数えたと伝えられる。慧日寺は会津一帯に広大な寺領を持ち、その勢力は極めて大きかった。この慧日寺の勢力下で、会津地域には多くの寺院が次々に建立されたようである。

 この時代の会津の「独立性」を物語る出来事があった。前九年の役と後三年の役の間の1080年、陸奥国司から朝廷に対してある提案がなされた。提案の内容は、会津は国司による監督が困難なので、陸奥国から切り離して別の国として独立させるべし、という驚くべきものであった。この提案は却下されたが、当時の会津を取り巻く状況が窺えるエピソードである。地方の豪族はおろか、国司さえも会津には介入できずにいたのである。後三年の役を経て奥州藤原氏が陸奥出羽二国の実権を掌握したと言っても、そのような会津に容易に影響力が及ぶとは考えられない状況だったわけである。会津は慧日寺の影響力の下、いわば外部からの干渉を受けない、半ば独立した地域だったのである。

 こうした会津の慧日寺勢力と連携した豪族もいた。越後に威勢を振るった城氏である(城氏については以前ここで触れた)。越後の阿賀野川流域にある荘園が城氏によって慧日寺領として寄進されたという記録もあり、また会津坂下町にある陣が峯城跡は城氏一族の居館だったと伝えられる。両者の関係は奥州藤原氏との関係とは比べ物にならないくらい緊密であったようである。

 源平合戦の最中の1181年、城長茂は平氏の命により木曽義仲追討の兵を挙げる。この時、城氏と連携していた慧日寺の浄丹坊(乗湛坊とも)は慧日寺の影響下にあった会津の4つの郡の兵3,000を率いて城氏に合流した。そして、城長茂と共に信濃の横田河原で木曽義仲と合戦した。しかし結局、城長茂は敗れ、浄丹坊は討死したとの記録が残っている。周知の通り、藤原秀衡は平氏からの要請を黙殺し、源氏追討の兵を挙げていない。こうしたことから見ても、奥州藤原氏の影響力は会津地域には及んでいなかったことが分かる。

 その後の会津を巡る動きが実に興味深い。木曽義仲に敗れた城氏は衰退して会津への影響力は低下し、慧日寺勢力も壊滅的な打撃を受けた。城長茂は本拠の越後を離れ、慧日寺の勢力下にある「会津の城」(先述の陣が峯城とも言われるが不明)に逃れようとした。ところが、そこに藤原秀衡は、郎従を遣わして城長茂一党を再び越後へと追い払い、会津を押領した、との記録が残っているのである。詳細は不明だが、城氏と秀衡の郎従との間で武力衝突もあったかもしれない。この記録から見ても、奥州藤原氏の影響力が会津にまで及ぶようになったのは、奥州藤原氏三代秀衡の時代の、それもかなり後の方であったことが窺える。これによって奥州藤原氏はようやく今の東北地方のほぼ全域に勢力を及ぼせることになったわけだが、もし慧日寺勢力が木曽義仲に敗れることがなかったとしたら、秀衡も会津には手を出せず、会津の「独立」はそのまま保たれたのではないかとも思われるのである。

 それにしてもつくづく、この会津の占める位置の重要性を思わずにはいられない。今でこそ会津は、東北新幹線、東北本線、東北自動車道といった東北と首都圏とを結ぶ幹線から外れた地域だが、それも言ってみれば明治以降の政策によるもので、古代から近世に至るまで、会津は交通の要衝の地であった。そもそも会津という地名の起こりが、崇神天皇の時代に諸国平定の任務を終えた四道将軍大毘古命と建沼河別命の親子が、この地で合流したことに由来すると言うが、これは「待ち合わせ」に好都合の場所だったからこその伝承であろう。

 慧日寺のある磐梯町とその隣にある猪苗代町にまたがる縄文時代の法正尻遺跡からは、東北南部を代表する大木式土器、それに関東地方の阿玉台式土器や東北地方北部の円筒土器と共通する土器、新潟に分布する馬高式土器に似た土器が出土しており、会津地域とその周辺の様々な地域との間に交流があったことが窺える。また、時代は下るが伊達政宗がこの地を領土としていた蘆名氏を破って会津を領土としたばかりか本拠を会津に移したこと、それ以後も蒲生氏郷、上杉景勝、加藤嘉明といった並み居る武将が入封し、最終的に会津松平家がこの地を治めたことも、会津の地政学的な重要性を物語っている。藤原秀衡による城氏駆逐の動きもこれらと同様の意味合いを持っていると言えるのではないだろうか。

 さて、その後の慧日寺である。源平合戦期の敗戦でその勢力は一時衰退するが、その後文治五年奥州合戦を経てこの地を治めることになった領主の庇護を受けるなどして伽藍の復興も進んだようである。しかし、1418年に金堂、僧坊などがことごとく焼亡、その後復興されたものの、先述の伊達政宗と蘆名氏の1589年の合戦の際の戦火で、再建された金堂を残して伽藍が全て焼失、その金堂も1626年に焼失したという。江戸時代に入り会津松平氏の保護を受けて再建されたが、かつての規模にはほど遠かったようである。結局会津は敗れて明治の世となり、慧日寺も1868年に発令された神仏分離令によって廃寺となった。そして、1872年の火災で再度金堂が焼失してしまった。その後、地元の復興運動が聞き入れられ、1904年に慧日寺は「恵日寺」として復興された。慧日寺跡に近い地に現在も恵日寺は存在している。こうして見てくるとこの慧日寺、会津の盛衰を物語る貴重な「生き証人」と言えるかもしれない。

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2009年08月12日

東北の食べ処その20〜会津若松市その2 もう一つの「ソウルフード」などなど

白孔雀食堂(会津若松市宮町10-37、TEL0242-27-2754、11:00〜15:30頃、月金曜定休)

 前回、喜多方市だけでなく会津若松市においてもラーメンは「ソウルフード」であると書いたが、会津若松市にはそれ以外にも「ソウルフード」と言える食べ物がある。それがソースカツ丼である。丼ご飯の上にキャベツの千切りを敷き、オリジナルの甘辛いソースを絡めた揚げたてのとんかつを載せたものである。

 以前書いたが、東北では岩手県一関市にもソースカツ丼がある。しかし、店の多さでは会津若松市の圧勝である。「伝統会津ソースカツ丼の会」に加盟している店だけでも23店ある。前回紹介した「いさみ」や「牛乳屋食堂」にもソースカツ丼がある。

 元祖と言われるのは昭和5年創業の若松食堂(会津若松市大町2-7-1、TEL0242-22-2284、10:00〜21:00、無休)だが、私のおススメはこの白孔雀食堂である。こちらも創業60年のソースカツ丼の「老舗」で、驚くのはそのカツの大きさである。丼にふたをされて出てくるのだが、その丼から大きくはみ出しており、そのボリュームは同じソースカツ丼の店でも他に類を見ない。もちろん、ただ大きいだけでなく、衣がサクサクで肉が柔らかいとんかつ、創業時から継ぎ足しで作っているオリジナルのソースなど、文句なしにおいしい。


161602.jpgnatural & healthy curry Cafe savai(会津若松市上町7-2-2F 、TEL0242-22-3434、11:30〜19:00、日曜定休)

 会津若松市内や周辺市町にはインド料理店は今のところないし、スパイシーな本格カレーが食べられる店もあまりない。

 4年前にオープンしたこの「Cafe savai(カフェ サバイ)は、そうした中で大変貴重な店であると言える。10数種類のスパイスを絶妙にブレンドしたおいしいインドカレーが食べられるが、この味は会津地方随一だと思う。


161625.jpg 季節限定カレーを含めインドのカレーやタイのカレーなど20種類のカレーがあるが、店の看板メニューでもあるスパイシーなチキンカレー、「サバイカレー」が私のお気に入りである。辛さは好みで調節してもらえる。







會津桐屋(権現亭・夢見亭)

 会津若松市はそばについてもラーメン同様の状況だったりする。すなわち、この会津地方でそば処として名高いのは、合併して喜多方市となった旧山都町であり、合併によって喜多方市はラーメン処だけでなく、そば処ともなったわけである。もちろん旧山都町の特に宮古地区にはそばの名店が軒を連ねており、文句なくおいしいが、会津若松市内にもいいそば店がいくつもある。

 この「桐屋権現亭」と「桐屋夢見亭」はその代表格とも言える店で、会津地方で契約栽培された玄そばを自家製粉した自慢の手打ちそばを飯豊山霊水だけで味わう夢見そば(水そば)が一番の名物だが、一番粉のみを使った会津権現そば、石臼挽きそばをつなぎを入れずに打った会津頑固そば、韃靼そばの会津薬師そばなど、そば好きのまさに垂涎のメニューがいろいろある。私はやはり十割そばの会津頑固そばがお気に入りである。


追記(2015.2.18):上で紹介した「CAFE Savai」 、なんと建物の老朽化により2月22日を以て閉店することになったそうである。残念である。「いつの日か何処かでまた刺激とカレーを提供したいと思っています」とのことなので、今後の復活を心から期待したい。

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2009年05月19日

東北の食べ処その19〜会津若松市 峇鄲進にも負けないラーメン処」

これもまたいろいろと意見はあるだろうが、東北を代表するラーメン処が喜多方市であることに異論がある人は少ないのではないかと思う。確かに、知名度、人口当たりのラーメン店の数の多さ、そこでふるまわれるラーメンの共通性と多様性(しょうゆ味の中太縮れ麺のラーメンがデファクト・スタンダードだが、それだけでなく新しい味を追求する店も多い)、など、東北の代表と言うにふさわしい条件を備えていると言える。

 喜多方市の隣の会津若松市は、旧会津藩の城下町であり、今も福島県の西部、会津地方の中心地であるが、ことラーメンに関しては、他地域から見ると喜多方市の陰に隠れているような印象である。

 しかし、会津若松市にも、喜多方市に負けないおいしいラーメン屋がいくつもある。何と言っても、東証一部上場を果たしたラーメンチェーン「幸楽苑」発祥の地が会津若松市である。喜多方市と同様、会津若松市においてもラーメンは地域を代表するソウルフードと言えるように思う。もちろん、そのすべての店に足を運んだわけではないが、今まで行った中でのおススメは以下の4店である。


img840いさみ(会津若松市馬場町1-13、TEL0242-22-0064、11:00〜14:30、16:00〜20:30、毎月7、17、27日定休)

 手打ち一筋50有余年の店。毎日中休みの14時半以降に店先で麺打ちをする手打ちラーメン店。その様子はガラス越しに見ることができ、正真正銘の手打ちラーメンであることが目で見て確認できる。その麺を一晩寝かせて翌日ふるまう。不揃いの麺特有の歯ごたえと喉越しがおいしい。これにしょう油スープがよく合う。



img839三角屋(会津若松市本町3-6、TEL0242-27-1758、11:00〜19:00、木曜定休)

 「みちのく最古の手打中華そば」を標榜する店。創業は大正時代初期だそうである。店名は店が県道と私道とに挟まれた三角形の土地に立つことから自然についたらしい。手打ちながらストレートでコシのある麺が特徴で、これに煮干しや鰹節などから取ったあっさりしょうゆ味のスープを合わせる。いつまでも飽きの来ない味である。



114299牛乳屋食堂(会津若松市大戸町上三寄香塩343、TEL0242-92-2512、11:00〜15:00、17:00〜20:00、水曜定休)

 ネコの名誉駅長「バス」がいることで有名な、会津鉄道の芦ノ牧温泉駅近くのラーメン店。店名は元々が牛乳店だったことに由来するそうである。70年の歴史を誇る。ラーメンは「中太会津麺」と「極太手打麺」とが選べるが、ここに来たらやはり手打ちを味わいたい。その名の通りかなりの極太であるが、煮干しベースのあっさりスープにこの太い縮れ麺がよく合う。甘辛の味付けが特徴のかつ丼はこの店のもう一つの名物である。


139241手打ち中華そばふじ乃(会津若松市湯川町2-35、TEL0242-36-0615、11:30〜15:00、17:30〜20:00、水曜定休)

 三角屋の近くにある比較的新しい手打ち中華そば専門店。コシの強い手打ち麺とコクのあるスープの組み合わせがよい。このスープに合う麺をと追求した結果、手打ち麺にたどり着いたのだそうである。半世紀以上の歴史を誇る上の3店に対して、新進気鋭の手打ちラーメン店である。




090512-122501追記(2011.2.14):上で紹介した会津鉄道芦ノ牧温泉駅の名誉駅長バスの写真もアップしておく。私が訪れた時はお疲れだったのか、お昼寝中だった。なにせバス名誉駅長は毎日、乗降客の見送りと出迎え、記念撮影のモデル、構内外の巡回(お散歩兼?)などで忙しい。それだけでなく、ブログも書いている。かなりの激務である。お昼寝は必須である。






090512-122439 ちなみに、バス名誉駅長の経歴書は左のとおりである。


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2008年03月29日

東北で地ビールが飲める店その30〜福島県会津若松市

dd4b398b.jpg 前にも書いたが、仙台に一極集中している宮城県と違って、福島県は東北第二の都市、いわき市を中心とする浜通り、県庁所在地の福島市と仙台市に次ぐ経済圏を謳っている郡山市が並び立つ中通り、そして会津若松市を中心とする会津の3つの地域に分かれている。

 このうち会津若松市は人口約13万人で、福島の他の拠点都市に比べると人口こそ少ないが、戌辰戦争時の白虎隊の悲劇で知られる旧会津藩の城下町であり、今も街を歩くと至る所に歴史ある建物が普通に建っているその街並みは福島県の他のどの都市よりも特徴的である。古きものを大切にし、守り、受け継いでいこうという、会津の人たちの気質を感じる。

 さて、この会津若松市で地ビールと言うと、以前も書いたことがあるが、何と言っても会津麦酒である。ドイツ系アメリカ人のジョン・シュルツ氏の醸造する会津麦酒は、基本的にはドイツスタイルだが、それだけにとどまらず、地元会津特産の黒米を使った会津黒米ビールや、イギリスのアンバーエールを範とした赤べこアンバーエールなど、多彩である。

 ところが、この会津麦酒直営のビアレストラン會や(あいや)が残念ながら昨年末に閉店してしまっていた。しかたないので、いつものように地ビールの飲める店を現地で足で探してみた。そうして見つけたのが「和風れすとらん くいしん坊」(会津若松市中町4-31、TEL0242-26-8239、11:00〜21:00、無休)である。ここでは、その名の通り、会津名物ソースかつ丼を始めとしてお腹が満足しそうなメニューがたくさんあってよいが、それに加えてニュージーランド産のホップとオーストラリア産のモルト、会津特産の黒米が原料のパシフィックラガーの生と、ウィーン風ダークラガー(メルツェン)のベートーベンの生、そして先述の赤べこアンバーエールの会津麦酒3種を味わえた。

 しかし!ここのおかみさんからショッキングな話を聞いた。なんと、会津麦酒は先月2月21日まででビール醸造を取り止めてしまったというのである。これまで醸造を止めた地ビールと同じく採算面でのことかと思ったら、そうではないらしい。ビール醸造についてシュルツ氏と周囲との間に意見の相違があり、その結果シュルツ氏が帰国してしまったのだそうである。確かに会津のみやげ物店のどこにも会津麦酒がなくなっていたのでおかしいとは思っていたのだが…。何とも残念なことである。

 シュルツ氏と親交のあったおかみさんはシュルツ氏からその話を聞き、既に醸造したビールは廃棄処分にしなければいけないと聞いて、店の冷蔵庫に入るだけ会津ビールの樽生を仕入れたそうである。そのようなわけで、「くいしん坊」ではしばらくは会津麦酒が飲めるが、なくなるのは時間の問題である。恐らくあと半年は持たないだろうとのことであった。会津麦酒の、それも生を味わいたい人は今のうちに「くいしん坊」に行くことをお勧めする。

 「くいしん坊」以外に会津麦酒の味わえるところはというと、私が見つけたところではJR七日町駅の中にある「駅Cafe」で会津黒米ビールが味わえるが、見たところ残り3本であった。それからJR会津若松駅の中にある郷土料理店「一會庵(いちえあん)」にも会津麦酒ののぼりが立っていたので、今のうちなら会津麦酒が味わえるかもしれない。やはり郷土料理店の「籠太」にも以前会津麦酒があったが、ひょっとすると今はもうないかもしれない。

img838 会津麦酒以外では、「大町ガス燈」(左写真参照、会津若松市中町4-16、TEL0242-29-5725、11:30〜14:30、17:00〜23:00)には、スコットランドのマックワンズ・スコッチエール、ベルギーのヒューガルデン・ホワイト、同じく禁断の果実、デリリュウム・トレメンス、シメイ・ブルー、2年熟成紅茶ビール、フローリス・ミックスフルーツ、同じくストロベリー、モンゴゾ・バナナ、セントルイスカシス、スリランカのライオンスタウト、オーストリアのサミクラウス、中国のチンタオ、ドイツのレーベンブロイがあった。料理も会津黒米を使った料理や会津名物桜肉料理などを中心に種類豊富であった。会津麦酒にこだわらなければ、ビールの種類では会津若松市内でここが最も多いと思う。

 他に、オリジナルアクセサリー・革製品ショップの「MAGENDO JAPAN(マゲンド・ジャパン)」(会津若松市駅前町8-24、TEL0242-24-1067、19:00〜2:00、月曜定休)は、夜はショットバーもやっており、ビールの種類も豊富である。タイのシンハー、オランダのグロールシュ、イギリスのシルクマスター、ドイツのレーベンブロイ、ベルギーのステラアルトワ、ヒューガルデン、キリンのハートランド、中国のチンタオ、オランダのハイネケン、アメリカのバドワイザー、アンカースティーム、アンバーラガー、ジーマ、クアーズ、アイルランドのギネスエクストラ、デンマークのカールスバーグ、クアーズ、メキシコのコロナ、それに会津麦酒の赤べこアンバーエール、会津黒米ビールも何本かあった。マスターは会津麦酒の件を知らなかったので、これらが超貴重品であることをお知らせしておいた。料理は、私が訪れたときには自家製スモーク、パン・グラタン、こだわりのビーフジャーキー、チーズタップリ・リゾットがあったが、それ以外にチーズクラッカーや手作りシフォンケーキ、野菜たっぷりのスープなどマスターお手製の料理をいただいた。

 会津麦酒の件は返す返すも残念だが、そのストックがなくなっても会津には他にもビールのおいしい店が複数あることが分かってとりあえずは一安心ではあった。


追記(2009.5.13):会津麦酒がなくなって1年余り経つ。上で紹介した「和風レストラン くいしん坊」では、会津麦酒のポスターの代わりに福島県内工場直送と銘打ったアサヒスーパードライのポスターが貼られていた。

 「大町ガス燈」ではビールの品切れが多く、置いてあったのはヒューガルデン・ホワイトと禁断の果実、シメイブルー、セントルイスカシスのベルギービール4種だけだった。ん〜、この品揃えで観光案内所で配っている「會津うまいものガイドブック」に「世界のビールあり」と記載するのはちょっとどうかという気がする。

173422.jpg 一方、会津麦酒がなくなった代わりに猪苗代地ビールが飲める店があるのを発見した。念のため、事前に猪苗代地ビール館に電話して尋ねたところ、会津若松市内で猪苗代地ビールが飲めるのは、郊外の東山温泉にある老舗旅館「向瀧」だけとのことだったが、実際に街中を歩いてみたら、駅前の「はなの舞 会津若松駅前店」(写真参照、会津若松市駅前町420-1F・2F、TEL0242-37-0223)で猪苗代地ビールが飲めるのを見つけた。

 正直、チェーン店、しかも御殿場高原ビール系列の居酒屋で猪苗代地ビールが飲めるとは思っていなかった。店員さんに聞いたら、この店独自の判断で仕入れているとのことだった。ここの店、会津の郷土料理なども置いてあり、他の店舗にはない独自の工夫が見られるのがとてもよいと思う。猪苗代地ビールは、ここと会津若松市役所前店(会津若松市栄町213-1、TEL0242-37-1287)でも飲めるそうである。

 もう一店、かつて会津麦酒が飲めた「会津桜鍋 鶴我 会津本店」(会津若松市東栄町4-21、TEL0242-29-4829、11:30〜14:00、17:00〜22:00、不定休)でも、その代わりに今は猪苗代地ビールが飲める。


220716.jpg追記(2010.3.14):会津若松市内唯一のアイリッシュバーがあるということを地元ミニコミ紙に出ていた広告で知り、早速行ってみた。店の名前は「Irish Bar Craic(アイリッシュ・バー・クラック)」(会津若松市栄町8-8、TEL0242-22-4867、17:30〜3:00、金・土17:30〜4:00、月曜定休)で、3年ほど前にアイリッシュ・バーとなったそうである。

 これまでの私の探索では見つけられなかったが、それもそのはず、このクラックがある路地は非常にわかりにくい。店主自ら「よく見つけられましたね」と言うくらいの場所なのである(笑)。実際、住所を基に地図を見ながら行ったにも関わらず、なかなかたどり着けなかった。

 そのような目立たない路地にあるアイリッシュ・バーだが、やはりギネスが好きな人や外国の人などがよく訪れているそうである。生はギネスとキルケニー、それにハートランドだったが、瓶でピルスナーウルケル、オーガニックビール、ベックス、コロナ・エキストラ、シメイ・レッド、ステラ・アルトワ、バス・エール、ニューキャッスル・ブラウンエールなどがあった。落ち着いた雰囲気で飲めるいい店である。ギネスやキルケニーだけでなく、今後地ビールの樽生も置きたいとのことで、今後が楽しみである。

 この路地、目立たない割にバーが5軒も軒を連ねる若松でも有数の(?)通りだそうだが、その中にもう一軒ビールを揃えているバーがあるそうである。よなよなエールの缶などもあるそうである。店の名前は聞かなかったが、ひょっとすると同じ通り沿いで店の前にバドワイザーやコロナのロゴがあった「BAR BO-KU」がそうかもしれない。

221412.jpg 一方、昨年秋にできたばかりという「BAR ENZYU」(会津若松市馬場町1-45サンコープラザ3F、TEL0242-32-4571)にはヒューガルデン・ホワイトの生が置いてあった。元々はカクテルなどがメインのバーのようだが、そのようなバーでヒューガルデンが生で飲めるのは私にとっては嬉しいことである。実際、ヒューガルデンの生が飲めるのは会津若松市内ではここだけだと思う。その意味で貴重な店である。

 なお、上で紹介した「はなの舞」には、猪苗代地ビールのオリジナルビール、ゴールデン・エンジェルの生が置いてあった。この「はなの舞」、チェーン店の居酒屋でありながら、同系列の他店のメニューと違い、棒たら煮、馬刺し、鰊の山椒漬け、こづゆといった会津の郷土料理があるのも嬉しい。いわゆる地ビールが生で飲めるのは会津若松市内では今のところここだけだそうである。



110622-204044追記(2011.6.24):会津若松市内で銀河高原ビールが飲める店を見つけた!「会津葡萄酒倶楽部(あいづわいんくらぶ)」( 会津若松市西栄町6-40、TEL:0242-27-0947、19:00〜23:00、金・土・日18:00〜23:00、 第1、第3、第5日曜定休)である。ここはその名の通り、様々なワインを気軽に楽しめるワインバーだが、唯一置いてあるビールが、銀河高原ビールのヴァイツェンの樽生なのである!これは嬉しい。地元の食材や郷土料理などをワインに合うようにアレンジした料理もおいしくかつリーズナブルで、とてもよい店である。

 この店でビールばかりを飲む客というのは私以外そう多くないだろうなと思ったので、「ワインバーに来てビールばっかり飲んですみませんね」とマスターに言ったら、さらっと「いや、別に構わないですよ」と言ってくれたので、これからも遠慮なく銀河高原ビールを飲みに行こうと思う。せっかく行くのだから、ワインについてもいろいろと教えてもらうのもいいかなと思う。

 これで、会津若松市内では、上で紹介した「はなの舞」で猪苗代地ビールが飲める他に、銀河高原ビールが飲める店があったということで、飲む地ビールの選択肢が広がった。ありがたいことである。

 その「はなの舞」だが、猪苗代地ビールが飲めるのは「会津若松駅前店」のみだった。「会津若松市役所前店」には置いてなかったので、猪苗代地ビールが飲みたい人は迷わず「会津若松駅前店」に行くべし。また、「会津桜鍋 鶴我 会津本店」の猪苗代地ビールは、常時置いてあるわけではなく、事前の予約が必要とのことである。

 一方、「Irish Bar Craic(アイリッシュ・バー・クラック)」では、今月からヒューガルデン・ホワイトの樽生を置くようになった。これは嬉しい。会津若松市内でヒューガルデン・ホワイトの樽生がは私が知る限り、上で紹介した「BAR ENZYU」に続いて2店目である。通常のレギュラーサイズ(420ml)以外にラージサイズ(820ml)もあり、レギュラーサイズの750円に対して1,200円で飲めるのでとてもお得である。そもそもラージサイズ自体、東北で飲めるのは他に以前紹介した仙台の「barbe」くらいしか知らない。レギュラーサイズのグラスをそのまま大きくしたようなあのグラスはインパクト大で、一見の価値ありである。


150217-215450追記(2015.2.18):市役所通りの「ステーキ・リーベ」の2階にいいお店を見つけた。「時さえ忘れて」(会津若松市栄町1‐40-2F、TEL0242-22-0530、17:00〜2:30LO、日曜15:00〜23:30LO、月曜定休)である。看板のない、隠れ家的なバーである。昨年12月にオープンしたばかりとのことだが、地ビールや海外のビールが常時2種類、樽生で飲めるのが嬉しい。私が訪れた時は長野のよなよなエールとスコットランドのブリュードッグのハードコアIPAがあった。他にもウィスキーや日本酒もいろいろと揃っていて、どんなお酒が好きな人でも他の締めそうである。お酒と書物をこよなく愛するマスターのいる、雰囲気のいいお店である。



150218-113558 そのマスターに、「Soupcurry & Dining tipu(スープカレー&ダイニング・ティプ)」(会津若松市東栄町6-24三進ビル104、TEL0242-77-4037、月、水〜金11:00〜13:30LO、17:30〜24:30LO、火曜定休)にはブリュードッグが瓶で置いてあると教えてもらい、早速行ってみたところ、確かにブリュードッグのパンクIPAとデッドポニークラブがあり、その他にもヒューガルデン・ホワイト、シメイ・ブルーなどが瓶で置いてあった。カレーもスパイシーで美味しかった。ビールとカレー、私にとって実にいい組み合わせである。





150217-203239 それから、「うまいもの家 旬の蔵」 (会津若松市金川町14-26、TEL0242-22-7400、11:00〜14:00、17:00〜21:00LO、月曜定休(月曜が祝日の場合は翌火曜が休み))は、喜多方ラーメンや会津の山塩を使ったという山塩ラーメン、磐梯山の有機玄蕎麦を使ったざる蕎麦、会津若松のご当地グルメ、ソースカツ丼やカレー焼きそばが食べられるお店だが、ここに埼玉のコエドビールの「瑠璃」と「漆黒」が瓶で置いてあった。

 なお、駅前の「はなの舞」は「こだわりやま」に変わったが、猪苗代地ビールがなくなってしまっていた。残念である。また、「大町ガス燈」は2月28日を以て閉店だそうで、これまた残念である。

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