白神山地  

2016年10月27日

私的東北論その87〜「東北秘境ツアー」のススメ(「東北復興」紙への寄稿原稿)

 8月16日に刊行された「東北復興」第51号では、先号、先々号に続いて、東北の観光について取り上げた。この回のテーマは「東北の秘境」である。ただ、秘境というのは、私の中では、あまり人に知られていないこともその大きな要素だと思っているので、秘境について紹介することは、秘境を秘境でなくする可能性があり、その点で矛盾を感じるところもある。

 とは言え、東北の秘境はとても魅力的なところが多いので、紙面では以下の通り、紹介してみた。


東北秘境ツアーのススメ

東北の秘境?
 前回は東北の「端っこ」を紹介した。今回は東北の秘境について紹介したい。ただ、、「端っこ」については、緯度と経度で異論なく決まるが、「秘境」がどこかについては、解釈の違い、意見の隔たりが多くありそうである。

 例えば、秘境と言うと、かつて「日本の秘境100選」が選定されたことがある。JTBの雑誌「旅」が創刊750号となるのを記念して開催されたシンポジウムの場において選定されたものである。この中で東北で選ばれたのは、八甲田山(青森県)、下北半島/恐山・仏ヶ浦(青森県)、津軽半島西岸(青森県)、八幡平・乳頭温泉郷(秋田県・岩手県)、出羽三山(山形県)、檜枝岐・野岩鉄道沿線(福島県・栃木県)、裏磐梯・雄国沼(福島県)、遠野盆地(岩手県)、内間木洞(岩手県)、重茂半島(岩手県)、十二湖・白神山地(青森県)、飛島(山形県)、笹谷峠(宮城県・山形県)の13か所である。

 「日本の秘境100選」に選ばれた東北の「秘境」を見て私が最初に思ったのは、「これらは秘境なんだろうか」ということである。秘境どころか、有名な観光スポットがほとんどのように見える。これらの中で私が「確かに秘境だね」ということで同意できるのは、内間木洞くらいである。岩手県の沿岸北部久慈市にあって日本で5番目の長さを持つこの洞窟は、普段一般公開がされておらず、また龍泉洞やあぶくま洞などと比べて知名度も高くないので、その意味で秘境であると言ってよいと思う。

秘境とは何か
 そもそも秘境とは何だろうか。「デジタル大辞泉」には、「外部の人が足を踏み入れたことがほとんどなく、まだ一般に知られていない地域。」とある。「大辞林」でも、「人の訪れたことのない、まだ一般によく知られていない地域。」とある。

 どちらの解釈でもポイントは二つで、一つは「人があまり訪れていない」こと、もう一つは「一般によく知られていない」ことである。私が「秘境」という言葉を聞いてイメージするのもこれらと近い。

 そうした観点から見ると、やはり先の「日本の秘境100選」は、あまりにも人が訪れ過ぎで、あまりにもよく知られ過ぎた場所ばかりである。秘境の捉え方にもよるが、辞書的な解釈からはかなり遠い「秘境」であると言わざるを得ない。

 秘境に相応しい言葉として、「人跡未踏」という言葉が挙げられると私は思う。このご時世、人跡未踏の地などあるのかと思われる向きもあるかと思うが、東北の山の中にはつい最近まで人がほとんど足を踏み入れたことのなかった地域が多くある。これぞまさに秘境である。

手掛かりはブナの森
 東北で秘境を考える時に手掛かりになるのはブナであると思う。2013年3月の第10号で東北のブナについて書いたことがあるが、ブナは東北各地に広く森を形成していた樹種である。しかし、木材としての利用がしづらかったために、各地で伐採され、代わりに木材として利用されるスギなどが植えられた。ということは、現在もブナの森が残っている地域は、人の手が加えられていない、いわばあまり人が訪れていない地域と言うことができるのではないだろうか。

bunabayashi1 その代表がもちろん、世界自然遺産として登録された、縄文時代から続くブナの原生林が今も残る白神山地である。しかし、白神山地は世界自然遺産への登録で一躍有名になり、また訪れる人も急増したため、秘境とは言えなくなってしまった。

 福島を除く東北5県の国有林を管理する東北森林管理局のデータによれば、管内国有林の樹種別蓄積では、スギが6,686万立方メートル(26%)で最も多いが、次いでブナが5,708万立方メートル(24%)で、以下カラマツ1,503万立方メートル(6%)、ヒバ1,382万立方メートル(6%)、アカマツ1,280万立方メートル(5%)、ナラ類823万立方メートル(4%)と続く。だいぶ伐採され、植え替えられたとは言え、依然ブナの木が東北には多く残っていることが分かる。

image-19 白神山地以外でブナの原生林が残っている地域として挙げられるのが、福島県の奥会津・只見町である。只見町のブナ林はその規模や原始性において、白神山地と並んで国内随一と言われている。伐採を逃れたブナ林は、やはりあまり人が入らない奥山に残っている。只見町では、町内のブナ林のパンフレットを作成しており、ウェブ上でも閲覧できる。


巨樹・巨木も手掛かり
 もう一つ、秘境の手掛かりとしてあるのは巨樹、巨木である。それが神域にあったために伐採を免れ、大事にされてきたというケースもあるが、そうでなければ単に発見されなかったために今に至るまで残った巨樹・巨木も多くある。

img481 林野庁は「森の巨人たち百選」を選定したが、100のうち27が東北にある。これらの中には、元々古くから巨樹として知られてきた木もあるが、環境省が1988年と2000年に全国で行った巨樹巨木林調査の結果、存在が明らかになった巨樹もある。岩手と秋田両県にまたがる和賀山塊もブナの原生林が多く残ることで特筆すべき地域だが、ここにある「日本一のブナ」や「日本一のクリ」の存在が明らかになったのは、まさにこの調査の結果である。和賀山塊について詳しく知りたい場合は、「美しき水の郷あきた」のサイト内にある「巨樹の森・和賀山塊」が参考になる。

 山形県の北部、最上(もがみ)地域もそうである。1市4町3村からなるこの地域は、総面積の8割が森林であるが、ここでも全国有数の巨樹・巨木が多く見つかっている。最上地域観光協議会のサイトで詳しく紹介されている。

奥会津の秘境
 先に紹介した只見町は奥会津と称される地域にある。会津と言うと、この地域の中心都市会津若松市が有名で、確かに市内を歩くとそこかしこに会津らしさが感じられるのだが、こと自然に関しての会津の魅力は実は、会津若松からさらに奥地に入ったところにあると私は思う。それが只見町のある奥会津地域であり、それに隣接する南会津地域である。

wgn5QT4C これらの地域には新潟県側にまたがって越後三山只見国定公園があるが、福島県側のポイントは只見町の田子倉湖と只見町に隣接する檜枝岐村の奥只見湖である。ちなみに、檜枝岐村は東北で最も人口の少ない市町村である。昨年現在の人口は614人で、東北で唯一三桁の人口である。また、村の面積の約98%が山林であるために全国で最も人口密度が低い市町村で、その数値は1平方キロメートル当たり1.73人である。つまり、1キロメートル四方に2人いない計算である。日本一人口密度が高いのが東京都中野区の1平方キロメートル当たり20,180人であるので、檜枝岐村の人口密度はその約11,665分の1である。

 田子倉湖も奥只見湖も、全国屈指の規模のダムによって生まれた湖であるが、この2つの湖を結ぶ地域はまさに人跡未踏の地として知られている。どちらのダムも建設時に多数の殉職者を出した末にようやく完成したと言い、今もお盆には慰霊祭が行われているそうである。

秋田内陸にある秘境
kimimachisugi 先に紹介した「森の巨人たち百選」の中には「きみまち杉」という、樹高が58メートルという日本一の高さの杉がある。58メートルと言うと、15階建てのビルに相当する高さだそうである。

 この「きみまち杉」があるのは、秋田県能代市の仁鮒水沢スギ植物群落保護林である。この保護林もほとんど知られていないので秘境と言って差し支えないと思うが、人工林ではない秋田杉の天然林が見られる希少な場所である。一歩足を踏み入れると、とにかくそのスギの存在感に圧倒される。植林されたスギとはスケール感がまるで違う。入口にある看板の文句が面白い。「道路沿いなどによくある人工林とは段違いのスケールを誇る巨木林です。ただ目が慣れると感激が薄れてしまいますのでご注意ください」とある。「森と水の郷あきた」のサイト内の解説が詳しい。

001 北秋田市にある森吉山周辺もまさに秘境と呼ぶに相応しい地域である。古くから霊峰として山麓住民の信仰の対象となってきたこの森吉山にも豊かなブナの森がある。水の豊かな山で、山間のあちこちに滝があることでも知られている。

 その中で、秘境の面目躍如たる滝が「九階の滝」と呼ばれる、落差が100メートル以上もある滝である。かつてはこの地のマタギでさえも「神様の沢」として畏れ、近寄れなかったと伝えられる場所で、登山道が整備されていないこともあって、これまで地元の人でさえ数えるほどしか到達していないという、まさに秘境の滝である。

 九階の滝までたどり着ける人はそう多くはないだろうが、小又峡の三階滝までなら行ける。これまた奥森吉を代表する見事な滝である。三階滝までは遊歩道が整備され、場所によって表情を変える清流を横目で見ながら散策ができる。森吉山について詳しく知りたい場合は、「美しき水の郷あきた」のサイト内にある「水の郷・森吉山」が参考になる。

普通の「東北」に飽き足らない方へ
 これまで紹介してきた地域は、恐らくあまり知られていないと思われる。いずれも「東北の秘境」という称号に値する地域と言えるのではないだろうか。冬ともなるとまさに人跡未踏の地となるが、今の時期であれば、もちろん奥地まで入り込むのであれば本格的な装備が必要となるが、そこまででなければ比較的軽装でも、十分秘境の醍醐味を味わうことができる。

 有名な観光地巡りには飽きたという方や、東北らしさを存分に味わいたいという方にはぜひおススメしたい。


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2013年05月03日

私的東北論その45〜「一つの東北」の象徴としてのブナ(「東北復興」紙への寄稿原稿)

新しい画像10 3月16日に「東北復興」紙の第10号が刊行された。今回砂越氏は、一面で「郷土の祭礼と宗教と復興」と題して、各地の祭礼と宗教との関わりについて論考している。また、地名研究家の太宰幸子氏への取材から、地名を手掛かりに古代東北の実像に迫ろうとしている。このアプローチも興味深い。

 げんさんは今回、「蝦夷の国」としての庄内について、古代から近世に亘ってその足跡を紹介している。

 その第10号に寄せた拙文が下記である。





「一つの東北」の象徴としてのブナ

白神山地は見渡す限りのブナの森が広がる広すぎる東北を統合する象徴はあるか
 以前紹介した野田一夫氏の「東北は広すぎる」との言葉を引くまでもなく、東北地方は広く、大きい。日本の面積の十七・七%、新潟県まで含めた東北圏では二一・〇%を占める。同じ東北と言っても、青森の人にとっては福島より北海道の方が親近感があるかもしれない。その福島の人にとっては青森より茨城・栃木・群馬の方が親近感があるかもしれない。そう考えると、「東北は一つ」と思っているのは東北の中の方にいる人間の感覚であって、他地域と接している人間から見ると必ずしもそうは感じられないものなのかもしれない。

 地理的感覚だけではない。進もうとしている方向性にも違いがあったりする。以前げんさんがこの紙面でいみじくも書いていた通り、青森は震災後も原子力推進の立場であり、一方の福島は今も原発事故の影響が復興の最大の妨げとなっておりもちろん廃止の立場である。同じ東北でもこれだけ違う。道州制に対するスタンスも以前紹介したように、知事によって見解はかなり異なっている。

 「一つの東北」を東北にいる人が等しく実感するには、東北に共通する何かを見つけることが必要であるように思われる。例えば、この欄で何度か取り上げている、日本の中世史に燦然と輝く平泉文化。これは岩手のものと言うより、東北の至宝である。なんとなれば、平泉文化の影響を受けた仏像や建造物、遺跡が、東北各地に存在するからである。このような「一つの東北」を象徴するようなものが他にも何かあるだろうか。

世界遺産白神山地の意味するもの
 平泉の文化遺産が世界遺産に登録されたのは震災のあった二〇一一年のことであるが、東北にはそれより先に世界遺産に登録された遺産があった。知っての通り、それは白神山地である。

 青森県と秋田県にまたがる白神山地は、八〇〇〇年前の縄文時代から続くそのブナの原生林が世界的に見ても貴重なものであるとして、屋久杉で有名な鹿児島県の屋久島と共に、一九九三年に日本で初めての世界遺産として登録された。そのブナの森の面積は世界遺産の核心地域だけで一六九・七平方キロメートル、全体では実に一三〇〇平方キロメートルにも及ぶ。東京二三区の面積(六二一平方キロメートル)の倍以上である。特に核心地域に指定された地域はほとんど人の手が入っていないが、これだけの規模のブナの森が手つかずで残っているのは、世界的にもこの白神山地だけであるという。

 このブナに代表される落葉広葉樹、日本では東日本に多く分布している。秋になると紅葉し、冬になると葉を落とす落葉広葉樹の森は、針葉樹の森や常緑広葉樹の森と違い、四季の変化に富んでいる。ブナの森は特にそれが印象的である。春の目にまぶしい新緑。夏のブナの葉の濃い緑。秋の見事な紅葉。冬の葉を全て落とし寒風に耐える凛とした姿。どの季節も見る者の心を掴むものがある。もちろん、私もブナの木は大好きである。

使い道のないブナの有用性
 ところで、このブナ、漢字ではブナ、木へんに無と書く。木でない、木として使えるところがない、そのような意味合いであるそうである。確かに、木材としては腐りやすく曲がりやすく、なかなかに使い勝手の悪い材質である。それで各地に広く分布していたブナの森は次々に伐採され、代わりに木材として有用なスギなどが植林された。しかし、ブナの利用価値は、実は木材としての活用にあるのではない。

 ブナの森は、ブナの木材としての利用価値の低さとは対照的に、豊かな恵みをもたらす森である。ブナの森には実に多くの動植物が生育している。ブナを始めとするブナの森の中の植物は秋に実をつける。その実は森に住む動物の貴重な餌となる。また、ブナは冬に葉を落とす。それは大量の落ち葉となって森の微生物の餌となると共に、腐葉土層となって堆積する。腐葉土層は雨水や雪解け水を蓄え、濾過し、ミネラル分を付加して、清冽な天然水をつくる。その水はもちろん、森に住む動植物の命の源となる。ブナの森が「天然のダム」と言われるのは、そのような理由による。東北では実に数多くの天然水が商品化されているが、そのうちの少なくない天然水はブナの森から湧き出している天然水である。ブナの森のブナが老いて雪や強風などで倒れると、キノコ類が分解し、その倒木は森の土の一部となってまた植物を育てる。そのような生々流転が、ブナの森では延々と続いてきたわけである。

 我々の祖先もまた、こうした豊穣の森の恵みを得て生きていたと思われる。森に入って安らぎを覚えるのは、そうした先祖の遠い記憶が受け継がれているのかもしれない。

 もちろん、東北にあるブナの森は白神山地だけではない。規模の大きなものだけでも、福島の奥会津一帯にあるブナの森や、岩手と秋田の間にある和賀山塊のブナの森も見事なものである。その他にも、岩木山、八甲田山系、八幡平、岩手山、早池峰山、森吉山、鳥海山、月山、朝日連峰、蔵王連峰、飯豊連峰、吾妻連峰、安達太良山、会津磐梯山、会津駒ケ岳など、東北の有名な山の山麓には大抵ブナの森が広がっている。

 東北以外では、石川、岐阜、富山、福井の四県にまたがる白山山系のブナの森がその規模の大きさで有名である。白山信仰は東北各地でも広く見られるが、両者にはブナの森という共通性があるわけである。

バイオビジネスのフィールドとしてのブナの森
 ブナの森の恵みは水だけではない。最近、バイオビジネスが持て囃されているが、白神山地は有用な微生物の宝庫である。その中で最も有名なのは「白神こだま酵母」である。一九九七年に発見された、太古から白神山地に住んでいるこの酵母は、通常のパン酵母より天然の甘味成分トレハロースを多く作るため、パンに添加する糖分を少なくでき、またさすがに冬の厳しい白神山地に生息しているだけあって、低温に極めて強く、冷凍保存しても生き延びるために、貯蔵や移送もしやすいというメリットもある。このようなことから、東北だけではなく各地でこの酵母を使ったパンが作られており、その味わいは好評を得ているようである。他にも、やはり低温に強く、雑菌を駆逐する力の強い乳酸菌「作々楽(ささら)」なども製品化されている。

 また、白神山地ではないが、秋田県の別のブナの森からは、ビールを醸造するのに適した酵母も見つかっており、既にその酵母を使ったビールが、「ぶなの森ビール」として商品化されている。こちらのビールは、通常のビールよりも風味が爽やかでのど越しもよい。たとえて言えば、「森林浴」の印象である。

 余談だが、東北でも特に秋田県はこうしたバイオビジネスに東北で最も熱心な印象がある。「白神こだま酵母」も「作々楽」も秋田県の外郭団体である秋田県総合食品研究センターが特許を保有している。同センターは他にも、秋田県内の地ビール醸造所と共同で桜の木から採取した天然酵母で地ビールを醸造するなど、官民一体でバイオビジネスを推進している。秋田にはまた、麹の元菌会社として全国の九〇%以上という圧倒的なシェアを誇る秋田今野商店のような企業もある。地ビールの醸造所を見ても、ここのビール酵母を使ってビールを作っている醸造所は数多い。今後の展開が楽しみな領域である。

ブナの緑は一際鮮やかである東北人の目指す姿としてのブナ
 東北にとってブナが親しみのある存在であることを示す事実がある。ブナを市町村の木と定めている自治体は全国に三一あるが、このうち東北六県と新潟で十四もある。東北圏だけで、全国の半分に近い数の自治体がブナを市町村の木としているのである。東北にとってブナがいかに身近な木であるかを如実に示すものと言える。

 ところで、翻って東北を見ると、東北人は実にブナである。

 この地に住んだ蝦夷はかつては人ではないと言われた。蝦夷は「えみし」と読む。また「えびす」とも呼ばれた。坂東の荒武者を「あづまえびす」と言ったが、これは恵比寿さまの「えびす」ではなく、「えみし」の意味である。人ではないと言われた蝦夷は、木ではないと言われたブナにそのまま重なるような気がする。

 木材としては使いにくく、一見役に立たないブナの木が実は大いなる恵みをもたらす素晴らしい森をつくっているように、かつて蝦夷の住む地と蔑まれ、近世においても戊辰戦争での敗北が尾を引いて開発が遅れた東北を、未曽有の大震災でかつてないダメージを受けた東北を、そこに住まう我々一人ひとりが新たなものとしてつくり上げる、その象徴としてブナは相応しいように思うのである。

 ブナは厳しい風雪に晒されてその身が樹氷となっても春に向けて力を蓄え、春になれば一斉にその芽を出す。ブナの新緑は一際鮮やかである。それは厳しい風雪に耐えたからこそのものなのかもしれない。大震災からの復興を目指す東北人にとって、ブナはまさにその範となる。ブナのようにしなやかにたくましく、使い道がないと蔑まれようとも動ぜず、一致して恵み豊かな森をつくる、その姿はまさに東北人が目指す姿そのものである。


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2011年11月18日

東北をめぐる鉄道の旅その10〜JR五能線

111106-082258 JR五能線(ごのうせん)は、青森県田舎館村の川部駅と秋田県能代市の東能代駅とを結ぶ全長147.2kmのローカル線である。名前は、沿線にある津軽半島の拠点都市五所川原市と秋田県の能代市の頭文字から取られている。

 この五能線、今や東北地方を走るローカル線の中でも最も有名な路線と言っても過言ではないのではないだろうか。特に、鰺ヶ沢から東能代までほとんど日本海沿岸を走っていることから、車窓から間近に見られる日本海の美しい景色で知られている。JRも「観光資源」としての五能線の重要性は十分認識しているようで、青森(一部は弘前)と秋田を結ぶ全車指定席の臨時快速「リゾートしらかみ」を1日3往復運行させている他、沿線自治体とタイアップしての観光イベントの実施にも積極的に関わっている。

 「リゾートしらかみ」は、「青池」「ブナ(木偏に無)」「くまげら」という、外観と内装が異なる3つの編成で運行しており(上の写真は「ブナ」編成のリゾートしらかみ2号である)、中でも昨年導入された新しい「青池」は通常のディーゼルエンジンで走る列車とは異なり(五能線は電化されていない)、ディーゼルエンジンで発電した電気でモーターを回して走るという「ハイブリッドシステム」を採用した列車として話題を呼んだ。東北新幹線が新青森まで延伸したため、この「リゾートしらかみ」は東北新幹線と秋田新幹線の終着駅同士を結ぶ列車ともなった。なお、この「リゾートしらかみ」、「臨時快速」という扱いだが、夏季期間(今年は11/27まで)は平日も含めて毎日運行している。冬季期間は土日休日と一部の日のみの運行である。

111106-082619 青森8:21発のリゾートしらかみ2号に乗ると、終点の秋田に着くのは13:21なので、ちょうど5時間の旅である。リゾートしらかみには普通席の他に4名のボックス席もある。どちらも指定席料金は同じ510円である。私が乗った時には希望したA席の空きが普通席にはなかったのか、ボックス席が割り当てられた。ボックス席を3名以下で利用する場合は相席になる場合もあるとのことだったが、結局終点の秋田まで誰とも相席にならなかった。ちなみに、青森発でも秋田発でも、普通車指定席ではA席が海側である。ボックス席はすべて海側に配置されているが、その中でもA席とD席が窓側である。窓越しに海が見たい場合は私のようにとにかくA席を希望しておけば間違いはないはずである。

0903_001 左は車内で手に入る五能線のパンフレットにある路線図だが、これを見れば五能線がどこをどう走っているか一目瞭然である。五能線の青森側の起点である川部駅は青森駅と弘前駅の間にあるが、リゾートしらかみは青森からJR奥羽本線を南下して一旦川部を通り越して弘前まで行った後、折り返してきて川部から五能線に入る。従って、弘前から川部までは進行方向が反対になる。川部から五所川原までは線路の両側にしばらく果樹園のりんごの木々が途切れることなく続く。りんごの白い花が咲く春やりんごの赤い実がなる秋はさぞかし壮観だと思う。

 五所川原から日本海沿岸の港町鰺ヶ沢までは、向こうに津軽富士・岩木山を望む津軽平野の田園風景が続く。海沿いの景色ばかりがクローズアップされる五能線だが、果樹園のりんごの木やこの田園風景も見どころの一つだと思う。五所川原からは、津軽三味線の弾き手が2,3名乗り込んできて、車内のイベントスペースで鰺ヶ沢に着くまで津軽三味線の演奏を聞かせてくれる。揺れる車内でも乱れない演奏はさすがである。列車によってはさらに、「津軽かたりべの会」の方々の津軽弁昔語りも聞ける。

十二湖青池 鰺ヶ沢からはお待ちかねの日本海の景色である。まず、古の地震で隆起し、津軽藩の殿様が畳千畳を敷いて宴会したというところから名付けられた津軽西海岸の名勝・千畳敷海岸がある。リゾートしらかみでは最寄りの千畳敷駅を停車せずに通過してしまうが、その付近ではきちんと徐行してくれる。以前紹介したことのあるウェスパ椿山にも同名の駅があり、五能線でも楽にアクセスができる。リゾートしらかみの列車の一つ「青池」の名前の由来となった十二湖の青池(写真参照)は、本当に神秘的な青色をした池だが、十二湖駅からリゾートしらかみ発着時刻に合わせた無料送迎バスでアクセスできる。秋田県側に入った岩館駅周辺も海岸に沿ってさまざまな形の岩が連なる絶景ポイントでやはり徐行運転してくれる。

111106-112424 海にばかり目が行くが、山側に目を転じると何と言ってもこのエリアには世界遺産の白神山地がある。五能線からも白神山地を望めるスポットがいくつもあるので、そちらも実は見どころである(写真の奥にうっすらと見えるのが白神山地である)。

 東能代からは再び奥羽本線に乗り入れて秋田に向かうが、ここでまた進行方向が反対になる。普通席は座席が回転できるのでそのようにして対応している人も多い。以降、終点の秋田までは日本海の景色は見えないが、途中には右手になまはげで有名な男鹿半島の真山などが向こうに見え、その手前には八郎潟の干拓地も見える。

 先に書いたように、東北新幹線の新青森延伸により、五能線は東北・秋田両新幹線を結ぶ列車となった(新青森は始発の青森から一つ秋田寄りの駅でリゾートしらかみも停車する)。そのお陰で、首都圏からでも一旦新幹線で青森か秋田に行けば、そこからリゾートしらかみで反対側の秋田または青森を目指して移動することができ、そこからまた新幹線を利用して帰ることができる。もちろん、沿線で途中下車して、海や山のリゾートも満喫できる。

 そのようにして見ると、この五能線、首都圏から見ると、かつては東北のローカル線の中でも最も行きづらい場所にあるローカル線と言える路線だったのだが、今や新幹線を利用すれば最も行きやすい、しかも見どころの多いローカル線となったように思う。夏の晴れた日のどこまでも青い日本海も最高だが、冬の鉛色の空の下の激しい波しぶきの立つ荒々しい日本海も一見の価値ありである(ただ、あまりに天候が悪いと五能線が運休する恐れもあるが)。

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2009年11月29日

東北のオススメスポットその12&東北で地ビールが飲める店その46〜東北地方に64軒もある「秘湯」

PICT0057 東北地方が全国屈指の温泉に恵まれた地域であることは今さら言うまでもないが、もう一つの特長として、大規模な温泉地ではない、いわゆる「秘湯」が多いということも挙げられると思う。交通が不便であったり、山奥にあったり、小さな一軒宿だったり、といった、近代的温泉ホテルの設備とは対極にある、昔ながらの「鄙びた」という表現がピッタリの温泉宿が東北にはいまだ数多く存在しており、かえって観光地化した温泉に飽き足らない温泉好きの層に持て囃されているようである。

 以前紹介した山形県南陽市の山間にある荻の源蔵そばに行った時、「そば好きは 道の遠きを 厭わざる」と書いた色紙が飾ってあるのを見て、まさにその通りと思ったが、温泉好きにもそれに劣らず、いい温泉があればそれこそ深山を掻き分けてでも行く、という人が多いように思う。写真は、そうした温泉の一つである、岩手県の八幡平山麓にある松川温泉の松楓荘が誇る「洞窟風呂」である。

 全国にある秘湯の多くは、「日本秘湯を守る会」に加盟していることが多いが、現在185軒を数える会員宿のうち、東北の宿の数は実に64軒参照ページ)と、全体の3分の1強を占めている。このことからも、東北の秘湯の多さを窺い知ることができると思う。これら64軒の顔ぶれを見ると、同じ東北にいる私から見ても行ってみたくなる、旅情を掻き立てられるような魅力的な宿が数多くある。これだけの秘湯が昔も今も変わらず残っていることは、本当に恵まれたことであると思う。

115948.jpg さて、このような人里離れた宿に行くと、普通に考えれば当然ながらいわゆる大手のビール会社以外のビールに出会えることは残念ながら望み薄である。が、これら「日本秘湯を守る会」加盟の宿には、会限定のオリジナルビール「秘湯ビール」がある(ことが多い)。これは、「日本唯一のブナの天然酵母使用」で「ブナの地下天然水」を使ったビールであり、製造しているのは「田沢湖ビール」を醸造しているわらび座である。恐らく、同醸造所の「ぶなの森ビール」と同じものだとは思うが、私にとってはこれらの秘湯でも地ビールが飲めることは嬉しい。そもそも、世界遺産の白神山地に代表される通り、東北の山を代表する樹の一つは文句なしにブナである。

 秘湯に行くというのは、日常から離れた環境に身を置きたいということがきっかけであることも多い。その時に、宿にあるビールが日常よく見かけるビールというのは、少し興ざめな気がする。その点で、「秘湯ビール」があるのは、私のようなビール好き以外の人にとってもちょっと嬉しいことなのではないかと思う。

 ちなみに、「日本秘湯を守る会」の宿には、この「秘湯ビール」以外にもこの会限定のワインや日本酒があるそうなので、ビール好き以外の人も、普段見掛けないお酒を味わうことができそうである。これらの秘湯では、周辺で取れる食材などを使って、料理にも宿らしさを出しているところが多い。その料理とこれら秘湯限定のお酒はよく合いそうに思う。

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2005年08月31日

東北の逸品その8〜白神山地が生んだおいしいラスク

993b6721.jpg  青森県と秋田県にまたがる世界遺産の白神山地には、縄文時代から続く手つかずの広大なブナの森が広がる。このブナの森は様々な恵をもたらしてくれているが、その腐葉土の中から、小玉健吉博士と秋田県総合食品研究所の共同研究によって製パンに非常に適した酵母が発見されたのが1997年のことだった。

 「白神こだま酵母」と名付けられたこの酵母は、ー鏥こしが不要である、発酵力が強く仕込みから短時間で焼き上がる、トレハロース(天然の糖分の一種)を通常の酵母の4〜5倍含有している、で殕椽藉の増殖速度が非常に速い、ノ篥狢兩に優れ−30℃以下で1年間冷凍保存しても100%生存している、Υチ臑兩にも優れ冷蔵庫で1年間保存して95%生存している、Ч饂詐麦粉との親和性が高くグルテン含有量の少ない小麦粉でも製パンが可能である、など数多くの利点を持っている。

 この白神こだま酵母を使用したパンは白神パン工房BOSTONサラ秋田白神で購入できるが、今回はその中でも白神パン工房BOSTONの「白神ラスク」を紹介したい(写真参照)。 白神パン工房では、この白神こだま酵母と秋田県産小麦「ハルイブキ」、それに秋田県八森町に湧出する白神山地の名水「お殿水」を使ってパンを作っているが、そうして作った「白神フランスパン」をスライスしてバターとグラニュー糖を加えてこんがり焼き上げたのがこの白神ラスクである。

 普通のラスクはこのグラニュー糖の甘さが際立ち、パンを無理やり甘いお菓子にしている感があるが、この白神ラスクはグラニュー糖の甘さは控えめで、白神こだま酵母由来と思われる自然な甘味が特徴で、ついつい2個、3個と手が出てしまう。

 他に、ハルイブキを100%使用した生地にくるみとレーズンを加えた「秋の森」やサラ秋田白神のノンオイルオーガニックレーズンの甘さだけで焼き上げたレーズンパンもオススメである。

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2004年09月28日

私的東北論その3〜「白神市」の名称使用は見直すべきでは

3a245ab0.jpg  「白神」という名称を巡るやり取りが、青森、秋田両県で活発になっている。発端は、秋田の県北能代市を中心とする周辺7市町村の合併問題である(参照サイト)。その合併後の新市の名称を「白神市」とすることが合併協議会の場で決定された。これに対して、隣県の青森や秋田県内からも疑問の声が挙がったのだ(参照サイト)。

 最大の問題は、新市が「白神」を名乗ることの「正統性」である。新市を構成する7市町村は、どこも白神山地の世界遺産地域を有していない。秋田県側で唯一世界遺産地域を有する藤里町はこの合併協議に参加していない。極端な話、ただ「近いだけ」で「白神」の名を名乗るのはいかがなものかという声である。

 もう一点の問題は、そもそも自治体の名称として世界遺産である「白神」を名乗ることの妥当性である。隣県の青森でやはり合併協議を進めている深浦町と岩崎村は、新町の名称として「白神」の名を使わないことを決めた。理由として、「白神は神の山であるが、伝統芸能を継承して白神を祭ってきたのは大間越だけで、他の地区が『白神』を名乗るのは神をないがしろにするものだ」という意見や、「世界遺産の『白神』を自治体名に冠するのは極めて重い」という意見があり、他の名前を選んだ方がよいという意見で一致したという。ちなみに、両町村は白神山地の世界遺産地域を抱えている。

 こうした双方の動きを見ていると、両県の合併協議会の「白神」に対する思いにはギャップがあるように見受けられる。青森側は、「白神」をいまだ「神の山」として畏敬し、自分たちの町の名前に用いるのは恐れ多いという姿勢である。それに対して、秋田側の考えは、応募のあった中から委員の3分の2以上の票を得たものを新市名として決定したというだけで、そこには「白神」について考えた形跡は見当たらない。

 こうした思いのギャップは、実は秋田側の7市町村が白神山地の世界遺産地域を有していないこととも関連しているのではないか。それを有している青森側の合併協議会は、有しているがゆえにその大切さ、重大性もよく見え、その結果名称使用を見送った。対して、秋田側は身近に世界遺産地域がないがために、知名度や町おこしのねらいもあったのだろうが、さほど頓着することなく名称使用を決定した。考えてみれば皮肉なものである。

 そもそも、白神山地の世界遺産地域は青森側が4分の3で、秋田側は4分の1。これは、白神山地が青森寄りに偏っているのではない。秋田側は青森側よりもブナ林の伐採が進んでおり、世界遺産地域に登録できる面積が限られていたのである。青森側にしてみれば、そうしたことに対する感情もあるのではないかと思われる。

 ただ、両県は、道州制に先駆けて3県合併を目指す間柄である。だから、両県知事は事を荒立てたくないらしく、今のところこの問題に積極的に介入する考えはないようである。だからこそ、秋田側の合併協議会には、「白神」市の名称の再考を願いたい。冒頭に書いたように、秋田県内からも反対の声が挙がっている。こうした反対を押し切ってまで「白神」の名称使用にこだわりつづければ、それは新市スタートに大きな影を落とすことになりかねない。

 「白神市」という名前が出る度に、「とは言ってもあそこは世界遺産地域じゃないんだよねー」とか「ブームに乗っかってただつけただけなんだよねー」という揶揄が聞かれるかもしれないというのは、そこに住んでいる人にとっても迷惑な話なのではないだろうか。(写真は白神山地天狗岳のブナ)


追記(2005.3.5):その後、能代市と周辺6町村との間で名称を巡って対立が起きた。能代市は市民に合併と新市名についてアンケート調査を行ったが、その結果は合併には賛成、しかし新市名の「白神」には反対、というものだった。能代市はそれを踏まえて、合併後の新市の名称を「能代市」とすることを法定合併協議会に提案したが、これに他の町村が反発。能代市が法定合併協議会を離脱する騒ぎへと発展し、結局、今年1月法定合併協議会が解散する事態となった。

 これで「一件落着」かと思われたが、6町村のうちの八森町と峰浜村が来年3月の合併を目指して合併協議会を設置、その新町名として「あきた白神町」「白神町」「南白神町」「八峰町」「森浜町」の5つを候補としたことで、また自然保護団体などから反発の声が上がっている。この問題、まだまだ尾を引きそうである。


追記(2006.4.1):結局、八森町と峰浜町が合併した新しい町の名前は、それぞれの町の名前の頭を取って八峰町(はっぽうちょう)となった。紆余曲折があったが、とりあえずは「一件落着」である。

anagma5 at 10:22|PermalinkComments(1)TrackBack(1)clip!